第5話 セカイの母親
俺はカリンの死体を、村の近くで埋葬した。
その様子を、グランは悲しそうに見ていた。
「お前はお参りしねえのか?」
「今は、そんな気分じゃない…」
「……生きてても、カリンは現実に苦しんだと思うぞ。それでも、生きててほしかったってか?」
「俺は…救われてほしかったんだ…でも、カリンの望んだのは結局死で…俺は、これからなにを信じていけばいいんだ…」
「そんなもん、自分で見つけろよ」
俺は投げやりな返答を返してセカイの待つ街道に戻ろうとする。
「待てブラド。一つだけ聞かせろ」
俺は足を止めて、グランの方を見る。
「お前は、なぜ殺す道を選んだ?救いたいという想いはおれと変わらないはずなのに、どうしてここまで違いがあるんだ?」
俺はその質問に、一言で返す。
「生き方の違いだろ。人の価値観は、周りの環境で変わるんだから」
「……そうか」
「もう満足か?なら俺はもう行くぞ」
「ああ、呼び止めて悪かったな…」
俺はカリンの墓から立ち去り、街道に向かう。
しばらく歩いていると、セカイがボーっと突っ立って俺を待っていた。
「よう、待たせたな。それじゃあ行くか」
「ブラド、ちょっと待って」
セカイの制止の声を聞き、俺は止まって彼女の方を見る。
「どうした?トイレか?」
セカイは顔を横にふるふると振る。
「じゃあどうしたんだよ?」
「村の人たちを治療してる時、みんな苦しそうな顔で助けてって言ってたの。人は、どうすれば幸せになれるの?」
「随分難しい質問するな…まあ、やっぱり人それぞれなんだよ。この世界を生きるのが辛いやつには死ぬことが幸せだけど、逆にこの世界が好きなやつには生きることの方が幸せだ。辛いやつの命を断ち切って楽にしてやることが、俺の旅の目的だ」
俺は腰に差した剣を見ながらそう言った。
「そうなんだ。でも、どうやってその人を見極めるの?」
「辛そうにしてるやつは顔を見ればわかるんだよ。俺はあの時、本当に絶望したやつの顔を知ってるからな…」
俺は無意識の内に剣を握り締め、歯を強く食い縛る。
しばらくすると気分が落ち着いてきて、全身から力が抜ける。
「それじゃあカリンも、死んだことは幸せだったの?」
セカイの質問に、俺は空を見上げながら答える。
「あいつが幸せだったのかは本人にしかわからない。だけど俺は、それがカリンにとって最善のことだったと信じてる」
「そっか…」
俺の説明を、セカイは無表情で聞いていた。
やっぱりセカイは、グランと話すときと違って反発がないから話がしやすい。
そんなことを考えていると、セカイが突然頭を抱えて唸り声をあげる。
「う…うう…」
「お、おい…どうした?」
セカイはしばらくすると唸り声をやめ、棒立ち状態になる。
「ブラド…私の声が聞こえますか?」
「セカイ?」
「いいえ、私はセカイではありません。私はセカイの母親のようなものです」
「セカイの母親?そいつがセカイの体乗っ取って何してんだよ?」
「あなたに伝えたいことがあって、この子の体を借りました」
「伝えたいこと?」
「ええ。この世界は今、滅びの危機に瀕しています。あなたには…」
「この世界を救ってくれってか?言っとくが、俺はそんなことするガラじゃないぞ」
俺はセカイの母親の言葉を遮ってそう言った。
するとセカイの母親が首を横に振る。
「いえ、あなたに頼みたいのはこの少女、セカイを正しい道に導いてほしいのです」
「セカイを導け?一体何言ってんだ?もうちょっとわかるように…」
俺が尋ねようとすると、セカイの手のひらから一点の光が放たれ、それが俺の中に入ってきた。
「今、何をした?」
「それはいずれわかります。世界が滅びる時がくれば…ですが…」
「世界が滅びる?お前、本当に一体何者なんだよ?」
「私の話はここまでです。それではブラド、あなたが私のもとにやって来ることを待っていますよ」
セカイの母親は俺の質問を無視してそんなことを言い出す。
「おい!ちょっと待てよ!」
セカイの母親が瞳を閉じると、ふらついて前に倒れそうになる。
俺は急いで彼女のもとに駆け寄り、体を受け止める。
セカイはスースーと息を漏らしている。どうやら眠っているようだ。
俺はセカイを木陰に運び、横にする。
それにしてもあいつは一体何者なんだ?
セカイの母親とか、こいつを導けとか、訳のわからないことをベラベラと喋りやがって…
まあいい、俺はいつも通りにするだけだ。
世界がどうなろうとどうでもいい。そんなのは正義感の溢れるやつがやればいい。
「んん…」
「目が覚めたか」
セカイは目を覚ますとゆっくりと起き上がり、目を擦りながら辺りを見渡す。
「あれ?私、いつの間に寝てたの?」
「覚えてないのか?」
「何が?」
どうやら母親に体を乗っ取られた時のことは覚えてないようだな。
「なんでもないさ。それより体の方は大丈夫か?」
「体?別になんともないけど…」
「そうか。じゃあさっさと出発するぞ。グランのせいで無駄に時間を使っちまったからな」
「わかった」
俺たちは立ち上がり、道なりに沿って進んでいく。