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001 オプスキュリテ

二話連続なのだ

「お初にお目にかかります、我が姫君。早速ですが、私と一緒に帰りましょう」


 礼儀正しくお辞儀をしながら、黒髪灼眼の青年は奈穂に向かってそう言った。


 先程の紅蓮の龍よりも礼儀正しく、奈穂に対しての敬意も見て取れる。そして、その綺麗な所作から、見様見真似な礼ではなく、洗練された礼であることが容易にうかがえる。


 けれど相手は龍。それも、上位龍である。先程のような例もあるし、そう簡単に心を許せる訳も無い。


 奈穂は、アルクの後ろに隠れて、きゅっとアルクの服の裾を握る。


 そんな奈穂に、アルクは目の前の青年を警戒しながら奈穂に問う。


「おい姫さん。あいつ、あんたの知り合いか?」


「う、ううん。知らない、けど……」


「けど?」


「会った事は、ある。龍の時の姿だけど」


 奈穂はあの黒龍に見覚えがあった。奈穂がこの姿となり、仲間達に剣を向けられて囲まれている時に乱入してきた黒龍だ。


 あの時は龍が人の姿をとる事なんて知らなかったけれど、人の姿になると随分と知的に見える。


「結局、姫さんの敵って事で良いのか?」


「う、うん。多分……」


 奈穂が頷けば、頭を下げていた青年はすっとその(おもて)を上げて奈穂を見る。


「姫様。誓って、私は貴女様の敵ではございません。私は貴女様の忠実なる下僕(しもべ)にございます。貴女様の牙となり戦い、貴女様の鱗となり守ります」


 丁寧な言葉遣いで、特に憤った様子も無く青年は淡々と言葉を紡ぐ。


「じゃあお前は必要無ぇな。今姫さんを守ってんのは俺だ。そんでもって、俺だけで充分やってける。お前は尻尾巻いてさっさと帰れ」


「ちょっ、アルク! なんでそんな煽るように事言うの!?」


 挑発するような言葉で返すアルクに、奈穂は肝を冷やしながらアルクに文句を言う。


 しかし、黒髪の青年はアルクのそんな言葉を意に介した様子も無い――


「貴様、今なんと言った。人間」


 ――訳でもなく、普通に額に青筋を浮かべて激怒していた。


「あ? てめぇ耳悪ぃのか? 必要無ぇから尻尾巻いてさっさと帰れっつったんだよ」


「アルクっ!」


 しっしっと手を払って追い返そうとするアルクの手を、奈穂が飛びかかって止めさせる。


 ビキビキッ。そんな効果音が聞こえてきそうな程、青年は額に盛大に青筋を浮かべている。


「貴様は口が悪いな、人間。貴様のような喋る汚物が姫様の傍にいては姫様が汚れる。即刻消え失せろ。いや、即刻燃え尽きろ。存在ごと消えてしまえ」


「あ? 下僕とか言ってるわりに肝心な時に傍にいなかったてめぇが何偉そうに俺に指図してんだ? 誰が姫さん守ったと思ってんだ? あ? まずは不出来な手前(てめぇ)の代わりに守っていただきありがとうございますだろうが」


