第3話 謎の女性
グランとカリンは近くの森に入り、食料を集めに行っていた。
俺とセカイは二人の野営地の近くにいる。
「セカイ。お前、好きな食いもんあるか?」
「別に。食べられればなんでもいい」
「そうですか」
まあリンゴ食って味のことだけ言ってたやつに、好みがあるとは思えねえけどな。
セカイはなんでもいいみたいだし、それじゃあ晩飯は野菜スープにするか。
俺は袋から小さな鍋を取り出し、その中に水と野菜を入れて、焚き火で暖めている鉄板の上に置いて煮込むのを待つ。
その間に、セカイは俺に尋ねた。
「ブラドはどうすべきだと思ってるの?カリンのこと」
「あん?んなもんさっきから言ってんだろ?殺すのが一番楽で確実に救われる方法なんだよ。死を望むやつは、生きる理由がなかったり失ったやつばかりだからな。そんなやつらが、この世界で生きるってのは、辛いんだよ…」
「それが、ブラドの考えなんだね」
「そうだ」
鍋をボーッと見ているセカイに、俺は聞き返した。
「お前はどう思ってんだ?あの子のこと」
「別に。あの子のことは、あの子が何とかするべきだと思う」
「冷てえのな」
「私は、私の考えを言っただけ」
俺たちが話していると、グランとカリンは森から戻ってきた。
「よし!今日はなかなかいいものが採れたぞ!」
そう言って、グランは袋に詰めた山菜を全部出す。
「これを焼いて食うと美味いんだぞ!カリン。今食わせてやるから待ってろ」
これ、どう見てもグランが勝手にはしゃいでるだけだろ。カリンはずっとテンション低いし…
そんなカリンの様子を気にしないとでもいうように、グランは火打ち石で焚き火を燃やし、山菜を串で刺して焼き始める。
カリンは、早く楽にさせてくれと言わんばかりの目で俺を見る。
とは言っても、グランに立場を譲った以上、彼女が口に出してお願いしないと俺は手を出せない。
「ったく…グランのやつ、本当に大丈夫なんだろうな…」
俺はに目で訴えかけるが、グランはそれに気づかずに山菜を見つめている。
……駄目だこいつ、絶対にしくじるぞ。
俺がそう確信すると、セカイが呟いた。
「鍋、沸騰してる」
「えっ?」
鍋を見てみると、スープはめちゃくちゃ沸騰していた。
俺は急いで鉄板から鍋を離し、灰汁とりをする。
飯を食い終え、旅に戻ったグランとカリンを、俺とセカイは追う。
「ねえ、ブラド?あの子、いつまで見守ってるの?」
「グランの気が済むまでだな。まあそれまでにカリンが殺せと言うなら殺すけど」
俺たちの会話を聞いていたグランが振り向く。
「お前はどうして殺したがるんだ?殺しは何も生まないんだぞ。そのことを理解しているのか?」
「少なくともお前よりは理解してるよ。殺したやつの仇って言って襲ってくるやつはたくさんいたよ」
「じゃあなぜ殺しを続ける!?お前が損をするだけじゃないか!」
俺は怒りを抑えながら言った。
「……お前には関係ねえ」
「よく聞けブラド!お前がやっているのはただの自己満足だ!救いと称して殺したいだけじゃないのか!」
「……少し黙ってろ」
俺は殺気を放ち、グランを睨みつける。
グランは後ずさり、前を向き直って歩き出す。
「ブラド、なんだか怒ってるみたいだけど、どうしたの?」
「なんでもないさ。お前が気にすることじゃない」
「わかった」
こいつはグランと違ってあっさり引き下がってくれるからありがたい。まあ心がないからそういう態度なのだろうが。
グランとカリンの様子を見ていると、二人が会話を始める。
「なあカリン。お前、なにかしたいことはあるか?出来ることならなんでも手伝うぞ?」
グランの言葉を聞いたカリンは足を止め、小さな声で呟いた。
「……死にたい」
それを聞いたグランは足を止め、カリンの方を向き、俺たちも足を止める。
「いや、そういうことじゃなくてだな…」
