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ある日龍姫になった滅龍者と武の頂を目指す槍使い  作者: 槻白倫
第1章 白の少女と赤の青年
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012 紅蓮の龍

 乗合馬車に乗ってから数日が経った。


 その間、特にこれといったアクシデントも無く、初日以上の強敵が現れる事も無く、馬車は順調に旅路を進んで行く。


 何も起きない事に安心していた。このまま何も起きないのではと高を(くく)っていた。その認識が甘いという事に気付くのに、そう時間はかからなかった。


 馬車に乗りながらいつものように景色を眺める。奈穂の最近の日課は、様々な色を視る事だ。


 色の法則などが今以上に分かれば、旅をするのにかなり便利になるから。


 だから、今日もくるくると顔を巡らせて景色を見ていたのだ。


 そして、それは唐突に奈穂の視界に侵入してきた。


 真っ赤な、強い光。


「ぐうっ……!!」


 あまりに強烈な光が、なんの構えも無く視界に飛び込んできて、思わず目を押さえてしまう。


「どうした、姫さ……なるほど、そういう事か」


 奈穂を心配したアルクであったけれど、奈穂が何故目を押さえたのか理解した。


「おい! 馬車を止めるな!! 俺と姫さんは降りるぞ!!」


 外にいるオックスに自分達は降りる事を告げる。


「はぁ!? 何言ってんだお前!?」


「いいから!! 馬車は絶対に止めんな!! 姫さん、降りるぞ」


「う、うん……」


 眼球の奥がじくじくと痛むけれど、歩くには支障はない。


 アルクは奈穂を小脇に抱えると、馬車から飛び降りる。


「なっ――!! んの馬鹿っ!! まじで飛び降りる奴があるかよ!!」


 アルクが飛び降りたのを見て、オックスが馬を反転させて二人の元へと向かう。


「おい! いったい何だってんだよ!!」


「お前らは先に行ってろ!! あんまし近くに居ると巻き込まれるぞ!!」


「だから何に!!」


「説明してる時間がねぇ事くらい察せ!!」


 言い合いながらも、アルクは馬車から距離をとるために馬車とは反対方向に走り始める。


 けれど、多分間に合わない。


 赤い光は物凄い速度で奈穂達に向かって飛んでくる(・・・・・)。そう、光は空にあった。空にあるという事は飛翔体だという事だ。そして、飛翔体でアルクを(・・・)凌駕する光(・・・・・)を持つ者など、一つしか思い当たらない。


『グオォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』


 雄叫(おたけ)びが空から降りる。


 雄叫びを聞いた途端、オックスにも何が起こっているのか理解したのか、一瞬で青白い顔になる。


 と、同時に、馬が半狂乱になって暴れだす。


「あ、おい! ぐあっ!?」


 オックスを地面に放り出して、馬は声とは真逆の方向へと走っていってしまった。


 そして、それは馬車も例外ではなかった。馬車の馬が暴れだす。けれど、綱でつながれているために、馬車の馬は逃げる事が出来ない。けれど、馬車の護衛のために馬車の周囲を並走していた冒険者達の馬は違った。


