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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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015 大切な仲間だから

 アルクが戦っているのを背後にひしひしと感じながら、奈穂達はアルクと紅蓮の龍の戦いから遠ざかろうと必死に足を動かす。


「なんだよ! なんだって上位龍がこんなとこに来るんだよ!!」


 オックスは喚きながら走る。


「ていうかお前の事龍姫様って言ったなかったか!? どういう事なんだよ!! お前が俺達を巻き込んだのか!?」


 オックスの問いに、奈穂は答えられない。


 龍姫という者が何者なのか分からない。自分に関係しているのかどうかも分からない。けれど、自分に龍の特徴が表れている事も事実なのだ。


「……今は、逃げる事を考えよう。アルクが、戦ってくれている内に」


「~~っ!! ああ、くそ!! なんなんだよいったい!!」


 必死に走り、二人はようやっと馬車までたどり着く。


 どうやら馬車を引いていた馬は逃げられなかったらしく、馬車につながれたままだった。馬車に故障も無く、馬に怪我も無い。このまま馬車を使って逃げる事は出来よう。


「二人とも、早く馬車に乗って!! 出来るだけ遠くに逃げるよ!!」


 テインに促され、二人は馬車に乗り込む。


「出してくれ!!」


「分かった!!」


 テインが御者に声をかければ、御者は馬車を走らせる。


 奈穂は馬車の後ろから戦いの様子を見る。


 アルクは強い。中位龍を簡単に倒してしまえるほどの実力者だ。けど、それでも……。


「ねぇ、アルクさんは勝てると思うかい?」


 声に緊張の色をのせながら、テインは奈穂に問う。


 テインの問いに、奈穂は顔をしかめながら答える。


「多分、無理……」


「……」


 アルクは強い色をしている。けれど、上位龍の方が色が濃く、そして輝かしかった。奈穂の見ている光が生命的な強さを意味しているのであれば、それはつまり上位龍の方が生命的に強いという事に他ならない。


 見ている限り、アルクは善戦している。けれど、消耗度合いは圧倒的にアルクの方が激しい。長期戦になれば負けるのはアルクだ。


 奈穂は不安気な顔でアルクを見る。


 ……思えば、守られてばかりだ。旅を始めて今まで、奈穂はアルクに頼ってばかりだった。金銭面も戦闘面も、なにもかも……。


 そして、今アルクだけに危険を背負わせて、自分はそのアルクを置いて逃げようとしている。


 ぶっきらぼうで、乱暴で、たまに話を聞いてくれないし、相槌も適当だけど、ちゃんと奈穂を守ってくれた。こんな見た目になった奈穂と一緒にいてくれた。仲間でさえ矢を向けた自分を、気味が悪いと言いながらも一緒にいてくれた。


