001 滅龍者の日常
息抜きに書きました。ドラゴンスレイヤーって恰好良いですよね。
倒した魔物の素材を剥ぎ取る。血の匂いが鼻につくけれど、もうこの匂いにも慣れてしまった。
「おいナホ、剥ぎ取り終わったか?」
「うん。終わったよ」
魔物の素材を剥ぎ取る少年の後ろから声をかけたのは、彼のパーティーメンバーのリゲットという名の少年だ。
リゲットに呼ばれた少年――ナホは採取用のナイフをしまってから、リゲットの方を振り返る。
ナホの後ろにはリゲットだけではなく、他のパーティーメンバーが立っていた。
「お、綺麗に取れたじゃねぇか」
壮年の男――ガウルが、わははと笑ってナホの頭を乱暴に撫でる。
ナホはにこにこ微笑んでそれを受け入れる。
「それじゃあ、帰りましょう。早く報告して、ご飯食べましょう」
パーティーメンバーの紅一点であるそばかすの少女――エリルが帰投を促す。
「おう! 今日も大量だかんな! 酒がうめぇぜ!」
わははと笑ってガウルが言う。
「ガウル、飲み過ぎんなよ? 酔ったガウル運ぶの大変なんだからよ」
「良いトレーニングになるだろ?」
「ならねぇよ!」
リゲットとガウルが言い合いながら前を歩く。
その後ろを、ナホとエリルが歩く。
「ナホも慣れてきたわね。もう吐かなくなった」
「さすがに、半年もやってれば慣れるよ」
エリルの言葉に、ナホは苦笑を浮かべて答える。
「それにしても、ナホがあの勇者だなんて、本当に信じらんねぇよな」
「ああ。村人って言われればしっくりくるんだがな」
「あはは……僕もそう思うよ」
この世界には、勇者がいる。けれど、それは一人だけの特別な存在ではない。
ナホ――本名、石狩奈穂は、この世界に召喚された勇者の一人だ。
この世界に召喚された奈穂達の役目は一つ。この世界に巣くう龍を殺す事。
魔王じゃないのかと思ったりもしたけれど、この世界の敵はドラゴンらしく、この国の王様にはその理由を説明された。
ドラゴンはこの世界に住み、強大な力を持っているとの事。知能のあるドラゴン、知能の無いドラゴン等、ドラゴンの中でも個体差や序列はあるようだけれど、そのどれもが厄介な存在であることには変わりなく、人を喰らい、国を滅ぼしたりと、悪逆の限りを尽くすらしい。
そんなドラゴンを無視できず、国は禁忌を犯す事にした。
それが、異世界からの勇者召喚である。異世界から勇者の適性のある者を大勢召喚し、ドラゴンに立ち向かう戦力にするというのだ。
同じ時間軸のまったく別の地域から召喚された勇者は総勢四十名。奈穂もその中の一人なのだ。
突然の事に反発する者も多くいたけれど、帰す手立てがない事と、ドラゴンが巣くうこの世界で生きていくには純粋に力が必要である事を理解した彼らは、不承不承ながらドラゴンと戦う事に同意した。
戦わず、別の事をしている者もいるようだけれど、奈穂は戦う事を選んだ。
と言っても、才能なんてものはとんと無く、小さな竜を仕留めるのが精々だ。
聖剣、魔剣等にも選ばれず、仕方なしに奈穂は鉄よりは頑丈なミスリルの剣で出来た剣で戦っている。
勇者――正式に国が付けた名前は滅龍者だけれど――は各地に飛ばされ、それぞれ日夜ドラゴンと戦っているのだ。
……まぁ、僕が狩ってるのはちっちゃいドラゴンだけだけど。
小さいドラゴンでも、ドラゴンはドラゴン。ちまちま小さい者を倒すのも勇者の務めである。
けれど、他の者は大型のドラゴンを倒したと定期報告会で聞いた。それを思うと、自分の地道な戦果のなんと涙ぐましい事か。
まぁ、英雄なんてものはがらではない。自分は辺境の地でちまちまと小さなドラゴンを狩り続けようと思う。
「到着~! ただいま、マイホームタウン!」
しばらく歩けば、奈穂が拠点としている街に到着する。
冒険者ギルドに向かい、奈穂達は素材の換金を済ませる。冒険者ギルドとは、冒険者へと仕事を斡旋してくれる機関だ。依頼の紹介から、パーティーの募集など、冒険者をサポートしてくれるのだ。
素材の換金を行い、四人は併設されている酒場で食事をする。
「ぷはぁっ!! やっぱり、一仕事終えた後の酒はうめぇぜ!!」
「だな! 俺はこの一杯のために生きてる!」
