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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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016 アルクのクレナイ流槍術

一章終了

「見せてやるよ。俺のクレナイ流槍術を」


 なんて、格好つけてみたは良いものの、自分なりのクレナイ流槍術がなんなのか、まるで分からないアルク。


けれど、自分なりのクレナイ流槍術を身に着けてなくとも、自身が背に庇っている少女を守る事にはなんら変わりは無い。なんであれ、後ろの少女を守らなくてはいけないのだ。


 二本の槍を構える。


 自身が使っていた槍と比べれば数段も劣る粗雑な槍。けれど、文句は言えない。槍があるだけで充分だ。


「はっ! 貴様が何をしようが、貴様の死は免れない。そこの滅龍者(ドラゴンスレイヤー)を自称する女も、ただでは済まさない。手足の二、三本は消し炭になると思え」


 不愉快を隠しもせずに言い放つ紅蓮の龍。


 紅蓮の龍の言葉に、奈穂はきゅっと眉を寄せる。


「吠えんな蜥蜴野郎。俺がてめぇを消し炭にしてやるよ」


「……どうやら、学ばぬようだな人間。私は空の覇者、この世の最強種たるドラゴン。地を這うしか出来ぬ劣悪種と同じにするな」


「の割には、てめぇの言う矮小な俺はまだ死んでねぇな? お前本当に最強種か?」


「……本当に、腹立たしいな。人間」


 アルクの(あお)りに、紅蓮の龍は静かに怒りを示す。


「貴様が形を保っていられるのは、私がまだ本気を出していないからだ。私がそこの女に配慮をしているからだ。断じて、断じて!! 私が貴様に劣っているなどありはしない!!」


「なら本気でかかってこいよ。全力で遊んでやる」


 アルクの言葉に、紅蓮の龍から発せられる覇気が増す。


「――ッ!! その口、二度と開かぬようにしてくれる!!」


「やってみろ蜥蜴野郎!!」


 紅蓮の龍が火球を吹く。


「姫さんは離れてろ!!」


「う、うん!」


 奈穂に離れているように言ってから、アルクは奈穂とは逆方向に走る。


 アルクが必要以上に紅蓮の龍を煽っていたのは、紅蓮の龍の目を自分に向けさせるためだ。これで、アルクが死ぬまで紅蓮の龍は奈穂に注意を向けないだろう。


 やばくなったら逃げてくれと思いながら、アルクは脚を動かす。


 火球に紛れて炎の斬撃が飛んでくる。


 この龍と戦っていて気付いた事がある。この龍の攻撃はワンパターンなのだ。火球、炎の斬撃、咆哮(ブレス)、紅蓮の大剣。アルクが見た攻撃はこの程度。中位龍より攻撃パターンが少し多いだけだ。むしろ、体当たりをしてきたり、噛み付いてきたりするので中位龍の方が攻撃パターンが多いと言える。


 これまでの戦闘を(かんが)みるに、この龍はアルクを舐めている。それに加えて、おそらくこの龍は戦闘慣れをしていない。攻撃方法の数、攻撃のパターンの少なさを考えると、おそらく長丁場などは経験をした事が無いのだろう。


 付け入る隙はある。腹に焔穿ちを喰らわせる事が出来たのがその証左だ。


 けれど、この槍で届くか? この槍で、あの堅い鱗を貫く事が出来るか?