 仲間達に剣を向けられた事は、奈穂にとってかなり精神的に追い詰められる出来事だった。


 そんなに長くはない年月だけれど、それでも一緒に戦ってきた仲間だった。その仲間に剣を向けられたのだ。精神的にショックじゃないと言えば嘘になるだろう。


 見た目が変わってしまっては仕方がない。そうは思うけれど、やっぱり自分の言葉を信じてほしかったと思ってしまう。


 アルクは、自分を信じてくれたわけではない。けれど、槍を向ける事無く、奈穂の傍にいてくれた。それが、嬉しかった。それだけで、嬉しかったんだ。


「――っ!!」


 一際(ひときわ)大きな光が紅蓮の龍の口元にたまる。


「全員何かに掴まって!!」


 奈穂の忠告の直後、紅蓮の極光が放射される。


 遠くの山に着弾。直後、巨大な爆発が起こり、その数秒後に衝撃波が馬車を襲う。


「うわっ!」


「きゃっ!」


 衝撃波だけで馬車は横転し、車内にいた全員がごろごろと転がる。


「い、つつ……」


「皆、大丈夫!?」


 シェーンが皆の安否を確認する。


 馬車は横転したけれど、馬車の中にいた人達は無事だった。怪我はしているけれど、動けない程ではない。


「アルク!」


 奈穂は起き上がり、戦っているアルクに視線を向ける。


 アルクが変わらず戦い続けている事にほっと安堵しながらも、事態が好転していないどころか、むしろ悪くなっていってしまった事に、頭を悩ませる。


 馬車に乗っていた人達は無事だったけれど、肝心の馬車と馬がダメだった。馬車は車輪が壊れ、馬は脚の骨を折っていた。


「馬車はもうダメだ。走って逃げるぞ」


 テインがそう判断し、他の者も動かぬ馬車にはもう用は無いと分かっているために、テインの判断に従う。


「シロさん、早く行きましょう!!」


 ぺたりと座り込んでアルクの戦いに目を向ける奈穂に、メイダが言う。


 奈穂はメイダの声を聞いて立ち上がるも、その視線はメイダに向いていない。


「シロさん! 急いで!!」


「おい何やってんだ!! 早く逃げるぞ!!」


 ノインとフーゴも振り返って声をかける。


「ほら、行くよ!!」


 メイダが焦れたように奈穂の手を掴む。


 奈穂はその手をやんわりと振りほどき、自身の目に巻いた包帯に手をかける。


「シロさん……?」


「……ごめんなさい。ここからは、皆だけで逃げて」


「なに言ってんの!! ここにいたらシロさん死んじゃうよ!?」


「なら、あそこにいるアルクは、もっと死んじゃうかもしれないんだよね」


「当り前じゃん戦ってるんだから!!」


「うん、戦ってる。アルクは、僕のために戦ってるんだ」


 するりと奈穂は自分の目元を巻いた包帯を剥がしていく。


 そうすれば、金銀左右非対称な龍の瞳が(あら)わになる。


 奈穂は振り返り、メイダを見る。


 メイダは奈穂と目が合うと、驚愕に目を見開く。


「なっ! それって……!!」


「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんだ。でも、結果てきに、君達を騙しちゃった。本当に、ごめんなさい」


 ぺこりと奈穂は頭を下げる。


 人間だなんて自分では言うけれど、その本質が変わってしまっている事なんて、とっくに気付いていた。ただ、それを認めたくなかっただけだ。


「龍姫が誰の事かは、僕も分からない。けど、僕が関与してる可能性は十分にあるんだ。だから、僕がここに残れば、君達が追われる事は無いよ」


「そんな!! でも!!」


 奈穂を止めようとするメイダ。この目を見ても止めようとしてくれるのだから、テインはとても優しい子なのだろう。


 目を隠していた、正体を隠していた。それでも優しくしてもらった事実に変わりはない。


「逃げて。これは、僕達だけの問題だから」


 言って、馬車に積んであった荷物の中から、槍を二本取り出す。誰の槍かは分からない。テインの予備の槍かもしれないし、前を進んでいる他の冒険者の使っている槍かもしれない。


 けど、どっちだって良い。これを借りなくちゃいけないんだから。


 槍を二本持って走り出す。


 ねぇ、僕は龍なんでしょう? だったら、それっぽい事させてよ。それっぽい力を頂戴よ。僕が龍なら、僕に翼があるなら、僕に爪があるなら、僕に牙があるなら、それを今頂戴よ。


 大事な仲間を、守らせてよ。


 ――貴方がそれを望むのなら。


 まるで、自分の言葉に答えるように、頭の中で声が響いた。


 直後、身体が熱くなる。


 頭が、口が、背中が、皮膚が熱くなる。


 痛い。痛い痛い痛い。頭が割れるように痛い。背中を何かが突き破ろうとしている。犬歯が熱くて痛い。肌がひりひりと痛い。


 涙が、流れる。


 でも、走んなきゃ。アルクを助けなきゃ。


 紅蓮の大剣とアルクの技が激突する。熱風が肌を焼く。ダメだ、アルクの槍じゃこの技を受け止めきれない。


 このままじゃ間に合わない。そう思った時、翼がはためいた(・・・・・・・)


 身体が宙を舞う。熱風の中を突き進み、アルクの元へと飛ぶ。


「アルク!!」


「――はぁ!?」


 アルクの、大切な仲間の名前を呼び、体当たりする勢いでアルクを抱きかかえ、その場から遠のく。


 なんだか驚いたような声を漏らしてるけど、それどころじゃない。


 背後で紅蓮の大剣が地面に触れる。直後、凄まじい灼熱(しゃくねつ)が風となって襲い掛かる。


「あうっ……!!」


 背中が焼ける。熱風だけじゃない。炎も背中に直撃した。


 そのせいで上手く飛んでいたのにバランスを崩してしまう。


 翼を数回はためかせ、なんとか地面に綺麗に落ちて衝撃を殺す。


 ごろごろと転がった後、アルクを下にして二人は止まる。


慌てたように起き上がったアルクが、奈穂を見て驚いたような顔をする。


「姫さん……」


「う、うっ……」


 背中の痛みに呻きながら、奈穂はアルクを見上げる。


 アルクと、久方ぶりに目を合わせる。


「あんた、どうして……」


 アルクの問いに、奈穂は無理矢理笑みを浮かべて答える。


「い、居ても立ってもいられなくて……」


「――っ!!」


 虫のいい話だと思う。助けてもらってばかりの相手を、大切な仲間だと思うなんて。でも、奈穂にとって、一緒に行動を共にして、一緒にご飯を食べて、楽しく話した日々は、エリル達といる時くらい楽しかったのだ。