ガウルが酒を呷りながら、チーズや肉などのつまみを食べる。
ガウルとリゲットはお酒。奈穂とエリルはお酒が飲めないので、水を飲んでいる。
スープを飲みながら、バケットを食べる。
この三人とも、もう半年の付き合いになる。最初は弱そうな見た目をしている奈穂を見て嫌そうな顔をした三人だけれど、国の依頼とあって根気強く教え込んでくれた。
三人にはとても感謝しているし、大切な友人だと思っている。
今日の依頼の事、明日の依頼の事、色々な事を話していると、二人が酔っ払ってきたタイミングで、エリルが奈穂の裾をくいっと引っ張る。
「ねぇ、ナホ。今度の聖龍祭さ、一緒に見て回らない?」
「聖龍祭? 別に、良いけど」
聖龍祭とは、この地の守り神である聖龍を祀るための祭りである。
ドラゴンは基本的に邪悪な者ばかりだけれど、ごくまれにこの地の守り神である聖龍のように人の味方をするドラゴンもいるのだ。
しかし、聖龍は伝説の存在。数百年前までは姿を現していたようだけれど、それ以降に姿を見た者はいないらしい。
数百年前の事とあり、今では聖龍がいたという伝説と、その時からの伝統である聖龍祭だけが残っているらしい。
まぁ、地元の者からしたら飲んで食ってのお祭り騒ぎをするだけのお祭りだ。一応、祭りの初めに聖龍に捧げる神楽を舞うみたいだけれど。
奈穂は聖龍祭にも、この世界のお祭りにも参加した事は無い。そのため、ナホは聖龍祭に興味がある。
「うん、良いよ。一緒に見て回ろっか」
奈穂が頷けば、少しだけ安堵したような顔をするエリル。
「ねぇ、二人も良いよね? 一緒に聖龍祭まわろ?」
しかし、奈穂のそんな一言で安堵の顔も、驚愕の顔に変わってしまう。
最終的に眉間に皺を寄せて明らかに怒った顔をしているエリルだけれど、にこにこと嬉しそうに笑みを浮かべて二人に尋ねる奈穂は気づいていない。
「あ? あー……俺達は、その日飲み比べがあるから」
「お、おお。そうだな。潰れるまで飲むつもりでいるから、お前ら二人で行って来いよ」
ガウルがすぐに事態を察して奈穂の誘いを断り、リゲットはエリルの眼光に射抜かれた後で事態を察して、ガウルの言葉に便乗する形で断りを入れる。
「そっか、残念。エリル、二人だけど平気?」
「問題ないよ」
鋭い眼光を潜め、エリルは笑顔で答える。元から自分はそのつもりであったとは言わない。
「じゃあ、一緒に回ろっか」
「うん」
嬉しそうに頷くエリルを見て、リゲットとガウルは心中で思う。
女って怖ぇ……。
しかし、言わぬが花。触らぬ神に祟りなし。藪をつついて蛇を出す、だ。二人は賢く口を噤む。
そんな、いつものと言えばいつも通りの酒場の光景。けれど、そこに一つ、いつも通りから外れた事が起こる。
ぎぃと酒場の古びた扉が開かれる。酒場の扉を潜ったのは、ここに来るには珍しいお客さんだった。
「ああ、居た」
その者は奈穂を見ると、笑みを浮かべて奈穂達の元へとやってくる。
当の奈穂はその者を見て少しだけ驚き、エリルはうげぇっと嫌そうな顔をした。
「メリッサさん! どうしたんですか、こんなところに?」
奈穂が笑顔で尋ねれば、その者――メリッサ・キャンベルは近くの椅子を引いてきて、奈穂の隣に座る。
「そろそろ定期報告会だろ? ちょうど近くに寄ったし、一緒に行こうと思って」
「あ、そう言えばそうでしたね」
定期報告会があると、この間手紙をもらっていた。
定期報告会は王都で開かれるため、馬車で迎えが来る。まぁ、戦果を挙げていない奈穂の馬車は大変質素なものだけれど。
対照的に、メリッサの馬車は豪華だ。
メリッサは召喚された勇者の中でも秀でており、もうすでに大型の龍を何体も狩っている。
綺麗な金髪に、透き通るような綺麗な碧眼もあいまって、『金色の滅龍者』とあだ名されるほどだ。よく、金色と呼ばれている。
少し話をしているうちに仲良くなり、定期報告会で会えばよく話をしている。
「でも、正直僕は出席しないで良いと思うんです。大した成果も挙げてないですし」
「何言ってるの! わたし達はこの辺境を守ってるじゃない! ちっちゃいけど、ドラゴンを倒してるし!」
奈穂の言葉に、エリルが怒ったように言う。