「ぐっ、悔しいが、それについては返す言葉も無い……!!」


 アルクの言葉にダメージを受けたのか、青年は胸を押さえて申し訳なさそうな顔を奈穂に向ける。


「申し訳ございません、姫様。姫様の窮地に間に合わず……このオプスキュリテ、一生の不覚にございます」


「あ、ううん。大丈夫、です……」


 奈穂にはアルクがいたので、彼がいなくとも大丈夫だ。まぁ、結果的に大丈夫なだけであって、結構危なかったけれど。


 それにしても、この青年はアルクに煽られれば怒るけれど、激昂して二人に襲い掛かってくる様子が無い。


 この青年は、信じても良いのかもしれない。


「アルク。この(ひと)、礼儀正しいし、なんか信用できるかも」


「馬鹿。こういう奴ほど腹ん中真っ黒なんだよ。油断させて食っちまおうって魂胆なんだろうよ」


(たわ)け者。貴様程度油断などさせずとも喰らえるわ」


「あ? ならやってみろよ」


「私個人としては望むところだ。が」


 言って、アルクから奈穂に視線を移す青年。


「姫様がそれを望んでおられない。であれば、私は己の怒りを押し留めよう」


 一つ息を吐いて己の怒りを抑え込む青年。しかし、その額には青筋が浮かんでいるので、怒っているのは確かなのだろう。


「アルク、少し話だけでも聞いてみない?」


 冷静さを保とうとする青年を見て、奈穂はアルクにそう提案する。


 現状、この青年が何を目的として奈穂の前に現れたのかがあまり明瞭(めいりょう)ではない。青年の話を聞いてから判断しても、遅くはないはずだ。


 それに、槍の無い状態で上位龍と事を構えるのは得策ではない。それは、得物を失ったアルク自身が良く分かっている事が。


 アルクは乱暴に後頭部を掻くと、一つ溜息を吐く。


「わぁってるよ。あいつからは敵意を感じねぇ。(はな)っから戦う気がねぇんだろうさ」


「当り前だ。私の目的は姫様の保護。姫様を守るために戦っていた貴様と事を構えるつもりは…………最初は、無かった」


 つまり、今は戦う気満々という事になる。


「……アルク、謝って」


「………………すまん」


 奈穂の言葉でアルクは少しばかりの申し訳なさを込めてそう謝った。けれど――


「んん? すまない。よく聞こえなかった。なんと言ったんだ?」


「…………ッ!!」


 耳に手を当てて聞こえないアピールをする青年。そんな青年の行動に、今度はアルクの額に青筋が浮かぶ。ただ、怒らないだけの理性と節度は持っているのだろう。


「……き、気が立ってた。喧嘩腰でぇ……すまな、かったなぁ……!!」


 ぴくぴくと引き攣った笑みを浮かべて謝るアルク。


 そのアルクの謝罪を聞いて、青年はうんうんと満足げに頷く。


「多少誠意に欠けるが、まぁ良いだろう。今回だけは許してやる、人間」


「……くっ……後で泣かす……!!」


「やってみろ、人間」


 両者の間で火花が散る。奈穂には良く分からないけれど、譲れないものがあるのだろう。


 しばらくして二人が睨み合いを止めれば、アルクは奈穂の背中を見る。


「ともあれ、話し合いは後だな。今は姫さんの怪我の治療が最優先だ」


「――なっ!? ひ、姫様! お怪我をなされているので!?」


 怪我と言う単語を聞いて、そこそこあった距離を一瞬で詰めてくる青年。


「ぴゃっ!?」


 急に詰め寄ってきた青年に驚く奈穂。アルクは見えていたのか、特に驚いた様子はない。


「あ、ああ……!!」


 奈穂の背中の火傷を確認すると、わなわなと指をうねらせて青白い顔をする青年。しかし、段々とその顔を怒りに染め上げて、アルクを見る。


「誰だ、姫様にこのような傷を負わせたのは……!!」


「あっこでくたばってる蜥蜴だ」


 言って、アルクはくいっと親指で地に仰向けに横たわる紅蓮の龍の死骸を指差す。


 紅蓮の龍を燃やさんばかりの視線を向ける青年は、しかしそこで我を忘れて激昂する事も、これ以上の感情を露にすることも無く、一度深く深呼吸をして心を落ち着かせる。


「……おい人間、傷薬の類は持っているのか?」


「あるっちゃあるが、馬車の中だ。まぁ、その馬車もあいつの咆哮(ブレス)で燃えちまったけどな」


「ちっ! つくづく余計な事を……!!」


 アルクが視線を向ける先には、黒焦げになった馬車の残骸が倒れていた。アルクを燃やすために二度も放たれたブレスは、その効果範囲にあった馬車を無情にも燃やし尽くしていた。


「あっ、そういえば皆は!?」


 テイン達がどうなったかまでまったく気が向いていなかった奈穂は、ようやく皆がどうなったかまで意識が向いた。


「ここに来るまでに、この場から離れるように走って行く人間達を見ました。姫様がおっしゃっているのがその者達であれば、無事にこの戦域からは離脱しておりました」


「そっか……良かったぁ……」


 おそらく、青年が言っている集団はテイン達の事だろう。こんなところにそうそう大勢で移動する集団はいないだろうから。


「って、そんな事はどうでもよいのです姫様! ああ、傷薬が無いだなんて! いったいどうすれば!」


「龍なんだから放っとけば治るんじゃねぇのか? 姫さんも、最初に会った時に肩痛そうにしてたけど、今は普通だしよ」


「あ、そういえば」


 襟元を少しだけ持ち上げてエリルの矢を受けたはずの肩を眺める。


 肩には傷は無く、染み一つ無い綺麗な真白な肌だけがそこにはあった。


 どうやら、龍としての回復力で気付かないうちに、傷が完治していたようだ。それも、気付いたらまったく痛みを感じなくなっていたので、割と早いうちに傷は治っていたのだろう。


「じゃあ、大丈夫だね。火傷だってすぐに治るでしょ」


「なりません! もし万が一姫様の玉の肌に傷痕一つ、いえ、シミ一つでも残れば一大事でございます! 早急に治療をするべきです!!」


 奈穂がのほほんと返せば、青年は必死に奈穂に向かって熱弁を振るう。そんな青年にアルクは若干引いているけれど、青年は気にした様子も無い。アルクの評価よりも、奈穂の怪我の方が大切なのだ。


「あああどうすれば! 貴様、本当に傷薬は無いのか!?」


「逆にてめぇは持ってねぇのかよ。そんな小綺麗な格好しててよ」


「急いできたから持っておらぬ! それに、姫様には必要のない物(・・・・・・)だと思っておったのだ!」


 どうすればと頭を抱える青年。


 奈穂としては、傷痕が残ろうがどうでもいい。怪我が治るのなら、それで良い。


「一番良いのが、近くの街に行く事なんだが……」


「よし、では私が取ってこよう! 私の翼なら十分もかからぬ!!」


「言うと思ったぜ。落ち着け馬鹿蜥蜴」


「誰が馬鹿蜥蜴か!!」


 くわっと迫力満点に怒る青年。しかし、アルクは怯える様子も尻込みする様子も無い。


「いいか? お前が街に行ってみろ、それだけで騒ぎになる。んで、お前が見られたら滅龍者(ドラゴンスレイヤー)滅龍十二使徒(アポストル)が黙っちゃいねぇ。そうなった場合、俺は槍の無い状態でそいつらと戦わなくちゃいけねぇ。素手戦闘(ステゴロ)は出来るが、槍よりは弱ぇ。正直、今事が荒立つのは望むところじゃねぇ」