 だから、アルクは奈穂の大切な仲間なのだ。守りたいと、力になりたいと、思うくらいに。





あの時のオウカの泣き顔と、奈穂の泣き顔が重なった。


 奈穂とオウカは似ていない。似ても似つかない。身体はオウカの方が豊満だし、顔は奈穂の方が整っている。状況も、境遇も、見た目も、似ている要素など、何もない。


 だというのに、奈穂の泣き顔は、何故だかオウカを彷彿(ほうふつ)とさせた。


 居ても立ってもいられなかったという言葉は、あの時の彼女を彷彿とさせたし、他人のために自分を犠牲に出来た奈穂は酷くオウカと重なって見えた。


 いや、奈穂はまだ何も失っていない。手も、脚もある。ちゃんと、五体満足だ。


 なんで来たんだ。来たって、何も出来やしないのに。


 武器はもうない。槍を失った今、戦う(すべ)はもはや無い。翼があるんならそれで逃げてくれ。なんで俺なんか助けに来た。まだ出会って日も経っていない俺を、なんで……。


「あの、アルク。これ……」


 もぞもぞと動いて、奈穂はアルクに手に持った槍を渡す。


 背中に腕を回されていて気付かなかったけれど、奈穂はその手に槍を持っていた。しかも、何故か二本も。


「これしかないけど、これ使って皆と逃げて」


「…………は?」


 奈穂の言っている意味が分からずに、アルクは思わず聞き返してしまう。


「後は、僕がなんとかするから。多分、時間くらいは稼げると思うから」


 だから、アルクは皆と一緒に逃げて。


 奈穂はそう言うと立ち上がり、アルクに背を向ける。


「――っ!!」


 奈穂の背中を見て、アルクは息を飲む。


 炎が当たったのだろう。翼と翼の間の服は無く、皮膚だけではなく肉も焼け、茶色く焦げていた。そんな痛々しい火傷が、腰の辺りまで広がっている。


 こんな傷じゃあ、翼をはためかせるだけでも痛いだろう。立ち上がるのも、身体を動かすのも、痛いだろう。


 それでも奈穂は立ち上がり、空を飛ぶ紅蓮の龍を見上げる。


「はぁ……危ないところだった。危うく殺してしまうところだった」


 紅蓮の龍は奈穂が生きている事にほっと安堵の息を吐く。


 紅蓮の龍は奈穂を龍王陛下に届けると決めている。それも、生きている状態でだ。まさか龍姫と関わりのありそうな奈穂を死体にして龍王に献上するわけにもいかない。


「自ら出てくるとは(いさぎよ)し。さぁ、ついて来い。龍王陛下がお待ちだ」


 巨大な手を差し伸べる紅蓮の龍。


 しかし、奈穂は首を横に振る。


「行かない。僕は、お前の主のところになんて行かない」


「なんだと?」


「僕は龍姫じゃない。僕は……」


 胸に手を当てて、覚悟を決める。


 きっと紅蓮の龍を睨み、奈穂は声を上げる。


「僕は、滅龍者(ドラゴンスレイヤー)イシカリ・ナホ!! お前を倒す者だ!!」


 潔く、覚悟を決めて、奈穂は啖呵(たんか)を切る。


滅龍者(ドラゴンスレイヤー)……だと……?」


 紅蓮の龍の声音に怒気が混じる。


「貴様が……我らと同種の血を引きながら矮小な存在である貴様が、我らを殺す者だと……? 笑わせるな!!」


 紅蓮の龍が火球を吹く。


 奈穂は深く息を吸い込むと、勢いよく吹き出す。


 奈穂の息は魔力を伴い、強大な風となり火球を打ち消す。


「なに?」


「姫さん……」


 今のは奈穂が出来る精一杯の咆哮(ブレス)。これ以上の出力は出せないだろう。


 けれど、咆哮が出来るなら戦える。アルクが逃げるまでの時間を作ってやる。


 奈穂はばさばさと翼をはためかせ、空を飛――


「待った、姫さん。あいつと俺との勝負が、まだついてねぇ」


 ――アルクが、奈穂の肩を掴んで止める。


「……アルク、でも」


「ああ、あの槍はもうねぇ。正直まぁ、この棒きれ二本じゃ心許(こころもと)ねぇが……」


 槍を一本振り、感触を確かめる。


「ま、なんとかなんだろ。姫さんは少し離れててくれ」


「でも……」


 槍が無くちゃと言おうとした奈穂の頭を、アルクは乱暴に撫でる。


「槍、ありがとな。後は任せろ」


 奈穂の頭から手を離すと、アルクは二本の槍を(たずさ)えて歩く。


「……俺の、クレナイ流槍術、ね……」


 今まで忘れかけていた、先生の言葉。


「俺がクレナイ流槍術を紡いでいけば、どんな形であれ、先生の槍術が間違ってなかった事になる。そうだよな、先生」


 アルクは二本の槍を構える。


「見せてやるよ、俺のクレナイ流槍術を」


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