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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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014 クレナイ・オウカ

 古い、古い記憶だ。


 幼少の頃、アルクは今みたいに根無し草な生活はしていなかった。当たり前だけれど、街に住んでいた。


 貧しくも、富んでもいない、普通の街。けれど、幸せだったのは憶えている。


 アルクは近所のガキを従えるようなガキ大将だった。けれど、悪い奴ではなかった。子供達を引っ張っていって、まとめて、いわゆる、お兄さんみたいなポジションだった。慕われていたと、自分でも分かっている。


 幸せに暮らしていた。そんなある日、一人の風変わりな女が街を訪れた。


「どもどもどーも! 私、旅の武芸者でございまして! お、君強そうだね! 槍握ってみる?」


 黒髪黒目の背の低いその女性は、背中に一本槍を携えて街にやってきた。第一印象は、軽い人だなって思った。


 その女性の名前はクレナイ・オウカ。アルクにクレナイ流槍術を教えてくれた、槍術の師匠だ。


 オウカは気さくな女性だった。女連中男連中、老若男女分け隔てなく絡んでいった。


 男連中と酒を飲み、男にゲロをかけたり、女も行けるとか言って女に手を出そうとしたり、子供も良いよねと本気か冗談か分からない事を言いながら子供を見ていたり、本当にどうしようもない人だった。


 酒もそういう事も分からなかった時分だったけれど、この女ちょっとおかしいと分かるくらいには、おかしな人だった。


 ただ、悪い人ではなかった。家の壁の修理を手伝ったり、老人が重い荷物を運んでいたら手伝ったり、魔物が出たら率先して倒したり。いつも、誰かのために出来る事を探してるような人だった。


 まぁ、本人の行いが悪かったので、人助けをしても(つば)つけてるんじゃないかと噂されたりもした。その噂をした奴に唾を吹きかけたりしてるところを見たときは、本当にどうしようもない奴だと思った。


 心底から陽気な奴だなと、その時はそう思っていた。


 街でいつものように遊んでいると、広間でオウカが棒を握って鍛錬しているのが見えた。


 すっと細められた目。無駄のない動き。何より、普段見せる軽い雰囲気が、槍を握っている時のオウカには無かった。


 武人。その時のオウカを表すなら、その言葉が一番しっくりくる。


 その技、動き、なによりその姿に、アルクは一目で惚れてしまった。おそらく、この時に年上好きになったのだろうと思う。オウカは年上だし、出るところは出ていて、引っ込むところは引っ込んでいる人だったから。


 ともあれ、アルクはオウカに惚れてしまった。そして、オウカの操る槍にも興味があった。


「なぁ、俺に槍を教えてくれよ」


 ある日、広場で槍を振るなと怒られたオウカが街の外で槍を振っている最中に、ぶっきらぼうにそう言ってみた。


 最初はきょとんとしていたオウカだけれど、アルクの言葉の意味を理解すればオウカはにまーっと気色悪く笑みを浮かべた。


「槍やる!? いーよいーよ! やろう! 槍やろう! 槍は恰好良いんだよー? まず見た目が良い! そんで斬って良し、刺して良し、叩いて良しだからね! とにかく槍は凄いんだー!」


 早口に唾をまき散らしながらまくし立てるオウカを、正直気持ち悪いと思ったけれど、その日からアルクはオウカの元で槍を学んだ。気持ち悪いのと差し引きしても、槍を握っている時のオウカは魅力的だったからだ。


 オウカの元で槍を握り始めてから、体力をつけるために走り込みをしたりもした。


 両親にはあの(・・)オウカの元で遊ぶなんて危険だと言われたけれど、槍を握るのだから危険はつきものだと言った。今思えば、両親は別の心配をしていたのだろう。


 ともあれ、アルクは飽きる事も無くオウカの元で槍を握った。


 数年経って、アルクも少年になった。その頃には槍も握りなれており、オウカの教えてくれた四つ(・・)の技も身についていた。


「いいか、アルク。クレナイ流槍術には四つの技がある。一の技、焔穿ち。二の技、薙ぎの炎刃。三の技、猛火旋風。四の技、炎々絶槍。これを全部憶えた時免許皆伝だから」


 オウカはアルクに槍を教える時、そう言った。


 そして、アルクが全ての技を習得した後、オウカは言った。


「この技ね、全部私が考えたんだ」


「え、それって大丈夫か?」


「なーにが大丈夫なのかなー? んー?」


「い、いだだだだ! 痛い痛い!!」


 アルクが失礼な事を言えば、オウカは腕をアルクの頭に回してぎゅうっと思い切り締めた。胸が当たってるとか思う前に物凄く痛いので何も感じ取れやしない。


 ヘッドロックを解くと、オウカは続ける。


「まぁ、だから、クレナイ流槍術の創始者って私なわけよ」


「残念だけどそうなるな」


「なにが残念か! しっかり実用的じゃないか!」


 オウカの言う通り、オウカから教えてもらった技はどれも戦いの最中に使う事が出来るほど、実用性があった。特に、どんな体勢からも出す事の出来る猛火旋風は使い勝手が良く、アルクも魔物を狩るのに重宝していた。