 いや、出来る出来ないじゃない。やらなければ全員死ぬ。ただそれだけだ。


「さて、お前と遊ぶのも飽き飽きしてきたところだ。簡単に蹴散らさせてもらうぜ」


 強がりだ。短期決戦がアルクにとって望ましいだけだ。


 けれど、それを表に出したりはしない。あくまで獰猛な笑みを浮かべて対峙する。


 チャンスは一度きり。でなければ、両手に持った槍は紅蓮の龍の攻撃に耐えきれずに折れてしまうだろうから。


 だから、攻撃のチャンスは一度きりだ。それに失敗してしまえば、自分達から勝ち筋は消える。


「行くぜ!!」


 脚に力を込める。強く地を踏みしめ、更に速度を上げる。


 狙いは、やはり腹。


 もう一度、紅蓮の龍の真下にたどり着いてから、地面を蹴り付けて垂直に飛び上がる。


「二度も同じ攻撃が通用するか!!」


 アルクが真下にやってきた段階で下を向き、両の手で斬撃を放つ紅蓮の龍。その後から幾つもの火球が降り注ぐ。


 さすがに、二度も同じ攻撃が通用するとは思っていない。迎撃される事は分かっていた。


 クレナイ流槍術には突き、薙ぎ、繋ぎ、奥義しかない。アルクは、ずっと思っている事があった。ここには一つ足りないものがあると。


 型にはなにも攻撃のためにある訳ではない。型は、守るためにもあるべきだ。


「見てろよ先生!! こっからが俺のクレナイ流槍術だ!!」


 クレナイ流槍術、五の技、流炎(るえん)継槍(けいそう)、二槍。


 アルクの持つ二本の槍が炎を纏う。


 炎を纏った二本の槍を、アルクは素早く回転させて斬撃と火球を背後に(・・・)流す(・・)


「――なっ!?」


 アルクの技に、紅蓮の龍が驚愕を(あらわ)にする。しかし、即座に意地(プライド)で驚愕を内側に押し込めると、口内に魔力を溜め、即座に咆哮(ブレス)を吐く。


「一本くれてやる!!」


 右手に持った槍を逆手に持ち、担ぐように上に持ち上げ、空中で槍投げの姿勢を作る。


 クレナイ流槍術、六の技、紅蓮翔破(しょうは)


