013 アルクVS紅蓮の龍
紅蓮の龍が翼をはためかせて迫る。
風圧に押されながらも、アルクは紅蓮の龍まで迫る。
跳躍、紅蓮の龍との激突寸前、技を繰り出す。
「おぉっ、らぁっ!!」
クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。
真正面から紅蓮の龍に突きを放つ。
炎を纏う突きは、しかし寸前で身を翻して躱されてしまう。
紅蓮の龍は翻しざまに、尻尾をうねらせ回転の遠心力を最大限に生かしてアルクに叩きける。
アルクは突きの体勢から即座に迎撃の体勢をとった。
クレナイ流槍術、三の技、猛火旋風。
回転をしながら、アルクは槍を横薙ぎにして尻尾と槍の穂先を打ち合わせる。
猛火旋風は身体の捻りを活かして放たれる薙ぎ技だ。身体が柔らかい程捻りも深くなるので威力も増す。そして、どんな体勢でも、どんな角度からでも繰り出せるので、連続技としても使える。
穂先と尻尾が激突する。
直後、すさまじい衝撃がアルクの両腕に返ってくる。
「か、ってぇ…………!!」
手応えは無い。まだ武人として駆け出しの頃、岩に向かって槍を当てていた時のような感覚。
まるで切れる様子が無い。中位龍でもこんなに堅くは無かった。
「跳ぶな。貴様には地べたがお似合いだ」
上位龍は無慈悲に尻尾を振りぬく。
「うぉ!?」
足場の無い空中では踏ん張りようが無い。尻尾に押される勢いのまま、アルクは地面に激突する。
しかし、アルクも歴戦の猛者である。全身のバネを使って着地時に衝撃を殺し、素早くその場から移動する。
アルクが移動した直後、アルクが落とされた場所に炎の玉がいくつも飛来する。
「ちっ、すばしっこい」
上空から聞こえてくる舌打ち。
苛立たし気にしながらも、紅蓮の龍は更に火球を放つ。
「っそ! 上からちまちましやがって!」
そう悪態をつくアルクだけれど、火球の威力はちまちまなどといった生易しいものではない。火球一つだけで地面が大きく抉れ、地面が熱でドロドロになるほどの高温である。
火球そのものを受けてもダメージを受け、外れてもしばらくの間地形に灼熱状態が付与される。踏めば火傷は必至。下手をすれば触れた個所が炭化してしまうだろう。
躱し、いなす事が出来たとしても足場が悪くなる事を考えれば、長期的に見ればアルクにとっては不利になる。
短期決戦。それが最善だ。けれど――
「どわっ!?」
――紅蓮の龍は甘くは無い。
火球に紛れ、五つの斬撃が飛んでくる。
クレナイ流槍術、四の技、炎々絶槍。
技を使って斬撃を凌ぐ。
「んの野郎!!」
足に力を込め、一息で紅蓮の龍の真下まで移動する。そして、間髪入れずに地面を蹴り付け、真上に飛び上がる。
「腹ならちったぁやらけぇだろ!!」
クレナイ流槍術、一の技、焔穿ち。
炎に包まれた槍が紅蓮の龍の腹に突き刺さる。少しだけれど、確かに刺さった。
「ぐぅっ!? 貴様ぁぁぁぁあああああああ!!」
「うおっ!?」
振り払った紅蓮の龍の腕が直撃する。炎を纏ってはいなかったけれど、龍の膂力を持ってして放たれたその威力は尋常ではなかった。
勢いよく吹き飛ばされ、宙を舞う。
「がっ……」
重てぇ……!! ただの張り手でこれかよ……!!