困惑するグランの服を、カリンは両手で掴んで叫ぶ。
「なんなの?どうしてあなたは私の邪魔をするの?お願いだから楽にさせてよ!私を死なせてよ!」
「死ぬとか簡単に言うな!」
グランが怒鳴ると、カリンは体をビクッ!とさせる。
「お前が死ぬことは、誰も望んでないんだ!だからそんなことを口にするんじゃない!」
カリンは俯き、グランから手を離す。
おそらくグランからは見えていないだろうが、カリンは瞳から涙を流していた。
それを見た俺は、グランのやっていることは無駄になると確信した。あいつには、カリンの心を理解することは出来ないだろう。
俺はいつでもカリンを殺せるよう覚悟を決め、再び歩き出す二人をセカイとともに追う。
数日間経ち、グランとカリンは村に入っていき、俺とセカイは近くで野宿をしていた。
夕方に俺は木に寄りかかって眠りにつこうとしたところを、セカイに袖を引っ張られて邪魔された。
「なんだ?今寝ようとしてたんだが…」
「ご飯食べないの?お腹空いたんだけど…」
「……自分で作れば?」
「私、作り方知らない」
マジかよ…わりとそういうの出来るかと思ってたのに出来ねえのかよ…
「ったく…これでも食ってろよ。ほら」
俺は袋から生で食えるものをいくつか取り出し、手渡す。
「ありがと」
セカイはそれを受け取り、口に運ぶ。
俺は再び寝ようとすると、セカイは俺に尋ねた。
「なんでブラドは夕方に寝るの?みんな夜中に寝るのに」
「だからだよ。俺は周りから狙われてるからな。夜中に行動する方が暗いし人はいないしで都合がいいんだよ」
「そうなんだ」
「まあお前は飯食ってろよ。夜中は俺が見張ってるから、夕方は誰か来たら起こしてくれ」
「わかった」
俺はセカイの返事を聞くと、そのまま眠りについた。
しばらくすると、誰かの声が聞こえた。
「ブラド。聞こえますか?ブラド」
真っ黒な空間から現れたのは、緑色の長髪を生やした長身の女性だった。
雰囲気はセカイとは真逆で、しかしどこか面影を感じる顔をしていた。
「あんた、誰?」
「よかった、聞こえているのですね。突然で申し訳ありませんが、あなたにお願いがあります」
女性は名乗らずに話を進める。
「あなたに、この世界を救ってほしいのです!」
「断る」
「……えっ?」
俺の返答がそんなに予想外だったのか、女性はキョトンとした顔でこちらを見ている。
「あの…どうして断るのですか?この件は、あなたにとっても重要なことなのですよ?」
「悪いけど、世界を救うってのは俺の柄じゃないんでね。そういうのは他をあたりな」
「し、しかし!世界を救えるのはあなたをおいて他にいないのです!」
「なんでそう思うんだよ?俺は人殺しだぜ?そんなやつに世界を救えると本気で思ってんのか?」
「思ってます」
即答だった。
「あなたの本質を、数日間見ていました。あなたは人々を救うことを考えて動いてる。それも、他の人たちには出来ない方法で」
「あんた、俺のことストーカーしてたってのか?」
「似たようなものです」
否定しねえのかよ…ていうかいつの間にストーカーされてたんだ?
「では確かに頼みましたよ。世界の命運はあなたの手に握られていると言っていい…よろしく頼みましたよ」
女性はそう言うと、ゆっくりと薄くなっていく。
「お、おい!そんなこと勝手に決めんな!だいたいお前は何者なんだよ!」
女性は微笑し、名乗る。
「私の名はエレイン。いずれまた会えるでしょう。その時まで、頑張ってください…」
その言葉が言い終わると同時に、エレインは姿を消す。
くそ…なんだったんだよ、あいつは。
俺の名前知ってたし、俺のことなんか知ってるみたいだったしで気味が悪いぜ…
まあいい、世界のことなんざ、俺の知ったこっちゃねえ。
そう考えて寝っ転がると、次第に意識が遠のいていった…