「ご、ごめんエリル。そうだよね。僕達の成果だもんね。ごめんね」
「ちがっ、そうじゃなくて! ナホは十分街のために頑張ってるって事よ!」
エリルが大きな声でそう言えば、近くに座っていた飲んだくれ冒険者達が、口をそろえて「俺達の滅龍者にかんぱーい」と言って酒を呷る。
その音頭に、奈穂恥ずかしくて顔を真っ赤にする。
「ちょ、やめてよぉ……」
「はははっ! ナホ、顔真っ赤だなぁ!」
「おう! 怒りん坊猿みてぇに真っ赤だな!」
「「がはははははっ!!」」
いつの間にか完全に酔っぱらっているリゲットとガウルが、酒を呷りながら奈穂をからかう。
二人にからかわれ、さらに顔を赤くする奈穂。
「ちょっと! あんまりナホをいじめないで!」
「へいへーい」
「りょーかいでありまーす」
「この飲んだくれ共……!!」
後で二人の嫌なネタで弄ってやると心中に決めながら、奈穂の方に椅子を寄せるエリル。
「ナホ、気にしなくて良いからね? ナホはちゃんとやってって事、ずっと傍にいるわたし達は知ってるから」
言って、一瞬挑発するようにメリッサを見るエリル。
エリルの視線を受けて、ピクリと眉を動かすメリッサ。
メリッサは奈穂の方へと椅子を近付け、ぽんと肩に手を置く。
「そうだぞ。地道な努力が実を結ぶんだ。定期報告会で聞く限り、ナホの討伐数は確実に増えているじゃないか。大丈夫、ナホは成長しているよ。そうだ、定期報告会の後にお茶でもしよう。ケーキが美味しいと評判の店があるんだ。ご褒美に、私が奢ってあげよう」
言って、メリッサはエリルに視線を送る。
エリルは額に青筋を浮かべてメリッサを睨む。
そんな二人の様子に気付いた様子も無く、奈穂は目を輝かせる。
「え、ケーキですか!? 僕、ケーキ大好きなんです!」
奈穂がそう言えば、メリッサは優しい笑みを浮かべる。
「それは良かった。楽しみにしていたまえ」
「はい! ……あ、でも」
「ん、どうしたんだい?」
「定期報告会に行ったとして、聖龍祭に間に合いますかね?」
奈穂の疑問に、メリッサではなくガウルが答える。
「大丈夫じゃないか? 聖龍祭までまだまだ日は在るし」
「そーそ! 季節が近付いて来たと言っても、まだまだ先だからよ。王都で少し羽伸ばしてこいよ」
「もちろん、土産も期待してるぞ!」
「美味い酒を頼まぁ!!」
美味い酒という単語に、他の冒険者達も反応する。
「お、美味い酒か!? じゃあ、俺のも頼む!」
「俺も俺も!」
「儂のも頼むぞ、ナホ坊!」
こぞって、美味い酒我も求むと手を挙げる冒険者達。しまいには、やれ小遣いだ、やれ路銀だ、やれお土産代だと金を渡してくる冒険者達。
そんな光景を見て、メリッサは苦笑する。
「これは、樽の一つや二つでは足りないな」
「当り前よ。ここの連中がどれだけ飲むと思ってるの?」
どういう身体の構造をしているのか、ここの連中は誰も彼も酒にめっぽう強い奴が多い。全く飲めない奴が引くほど飲むのだ。
「君は飲まないのかい?」
「飲めない。あんな不味いもの、よく飲めるわ」
「ふっ、おこちゃまだな。君、エールを頼む」
給仕の少女にエールを頼み、来たエールを一気に飲み干すメリッサ。
その飲みっぷりに、周囲の男衆はおぉと感嘆の声を上げる。
「ぷはっ……ふっ、おこちゃまにはこの味の良さは分からないな」
挑発するように言うメリッサ。
「ウェイター!! わたしにもエール!!」
その挑発に簡単に乗ったエリルは、給仕にエールを頼む。
そして、やってきたエールを乱暴にひっ掴むと、一気に呷る。
「ぶはっ……クッソ不味い……!! もう一杯!!」
「なら私ももう一杯だ」
エリルがお代わりを頼めば、メリッサもすかさずお代わりを頼む。
二人の視線が交差し、火花を散らす。
二つ来たジョッキをそれぞれ掴み、同時に呷る。
「「もう一杯!!」」
そして、まったく同じタイミングでお代わりを要求する。
急遽始まった飲み比べ大会に、他の者も悪乗りして参加し、酒場は一気に混沌を極めていった。
そんな中、奈穂は急性アルコール中毒って知らないのかなぁと思いながらも、二人の間に割って入るのも怖かったので、黙って見ている事に徹した。