 馬は例外なく、どれも半狂乱になりながら乗り手を振り落として声とは真逆の方へと走って行ってしまった。


 馬車を引く馬も半狂乱になっている。これでは前には進めない。


「……姫さん、降ろすぞ」


「うん……」


 アルクは奈穂を降ろして槍を構える。


 アルクは、気配でその者の接近を敏感に感じ取っていた。そして、ようやっとアルクもその者を目視した。


 巨大な両翼を広げ空を我が物顔で飛ぶ存在。そんな者は、龍種をもって他に居ない。


「お、い……嘘だろ……」


 オックスが青い顔をして言葉を漏らす。


 しかし、ここまで来てしまってはアルクもオックスに構ってはいられない。


「姫さん、いざとなったら逃げろ」


「で、でも……」


「いいから逃げろ。……俺も、勝てるか分かんねぇからよ」


 初めて聞いたアルクの弱気な言葉に、奈穂は自分の予想が間違っていなかった事を察する。


 誰も動けぬまま、紅蓮の巨体が突風を巻き上げながら地に降り立つ。


 知性を宿した鋭い眼光。赤色に光を反射する紅蓮の鱗。その巨躯(きょく)は途中出会った中位龍を容易く凌ぎ、その迫力も、その威圧感も、中位龍をはるかに凌いでいた。


 まさに、絶対王者の風格。


「上位龍……」


 誰が、そう口にしただろう。我知らず漏れた言葉を、皆もその漏らした者も耳に入れてはいない。


 誰もが、上位龍に視線を釘付けにされていた。


 皆に緊張が走る中、絶対王者たる上位龍だけは、悠々と人々を睥睨(へいげい)していた。


 紅蓮の龍がアルクを見る。その後に、アルクの後ろに隠れる奈穂を見る。


 奈穂を視界に入れた途端、上位龍はにやりと獰猛に口角を上げた。


 直後、上位龍を中心に炎が巻き上がる。


「うっ……!」


 熱風が巻き上がり、奈穂は思わず顔を覆ってしまう。そして、それは他の者達も例外ではなかった。


 誰もが顔を覆う熱風の中、しかし、アルクだけは熱風の中心地から目を逸らさなかった。


 熱風が止めばそこには紅蓮の龍の姿は無く、代わりに紅蓮の髪をした男が立っていた。ただ、その男は普通の者とは違った。


 紅蓮の髪を押し分けて飛び出す捻じれた悪魔的な角。うねうねと背後で揺れ動く紅蓮の尾。そして、奈穂と同じく縦に割れた瞳孔(どうこう)を持つ瞳。


 間違いなく、目の前にいる男が先程の巨躯を誇る龍そのものであった。


 大勢の視線をその身に浴びながら、紅蓮の髪の男は(うやうや)しく一礼をする。


「ああ、ご機嫌麗しゅう存じ上げます。我らが龍姫様」


「龍、姫……?」


 なんのことだといったふうなオックス。けれど、奈穂とアルクにだけは心当たりがあった。


「さぁ龍姫様、我らが龍王陛下がお待ちです。さ、こちらへ。龍王陛下の元へともに向かいましょう」


 恭しく下げた頭を上げたかと思うと、紅蓮の男は奈穂に向けて手を伸ばす。


 けれど、奈穂はその手にどう反応すれば良いのか分からずに、ただただアルクの背後から様子を見るに留める。


 そんな奈穂の様子を見て、紅蓮の男は即座に笑みを消す。


「……やはり、龍姫様ではないか。貴様、いったい何者だ?」


 傅いた身体を起こし、先程までの恭しい態度から一転、高圧的な態度になる。


「何者かってのはこっちが聞きてぇところだけどな」


 高圧的な紅蓮の男の問いに、奈穂ではなくアルクが答える。


 アルクが口を開けば、紅蓮の男は不機嫌そうにアルクを睨む。


「貴様、誰が口を開いて良いと言った? 口を閉じていろ、不愉快だ」


「じゃあてめぇは誰の許可貰って喋ってやがんだ? 俺は許可出した覚えはねぇぞ?」


「貴様……」


 紅蓮の男は感情の無い声音をアルクに向ける。


 紅蓮の男にとって、アルクは感情を向けるに値しない存在だ。矮小(わいしょう)な者の言葉に一々感情を乱される程、龍は安くは無い。


「……まぁ良い。おい、そこの白い女。貴様は私とともに来い」


奈穂から龍姫様の匂いがするのもまた事実。であれば、一度連れ帰って龍王に判断を仰ぐのが適切だろう。


 けれど、それは紅蓮の男にとっての適切であり、奈穂に当てはまるものではない。


「あ、あの……僕は、貴方と一緒には行きたくありません……」


「なんだと?」


 奈穂の言葉に、紅蓮の男の目がすっと細められる。


「あ、の! ぼ、僕は……貴方とは、一緒に行きません!」


 もう一度。今度は声を大にして言う。


 紅蓮の男に危害を加えられたわけではない。けれど、どうにも、目の前の男は怪しいのだ。裏があると感じる訳ではない。思惑を覚らせない笑みをしているという訳ではない。


 ただ、少しだけ猫を被っている。そう感じるのだ。


 それに、自分は龍王陛下など知らないし、連れていかれて自分が殺されてしまう可能性だってあるのだ。自身の安全の不確かなところへなど行きたくはない。


 そんな思いもあった、奈穂は必死に意思表示をした。


「勘違いするな。これは提案ではない。この私の決定事項だ。貴様に拒否権は無い」


けれど、紅蓮の男は奈穂の意思表示をばっさりと切り捨てる。


「なら、これは俺の決定事項だが」


 そして、そんな紅蓮の男に、アルクは言う。


「姫さんは連れて行かせねぇ。尻尾(けつ)まくってとっとと帰れ、蜥蜴(とかげ)野郎」


 挑発的に、アルクは言った。


 安い挑発。先程の挑発に乗らなかった紅蓮の男は、しかし、明らかな怒気を孕んだ表情を浮かべる。


「一度目の非礼は許そう。矮小ゆえ、礼を失する事もあるからな」


 右手を胸元まで持ち上げ苛立たし気にごきごきと関節を鳴らす。


「二度目の非礼……許そう。私は寛大(かんだい)紅蓮龍(ぐれんりゅう)。矮小な者の(さえず)りなど気にも留めぬ。だが」


 紅蓮の男が軽く右腕を振るう。それだけで、熱風が襲い掛かる。


「うぅ……っ!」


 アルクが奈穂を背後に庇う。アルクはこの程度の熱風であれば平気だけれど、奈穂は見るからに辛そうだ。


 背後の奈穂を心配しながらも、アルクは目の前の存在から目を離せない。いや、一時も離してはいけないのだ。


 静かに、紅蓮の男は怒りを(あら)わにする。


「だが、蜥蜴(とかげ)……蜥蜴……蜥蜴ぇ!!」


 カッと目を見開き、紅蓮の男はアルクに向けて右手を本気で(・・・)振りぬく。


 途端、熱風とともに炎の斬撃が飛来する。


「――っ!!」


 クレナイ流槍術、四の技、炎々絶槍(えんえんぜっそう)