驚愕しながらも、アルクは空中で体勢を整える。なにせ、もう龍はそこまで迫っているのだから。
「燃え堕ちろ、人間!!」
アルクを噛み殺そうと大口を開け――違う。
アルクは自分の読み違いを一瞬で覚ると、空中で何とか姿勢を保って技を繰り出す。
クレナイ流槍術、三の技、猛火旋風。
威力は二の次。速さだけを求めて放つ。
自身が回転する勢いを利用して龍いる場所の下方まで無理矢理落ちる。
直後、熱風が吹き荒れる。
「あづっ……!!」
熱風に押されアルクは更に龍から距離をとる。しかし、熱風だけでも肌が焼けるほどの熱さだ。
ちらりと視界の端に捉えたのは紅蓮の咆哮。空気を歪め、熱し、全てを焼き尽くす咆哮。広範囲に散らされる事は無く、炎を収束させて放つそれは遠くまで伸び、山に直撃すると盛大にその熱量を周囲へと散らした。
何もかもを飲み込むかのように広がる炎は木々を飲み込み、その場にいただろう生物も飲み、山肌さえも飲み込んだ。
炎の猛威の後には、虫食いのように抉れた山の残骸があるだけだった。
地形すらも変えてしまう程の威力。到底、正面から打ち合えるものではない。
山が飲み込まれるのを見て、冷や汗をかくアルク。あれが奈穂達の方に向かなくて良かったと、心底思いながらも、もし地面にいる自分に放たれたとしたら、自分には対処法が存在しない事を冷静に分析する。
「ちっ、ちょろちょろと!!」
咆哮を回避して地面に着地したアルクを見て、紅蓮の龍は忌々し気に言い放つ。
あれだけ高出力の攻撃を放ったにも関わらず、紅蓮の龍に消耗の色は見えない。
けれど、アルクは攻撃を凌いだり回避するために多くの技を連発してしまっている。やはり、長期戦になればアルクに勝ち目はない。このままではアルクの体力が持たない。
正直に言おう。これほどまで上位龍が強いとは思わなかった。
アルクが倒した、あと数年で上位龍になったであろう中位龍も、ここまで強くはなかった。あの中位龍には刃が通ったし、技も通用した。それに咆哮の規模もあんなに甚大ではなかった。
隔絶している。龍が最強種たる所以を、今まざまざと見せつけられている。
勝てるか勝てないかで言われれば、五分五分だ。いや、盛った。アルクが三で龍が七だ。それでも、アルクの都合の良い勝ち目の場合だ。
アルクにとって勝ち筋の見えない相手は、この龍が初めてではない。滅龍者を見た時も、幼い頃に滅龍十二使徒を見た時も、まるで勝ち筋が見えない相手がいたのだ。
あれに並びたい。あれと戦いたい。あれと全力でぶつかり合いたい。
その思いだけで、アルクはここまで戦ってきた。そのチャンスが、ようやくやってきた。
「……へっ」
口角が自然と上がる。気分が高揚する。身体が熱を帯びる。
「人間風情が……なんだその目は? まさかこの私に勝てるとでも思っているのか?」
「ああ。勝ち筋がまったく無ぇ訳じゃねぇからな。てめぇには勝てる可能性がある」
「嘗められたものだな、私も!!」
紅蓮の龍が火球を吹く。
アルクは即座に移動し、火球を回避する。火球は迎撃するだけ無駄だ。隙を多く見せるだけになる。それに、地形に熱を持たせたとして、その熱はアルクには効果は無い。であれば、火球は無視してしまっていい。
問題なのは――
「ふんっ!!」
――この五つの斬撃だ。
龍が腕を振れば、五本の爪から炎の斬撃が放たれる。これが火球よりも速いうえに威力が尋常ではない。
これがあるからアルクは移動を強いられる。もしこれが火球の後から放たれたのであれば、アルクは気付く事ができない。火球を引き裂きながら現れる斬撃に、アルクは対処できないだろう。
「っくしょう……!! 攻撃範囲外からちまちま打ちやがって!!」
「ふんっ、飛べもしない弱小種は不憫よなぁ」
言いながら、紅蓮の龍は攻撃の手を緩めない。
紅蓮の龍も馬鹿ではない。アルクの攻撃が自分に届くことの脅威は先程の腹への一撃で理解している。だからこそ、上空から攻撃し、大技を叩きこむために追い込んでいるのだ。
もう咆哮は放てない。先程は矮小な存在に傷を付けられ少々苛立ってしまった。
あの咆哮は紅蓮の龍にとって最高出力の攻撃。あれの直撃後の効果範囲に奈穂がいれば、奈穂はただでは済まないだろう。
あれは持ち帰らなければならん。細心の注意を払いつつ、この憎たらしい人間を殺さねば。
紅蓮の龍の攻撃は範囲攻撃が多い。己の力を最大限生かした戦い方ではあるものの、そこに技は無い。技などなくとも、自身の炎は敵を焼き、鱗は攻撃を弾く。自身の持つ力をぶつければ勝てるのだ。