 炎を纏った槍を投げる。投擲(とうてき)された槍は、紅蓮の咆哮と直撃し、大爆発を起こす。


「ぬぅっ!!」


 爆風に煽られ、紅蓮の龍は顔をしかめる。


 爆炎が広がり、咆哮が直撃したアルクの様子がうかがえない。けれど、問題はない。あれ程の爆発だ。爆風で吹き飛ばされているのは確実。であれば。


「燃え尽きろ、人間!!」


 もう一度、地面に向けて咆哮(ブレス)を吹く。出力は抑えるけれど、辺り一帯を燃やし尽くすほどの威力。


 紅蓮の咆哮が爆炎を突き抜けて地面に衝突する。


 直後、大爆発が起き、爆炎もろとも全てを吹き飛ばす。


「これならば」


 あの人間もただではすむまい。


 そう思った、直後――


「がっ!?」


 ――背中に予期せぬ激痛が走る。


「な、んだっ!?」


 驚愕しながらも自身の背中に目を向ければ、そこには自身の背中に槍を突き立てているアルクの姿があった。


「追い打ちすんのは悪かねぇが、考えんのが遅過ぎんだよ」


 アルクは最初の爆風の時に、爆風を利用して地面に降り立っていた。そして、着地の後即座にその場を移動して、紅蓮の龍の背後から上空へと飛び上がっていた。


 飛び上がった後に紅蓮の咆哮が放たれ、その爆風でしばらく滞空していたけれど、爆風が止んだ途端に、技を使い上空から紅蓮の龍目掛けて落下した。


 クレナイ流槍術、一の技、裏、焔落とし。


 自由落下と炎の加速により、アルクの槍は威力を増す。


 鱗を砕き、肉に食い込む。


 アルクの技の勢いそのままに、紅蓮の龍は地面へと落ちていく。紅蓮の龍が抵抗としようとする前に、アルクが技を繰り出す。


「だから、遅ぇってんだよ!!」


 クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち・連。


 連続で、同じ場所に技を入れる。


「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁっぁあっぁぁああああああああ!!」


 紅蓮の龍が雄叫びを上げ、身体を回転させてアルクを振り落とそうとする。しかし、アルクは紅蓮の龍が身体を回転させる前に飛び上がっていた。


 アルクは槍を振りかぶる。ボロボロの槍。今にも壊れそうな程の、武器としての寿命を迎えかけている槍。


アルクが元から使っていた槍とは違い、この槍はミスリル製の槍だ。下位冒険者には重宝する代物だろうけれど、上位龍を狩るには十回の攻撃にも耐えられないだろう。


 そして、アルクが手にする槍も、最早槍としての役目を終えようとしていた。


 後一振りで、この槍は壊れる。


 それでも良い。後一振りもってくれるのであれば、それでいい。次で終わらせる。次が終わりだ。だから、それまで持ってくれ。


 上を向いた紅蓮の龍と目が合う。


 アルクは獰猛に笑う。


下等生物(にんげん)に見下される気分はどうだ? 上等生物(とかげ)野郎」


 最大限の挑発の後、アルクは技を放つ。


 クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。


 炎を纏う槍は紅蓮の龍の喉元を焦がしながら突き刺さる。


「があっ!?!?」


 喉元を襲う熱さに目を白黒させる紅蓮の龍。


「墜ちろぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 叫び、更に力を込めるアルク。だが、槍がアルクの技に耐え切れずに半ばで折れてしまう。