 魔力と武術が混じりあい、槍の穂先から炎が上がる。


 炎は際限なく燃え上がり、突き、薙ぎ、切り払い……技を一つ出すたびにその勢力を増す。


 一息で五回槍を振るう。どれもこれも本気の一撃。その本気の一撃を都合五回繰り出せば、紅蓮の男の五つの斬撃を打ち落とすことが出来た。


 突然の攻撃を予測していなかったわけではない。けれど、あまりに早すぎる斬撃に、肝を冷やしながら技を繰り出すアルク。


 アルクは必死に技を繰り出した。にも拘わらず、目の前の紅蓮の男は苛立った素振りを見せるものの、アルクのように追い詰められた様子など微塵も見せなかった。


「蜥蜴ぇ……その言葉は容認できない……!! 私をあのような下等生物と一緒くたにするなど、断じて許される事ではない!!」


 紅蓮の男が吠える。


 直後、筋肉が膨れ上がり、体中から鱗が生えてくる。


「私は……私達は空の覇者!! そして獄炎ノ龍王様の忠実なる下僕(しもべ)!! 決して、あのような地べたを這うしか出来ぬ者共と同列では無い!!」


 紅蓮の男を中心に熱風が巻き上がる。熱風の中には炎も混じり、もはやそれだけで攻撃となりえた。


「殺す……殺すぞ貴様。ああ殺してやるぞ」


 一度姿を消した紅蓮の龍が姿を現す。空を飛び、口の端から抑えきれんとばかりに炎をこぼす紅蓮の龍。


 完全に戦闘態勢。完全に殺戮(さつりく)態勢。もはや遊びは無い。もはや人間に猶予は残さない。問いも、言葉も、少しばかりの気配りも必要ない。


「貴様を殺してそこの女を連れて行く。ああそうだ。初めからそうしていれば良かったのだな」


 純粋な力で全て解決する。そうする。今までだってそうしてきた。これからだってそうする。一時の例外も無い。力で全てを屈服させる。


 龍というのはそういう生き物。弱肉強食。強い者が正義なのだ。


 完全にアルクを殺す気になった紅蓮の龍。アルクの額に一筋汗が流れる。緊張か、それとも焦燥(しょうそう)か。


「……姫さん、そいつら連れて出来るだけ遠くに逃げろ」


「え?」


 アルクの言葉に、思わず聞き返してしまう奈穂。別に、アルクの言葉が聞こえなかった訳でも、アルクの言葉の意味を理解できなかった訳でもない。逃げろ。アルクは端的にそう言ったのだから。


 アルクも奈穂が自身の言葉の意味を理解してない訳ではないと分かっているために、奈穂の疑問の声に構う事無く言葉を続ける。


「こいつぁ、姫さん守りながらだと絶対に勝てねぇ。だから、姫さんはこっから出来るだけ遠くに逃げてくれ」


 アルクが言葉を続ければ、ようやく思考力が回復してきた奈穂が慌てたように言う。


「そ、それじゃあアルクは!? ここであれと戦うの!?」


「そーするしかねぇだろ。あいつと戦えるのは、俺だけだ」


 現状、この場に居る人間でアルクよりも強い者はいない。誰かが残らなくてはいけないのであれば、それはアルク以外にはいないだろう。


「で、でも! 相手は上位龍なんだよ!? アルク、死んじゃうよ!!」


「……かもな」


 アルクは奈穂の言葉を肯定する。


 自身が一番自分の実力を理解している。紅蓮の龍と自分には力の差がある。先程の爪の一撃をいなして、分かった。


 あれは、苛立ち交じりに紅蓮の龍が放ったただの攻撃だ。けれど、それを迎撃したアルクの攻撃は、本気の攻撃(・・・・・)だった。


 一撃一撃に本気を出さなくては、アルクは相手の攻撃を(しの)げない。


 勝てる可能性はある。けれど、それ以上に負ける可能性の方が高い。


「心配すんな。俺は死なねぇよ。姫さんは少し遠くで待っててくれ。すぐ迎えに行くからよ」


 奈穂の頭を安心させるように撫でる。手つきが雑なのはご愛敬(あいきょう)だろう。


「ほら、行け。そろそろ相手さんも待ってくれんぞ」


「…………うん」


 奈穂は心残りはあるけれど、この場に自分が残ってしまえばアルクが戦いにくいであろうことは理解している。


 だから、奈穂はアルクの元から離れる。その際、腰を抜かしたオックスの手をとる事も忘れない。


 自身から離れていく二人を背に庇いながら、アルクは紅蓮の龍に穂先を向ける。


「さぁ、ちぃっとばかし俺に付き合ってもらうぜ」


「少しと言わずとも、貴様は時間をかけて(なぶ)り殺しにしてくれる」


 にぃっと獰猛(どうもう)に笑い、アルクは地面を蹴り付けた。


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