だから、こんなに手こずるのは久しぶりだった。自身の攻撃を避け、いなし、あまつさえ攻撃を当てる者など、ここ百年近く巡り合わなかった。
気分は高揚しない。ただただ、苛立たしい。矮小な存在のくせに、か弱き存在のくせに、この最高位種に傷を負わせるなど。許せることではない。
だから、そろそろ――
「死に時だぞ、人間」
一瞬、速度が緩んだ。
その瞬間を逃さず、中位龍は高度を一気に下げる。
「――っ!?」
唐突な肉迫。アルクは虚を突かれるも、何かが来る事は理解しているために身構える。
回避か、迎撃か。
地面に届く直前、龍が空中で前転する。それだけで、何をするのかを察したアルクは全力で迎撃の構えをとる。
ヒュンっと鋭い風切り音が聞こえる。
回転した龍の尻尾の先、そこから巨大な紅蓮の刀身が形成されていた。
「死ね」
端的な言葉の直後、紅蓮の剣が放たれる。
「っそ……!!」
クレナイ流槍術、二の技、薙ぎの炎刃。
紅蓮の剣とアルクの技がぶつかる。
「うっ、ぐっ……!!」
最初に尻尾を受けた以上の重みと衝撃が身体に響く。
足元の地面がアルクを中心に放射状に罅割れる。ミシミシと嫌な音が槍から聞こえてくる。
「…………っ、そ……!!」
「潰れろ、人間!!」
炎が、アルクを圧迫する。
あ、まずい。そう思った時には、遅かった。
槍が半ばからへし折れる。
力が乱れ、紅蓮の剣に押し返される。
目前に、炎が迫る。
死ぬ。
それが、瞬時に分かった。
勝てそうだった。勝てる見込みはあった。紅蓮の龍に付け入る隙が幾らでもあった。
けど、負けた。理由は単純。アルクが弱かったからだ。あの紅蓮の剣を捌けなかった。紅蓮の剣は先程の咆哮と同じ色をしていた。地面に押し当たれば爆発し、自分も確実に巻き込まれる事は容易に想像できた。
だから、自分が受け止めて弾き返す必要があった。自分の炎で掻き消す必要があった。出来ると思った。事実、それは出来ていたのだ。紅蓮の剣の炎をアルクの炎で掻き消す事が出来ていた。爆発をする前に、炎で相殺する事が出来ていた。
しかし、アルクの身体でも、アルクの魔力でもなく、アルクの使う槍が耐えられなかった。
自身の持っていた槍の中で一番の業物。それが耐えられないのであれば、どの槍でも耐えられなかっただろう。
炎が目前に迫る。
熱は感じない。恐怖も無い。ただ、少し残念に思う。
ここまでの強敵に最善の状態で戦えなかった事を。最高の状態で戦えなかった事を。
もっと強くなっていれば、もっと良い武器を使っていれば、もっと技を磨いていれば。
そんな後悔が脳内を駆け巡るけれど、最早後の祭りだ。
たらればだな。やめた。
ここでの死は必定。ならば、もう考える事など無い。
先生……俺の槍は、届いたぜ。まぁ、負けちまったけどな。
胸中で己の武の師匠に謝罪をする。先生が出来なかった事を、自分はやってのけた。それだけでも、満足してくれ。
アルクは考えるのを止め、目を瞑った。そして、穏やかではないけれど死を受け入れ――
「アルク!!」
――かけた、その時。すっかりと聞きなれてしまった自分を呼ぶ声が間近から聞こえてきた。
「――はぁ!?」
驚き見えを見開けば、丁度衝撃が身体を襲う。けれど、軽い衝撃。紅蓮の剣の攻撃ではない。
衝撃の後、浮遊感が身体を襲う。
紅蓮の剣が生んだ爆風ではない。もっと別の、自由な浮遊感だった。
「あうっ……!!」
数十メートルの飛翔の後、アルクは地面に衝突するも、その衝撃は小さなものだった。
ごろごろと地面を転がり、慌てて起き上がってみれば、そこには見慣れた顔があった。
「姫さん……」
「う、うっ……」
アルクが呆然と奈穂を呼べば、奈穂は呻きながら涙に濡れた瞳でアルクを見上げた。
金銀の目がアルクを見つめる。
「あんた、どうして……」
アルクが問えば、奈穂は無理矢理に笑みを作ってから言う。
「い、居ても立ってもいられなくて……」
「――っ!!」
笑う奈穂。しかし、その笑みはいつもとは違った。笑みの意味合いが違うとか、そういう意味じゃない。
奈穂の頭からは龍種特有の角が生えており、肌には薄っすらと鱗が生え、さらに背中からは紅蓮の龍の翼と同じような形状をした翼が生えていた。
紅蓮の龍が人の姿を模した時と同じような姿だ。
それを理解していながらも、アルクは別のところに意識が行っていた。
先程の笑顔が、言葉が、アルクの先生を思い起こさせた。