「――っ!! まだまだぁ!!」


 折れた事に多少驚くけれど、即座に折れた槍を勢い良く踏みつける。


 踏鳴(ふみなり)。またの名を、震脚(しんきゃく)。アルク程の武人の踏鳴であればそれを受けた者の受けるダメージなど、想像もしたくないだろう。


「――っ!?!?」


 槍が深く突き刺さり、首の骨を砕いて突き抜ける。


 そして、踏鳴で受けた威力そのままに、紅蓮の龍は地面へと墜ちていく。


 羽が動かない。羽ばたけない。墜ちる、墜ちる、墜ちる。


 意識が遠のく。死ぬのか? 我は……上位龍である我が、死ぬのか……? ならぬ、ならぬならぬならぬ…………。


 意識では必死に抵抗をする。けれど、その命は一秒ごとに消えて行く。


 地面に衝突した直後、紅蓮の龍は事切れた。自身が地に伏したと知った後に、紅蓮の龍は屈辱の中死に絶えた。


「っと……」


 紅蓮の龍が墜ちた後、アルクも地面に降り立つ。


 少し、身体がふらつく。さすがに上位龍。熱風だけで随分肌が焼けてしまった。熱風が直撃したところの皮膚が焼けただれている。


 それに、魔力ももうすっからかんだ。技を大奮発しすぎた。本当ならもっと消費は抑えられたけれど、上位龍相手に節約なんて出来なかった。


 それに、新技もどれくらいの魔力量を込めれば良いのか分からずに、多目に魔力を込めてしまった。要調整だ。


「ともあれ……勝ったな……」


 ぐっと、拳を握りしめる。


 俺の……先生のクレナイ流槍術は、ちゃんと上位龍に通じたんだ……。


 それが嬉しくて、アルクはその感動を噛みしめるために、己の拳を握り締める。


「あるくぅぅぅぅぅぅぅぅうううううううううううううっ!!」


 そんなアルクに向かって猛スピードで奈穂が飛んできた。


「うおっ!?」


 減速することなく飛んできた奈穂を、アルクはその身体を使って受け止める。


 しかし、完全に受け止めきる事は出来ず、二人はごろごろと地面を転がる。一応、奈穂に怪我が無いように奈穂を庇いながらアルクは転がる。


「っつつ……危ねぇだろうが、姫さん!」


 文句を言いながら顔を上げるアルク。しかし、文句はそれっきりで、二の句は口をついては出なかった。


 何故なら、奈穂が大粒の涙を流しながらアルクを見ていたからだ。


「アルク……」


「…………んだよ」


 奈穂が涙を流しながら見つめるから、気まずくなってしまうアルク。


 そんなアルクの心中などお構いなしに、奈穂はアルクの胸に顔を押し当てる。


「……よかったぁ……アルクが、生きてて……」


 ほっと安堵の息を吐く奈穂。


 自分を守るためにアルクが上位龍と戦った。その事を、奈穂は酷く気にしていた。アルクが戦っている間も、奈穂は冷や冷やしながらその戦闘を空から見ていたのだ。


 二連続の咆哮が放たれた時は、アルクが死んでしまったと思ったけれど、ちゃんと生きていてくれたので酷く安心している。


 泣いている奈穂を見て、アルクはどうして良いか分からず、目を逸らしながら頭を乱暴に撫でた。


「……ありがとな、姫さん」


「……なにが?」


「俺を、助けに来てくれて」


 奈穂の背中はまだ酷い火傷の後がある。早急に治療をしなくては後が残ってしまうのだけれど、今二人の手元には火傷に使う薬が無い。さっさと馬車に戻らなくてはいけないのだけれど、奈穂が離れようとしないために動く事が出来ない。


 そんな怪我をするかもしれないと、奈穂は分かっていたはずだ。いや、それ以上の怪我をしていてもおかしくなかった。紅蓮の龍が言った通り、腕が消し炭になっていたかもしれない。実際に、奈穂の背中の一部は炭化しているのだから。


 そんな危険がある中で、自分を助けに来てくれたことには、ちゃんと感謝の気持ちを示さなくてはいけない。


 そんなアルクの言葉を聞いて、奈穂は更に泣き崩れてしまう。


「え、なんで……」


「お礼を言うのは僕の方だよぉぉぉぉぉぉ!!」


 泣きながら、奈穂はアルクをぎゅっと抱きしめる。


「ぼ、僕のために、無茶してぇ……!!」


「いや、別に姫さんのためって訳じゃ……」


 言いかけ、思う。確かに、クレナイ流槍術が上位龍に通じる事を示したかったのはあるけれど、奈穂に助けられてからは奈穂を守ろうという思いも頭の片隅には在った。奈穂を助けたくて戦ったというのも、最早理由の一つになっていたのだ。


 それが分かれば、アルクはバツが悪そうに頭を掻く。


「……まぁ、依頼だからな」


「あってないような依頼でしょ!? なんで無茶したのさぁ!!」


「いや、なんで怒ってんだよ……」


 怒りながら泣く奈穂を見て、アルクは思わず苦笑してしまう。


「だってぇ……!!」


 びえーんと年甲斐もなく泣く奈穂。


 そんな奈穂を見て緊張の糸が切れかけるアルク。しかし、直ぐにその緊張の糸は張り詰めた。


「――っ!?」


 とてつもない気配。先程の紅蓮の龍など話にならない程の強い気配に、アルクは即座に起き上がり奈穂を背に庇う。


 何が何だか分かっていない奈穂だけれど、黒く大きな色が近付いて来る事に気付いたのか、身を震わせる。


「あ、あれは……」


 奈穂は思わず声を漏らす。


 漆黒の鱗に身を包み、巨大な両翼を羽ばたかせながら地面に降り立つそれに、奈穂は一度会っているのだ。


「あの時の……」


 地面に降り立った黒龍はアルク――ではなく、その後ろにいる奈穂を見ると、その身を黒の魔力で包む。


 そして、黒の魔力が霧散した時、そこには一人の青年が立っていた。


 黒髪灼眼、目の冴える様な端麗(たんれい)な男は、燕尾服に身を包み、恭しく一つお辞儀をした。


「お初にお目にかかります、我が姫君。早速ですが、私と一緒に帰りましょう」


 丁寧にお辞儀をするその青年を見て、二人は思った。


 上位龍二連続は勘弁してくれ、と。


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