「……真面目な話、私のクレナイ流槍術はここで打ち止めだ。これ以上は、まぁ、才能が無かったんだろうなぁ」


 少しだけ寂しそうに、オウカは言う。


「だから、こっからは弟子であるアルクの役目でもある。アルクはアルクの、その先のクレナイ流槍術を編み出すんだ」


「俺の、クレナイ流槍術?」


「そ。正直、私の編み出した槍術は実用的ではあるけど、その分一撃必殺の大技が無い。別に大技だけが武の極みでもないけど、在るのと無いのとじゃ全然違う。いいか、アルク。一撃必殺を身に着けるんだ。今のクレナイ流槍術じゃ、いずれ通用しなくなる。アルクはなまじ才能があるから、なおさらだろうね」


 オウカのその言葉に、アルクはむきになって言い返す。


「そんな訳有るか!! 先生のクレナイ流槍術は最強だ!! どんな敵だって倒せらぁ!!」


 アルクにとって、オウカは自分が超えなくてはいけない壁だ。オウカの技は美しく、(したた)かだ。まだまだオウカからは見習う事があると思っているし、なにより自分の師匠であるオウカのそんな弱気な言葉を聞きたくは無かった。


 アルクのそんな言葉に、オウカはふっと(はかな)げに笑った。


「そっか……じゃあ、まだ負けられないね」


「まだってかずっと負けねぇだろ。先生が負けるところなんて想像つかねぇし」


 依然として、アルクはオウカに勝てた事が無い。自分が勝てた事も無い相手であるオウカが負ける姿など、想像もつかなかった。


 けれど、少し考えれば分かる事だったのだ。オウカは最強ではない。オウカは、強かったけれど、最強ではなかったのだ。


「ちゅ、中位龍だ!! 中位龍が来たぞ!!」


 ある日、街に中位龍が襲ってきた。その襲撃は突然で、誰も彼も逃げるための準備が不十分だった。


 地を素早く走る中位龍を遠くに確認したまでは良かった。しかし、中位龍は予想よりも遥かに健脚だった。ろくな準備も出来ずに、冒険者や騎士達は駆り出された。その中には、オウカの姿もあった。


「先生!! 俺も行く!!」


 アルクは自分の槍を持ってオウカの元へと駆け寄った。アルクだって戦える。その自負があった。


 けれど、オウカは険しい顔をしてアルクに言った。


「ダメ。アルクはお留守番」


「なんで!? 俺だって戦える!!」


「相手は中位龍。足手まといは連れてけない」


「足手まといにはならない!! だから一緒に――」


「私ごときに勝てない奴が大口を叩くな!!」


 アルクの言葉にオウカは怒気を孕んだ言葉を叩きつけた。


 一度たりとも見た事の無いオウカの本気で怒った顔に、アルクは一瞬気圧される。


 オウカはアルクの顔を両手で包み込むと、真剣な表情で言う。


「いい、アルク? アルクが思っているほど、私は強くない。今回だって、勝てるかどうか分からない。アルク、あんたはこのまま両親を連れて逃げな」


「な、なんで!! 俺、逃げな――」


「逃げるんだよ!! 絶対に逃げるんだ!! でないとあんたは死ぬ!! 師匠である私が保証する!! あんたは、まだ中位龍には勝てない!!」


 堂々と、なんの配慮も思慮も無く、オウカはアルクに現実を突きつける。


「アルク、あんたは才能の塊だ。それも、師匠である私が保証する。けどね、まだあんたの才能は開花してない。今のあんたじゃ、中位龍には勝てないんだよ」


 両手をアルクの頬から放し、乱暴にくしゃくしゃと頭を撫でる。


「あんたならいずれ勝てる。だから、今は逃げな。その時まで技を磨きな。身体を鍛えな。心を鍛えな。そうすれば、あんたなら一人で中位龍を倒せるようになる。師匠の私が保証する」