「安心しろ。貴様程度おらずとも、私一人で充分だ。この爪牙(そうが)にかけて姫様を守ってみせよう」


 自信満々に胸を張る青年。確かに、青年から見て取れる()はとても強く、濃い。それこそ、アルクよりも……。


「甘ぇ。お前一体でどうにかなるようなら滅龍者も滅龍十二使徒(アポストル)ももうとっくに滅んでる。見たとこ、お前あの龍よりもちょっと強ぇくらいだろ? その程度じゃ滅龍者も滅龍十二使徒(アポストル)も退けねぇぞ?」


「ぬ、ぬぅ……」


 思い当たる節があるのか、青年は一つ唸る。


「確かに、あの時の滅龍者は手ごわかったが……」


「――っ! そうだ! あの時! 僕らが最初に会った時に僕を囲ってた人達はどうしたの!?」


 青年の言葉であの場に居た者達の事を思い出し、奈穂は青年へと詰め寄る。


「全員殺しました」


「――っ」


「と、言いたいところですが、残念ながら誰一人として殺せませんでした。業腹(ごうはら)ですが、あの黄金に全員守られました……申し訳ございません、姫様。姫様に刃を向いた者共を野放しにしてしまいました……」


 しゅんと落ち込んだ様子の青年。しかし、奈穂は深く安堵の息を漏らした。


 青年が全員殺したと言った時はひやっとしたけれど、誰一人として死んでいないと知れば、安堵で胸が一杯になる。


「いいよ。むしろ殺さないでいてくれて良かった」


「……はっ、申し訳ございません!」


「え、なにが?」


「姫様自ら手を下すというその意思を理解できず、勝手な行動をしてしまった事に対してです」


「いや手は下さないからね? 僕は別に皆に死んでほしいだなんて思ってないから」


 刃を向けられはしたけれど、皆大切な仲間だ。誤解を解きたいと思っているし、いつかはまた仲良くしたいと思っている。死んでほしいとは思ってない。


「ともかく、さっさとここも移動しようぜ。姫さんの治療もしたいんだろ?」


「ああ、そうだな。姫様、私の背にお乗りください。快適に運んでみせます」


 奈穂の前にしゃがみこみ、青年はキリっと良い顔をする。


 乗ろうかどうか奈穂が迷っていると、アルクが口を挟む。


「ちょっと待った。その前にこいつの牙だけでももってかせろ。槍の素材にする」


 アルクの槍は壊れてしまった。上位龍を倒せた事は嬉しい事だけれど、槍を失った事はかなりの痛手だ。この龍の素材を一つでも持って行かなくては割に合わない。


「……ふんっ、であれば私に任せろ」


 不本意そうに鼻を鳴らしながら、青年は龍の死骸に手を向ける。


 それだけで、青年から影が――闇が広がる。


 広がった闇は紅蓮の龍を飲み込み、数秒後にはそこから紅蓮の龍の死骸が消えていた。


 急に死骸が無くなったので、訝し気な視線を青年に向けるアルク。


「何したんだ?」


「私の闇の中にしまっただけだ。感謝しろ」


 偉そうに言って、奈穂に向かってお乗り下さいとやはりキリっとした良い顔で言う。


 一応、青年としてのアルクへの礼のつもりではある。自分がいない間、奈穂を守ってくれた事への純粋なお礼。まぁ、人間にお礼をしなくてはいけないのは業腹だけれど、それはそれ、これはこれだ。礼節は重んじる。受けた恩には誰であれきちんと恩を返すべきだ。


 諦めた奈穂は青年の背に乗り、そういえばと今更ながらの事を尋ねる。


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。僕は……」


 一瞬迷い、そして、奈穂はアルクに視線を向けながら言う。


「……僕はナホだよ。姫さんとか、姫様じゃなくて、ナホって呼んでほしい」


「分かりました。ですが、私はあくまで下僕ゆえ、敬愛を込めて姫様と呼ばせていただきます。そして、私の名はオプスキュリテと申します。目礼にて、失礼いたします」


 奈穂の――ナホの言葉に丁寧に返す青年改め、オプスキュリテ。


 姫様と呼ばれると恥ずかしいんだけどなと思いながら、ナホはアルクを見る。


 アルクは、ガシガシと頭を掻きながら答える。


「俺はもう姫さんって呼びなれちまったからな。そっちで言うわ」


 まぁ、ナホの期待した答えはくれなかったけれど。


 恥ずかしいけれど、二人が嫌だというのなら仕方ない。呼び名を強制するつもりも無い。好きに呼んでくれればいい。とっても恥ずかしいけれど。


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