 最後にそれだけ言うと、アルクの頭から手を離し、オウカは他の冒険者達と一緒に中位龍の討伐へと向かった。


 アルクはオウカの言葉通り街から避難した。


オウカの言葉を信じた。オウカの指示に従った。そう言えば聞こえはいいけれど、アルクも分かっていたのだ。自分では中位龍には勝てない。それどころか、傷一つ付ける事無く命を奪われる。


分かっていたのだ。自分が、死んでしまう事くらい。そして、死ぬことを恐れていた事くらい。よく、分かっていた。


 だから、アルクは両親と一緒に街を離れたのだ。


 近くの街まで避難し、中位龍の討伐が終わったと聞かされたのは、それから二日後の事だった。


 住んでいた街まで向かえば、街は悲惨な事になっていた。家屋は焼け落ち、倒壊し、見慣れた街並みはもうそこには無かった。


 かろうじて原型を留めている家屋には負傷者が寝かされ、それを見てアルクは必死にオウカを探した。


 街中駆けずり回り、ようやくオウカを見付けたのは屋根の半分ほどが吹き飛んだ教会だった。


 教会の地べたに布が敷かれ、その上にオウカは寝かされていた。


「先生!!」


「……ああ、アルク……」


 アルクの姿を見たオウカは、にへっと無理をして笑いながら起き上がる。


 起き上がれば、オウカにかけられていた毛布がずるりと落ちる。


「――っ」


 オウカの身体を見て、アルクの全身を冷やりと冷たい何かが駆けまわる。


「ああ、これ……」


 アルクの視線に気付いたオウカは、自身の左腕だった箇所を見る。


 だったというのも、そこには本来あるはずの左腕は無く、二の腕の半ば程が申し訳程度に残っているだけだった。


「これじゃあ、もう槍は持てないね……」


 悲しそうに、悔しそうに、オウカは言う。


 まざまざと見せつけられた。オウカが最強ではない事を。オウカの言った、クレナイ流槍術が通用しなくなるという事実を。


 自身の左腕を眺めたオウカの頬を、一筋の涙が流れる。やがて、その涙は滂沱(ぼうだ)のごとく流れ、呼吸の中に嗚咽(おえつ)が混じる。


「分かってる……分かってた……私じゃ勝てない事くらい……。私の槍が、龍に届かない事くらい……」


 その言葉で、オウカの傍らに折れた槍が転がっている事に気付く。


「じゃあ、なんで先生は……」


 中位龍に挑んだんだ? 最後まで、言わなかった。けれど、問いかけとしてはそれだけで十分だった。


 アルクの言葉に、オウカは泣き笑いで答える。


「命あっての物種だ……だから、生きてるだけでラッキーさ……。けどね、あんたが、あんた達が後ろにいるって分かったら、居ても立ってもいられなかったんだ……」


 ずずっと鼻を啜る。


 泣き笑いはオウカの強がりだった。その強がりも、直ぐに崩れる。


「……アルクは、負けないでね……私みたいに、負けたりしないでね……」


 泣きながら、オウカは言った。


 悔しそうに歯噛みし、オウカは無くなった左腕を押さえる。


 結果的に言えば、街は中位龍に勝つことが出来た。死傷者を多数出したけれど、民間人を合わせて生存者の方が多いくらいだ。中位龍と戦ったとは思えない程、大した被害は出ていなかった。


 街は、中位龍に勝ったのだ。


 けれど、クレナイ・オウカは、クレナイ流槍術は、負けたのだ。


 この街で、誰もオウカの槍を馬鹿にした者はいない。オウカの槍は鋭く、素早く、熟練冒険者も一目置くような練度を誇っていたから。けれど、負けた。オウカは負けたのだ。


 あの時、自分は失望したのだろうか? いや、していない。アルクは、ただただ悔しかったのだ。自身が惚れこんだ槍術が負けてしまった事が。自身が惚れた先生が負けてしまった事が。クレナイ流槍術が通用しないという事実が出来てしまった事が。


 とてつもなく、悔しかったのだ。


 今思えば、子供の癇癪(かんしゃく)だ。世界を知らない子供の、意地っ張りだったのだ。


 けれど、たとえそうだとしても。泣いているオウカを見て、黙っていられるほどアルクは諦めが良くは無かったし、物分かりもよくなかった。


 その時から、アルクは心に誓った。クレナイ流槍術を世界に広める。オウカは、クレナイ流槍術は負けてないと証明する。そのためには、強い奴と戦う必要がある。


 強い奴と戦って、勝って、クレナイ流槍術が優れていると証明する。


 だから先生、その時は、前みたいに笑ってくれよ。俺は、先生の笑顔が好きなんだ。


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