愛を与える者の
『うー?』
『ああっ…!なんて愛らしいの…!?』
『当たり前だろう。俺たちの子なのだからな!』
「……………」
目の前で望まぬいちゃつきを見せられる此方の身にもなって頂きたいと思いながら、現在の状況について模索する。
光に照らされ、気がつくとこのような場所に飛ばされていた。
目の前の男と赤子は恐らく我がユキフラ国の人間であろうが。女は肌が褐色であるから、憎き敵国サンドラ国の者であろう。
先程その件でこの者たちを裏切りと敵国の人間として斬り殺そうとしたが、剣が体をすり抜けた。
何度やっても同じことの繰り返し。嫌になってこの場を立ち去ろうとしたが、何故かこの部屋という名の空間から逃れることはできなかった。
そして、今目の前のいちゃいちゃを望まぬのに見る羽目になっている訳なのだが、敵でも裏切り者でも、殺せない上に望まぬラブラブぶりを見せられ、こちらの精神的損害は大きい。辛い。やめてほしい。目を瞑っても、耳からラブラブぶりが伝わってくるし、耳塞いでも聞こえてくる。
ここから逃れなれない。そして、あの時の状況から察するに、恐らくこれは記憶なのだろう。あの赤子の。先程斬った男の。
しかし、何故それを見る破目になるのか理由が分からない。理由が分からないので対処の仕様がなく、頭を痛めながらこの記憶を見なければならないのだ。全くもって煩わしい。
『この子の名は何にしましょう?』
『それは、もう決まっている。
我が子ながら最高の相手に名付け親になってもらったものだ…』
わくわくしながら待ち続ける女に男はきっぱりとこう言い放った。
『レヴァンだ。太古の昔、この国を襲った災いから守った英雄の得物から取った名だそうだ…』
『英雄の得物…?
英雄伝説なら知っているけど…』
『武器の名など俺も知らなかった。恐らく英雄の名に埋もれ、忘れ去られてしまったのだろう。
だが、それがなくては英雄伝説は存在しなかった。
我が友であるベルデューク様はその得物から名を下さったのだ…』
「…ベルデューク?」
それはサンドラ国の先王の名ではなかったか。
勝手に死んで、後を継いだ王がそれを我が国の責任と進軍を開始した。この戦争における全ての原因と言っても良い。
そして、それを肯定するかのように女が目を見開いた。
『ベルデューク様が…!?
王様が、この子に名を下さったの!?』
『ああ。俺も凄い方と友になれたものだ…』
男はうんうんと頷きながらそれを肯定する。
女は暫し呆然としながらレヴァン、レヴァンと繰り返し呟き。女を覗く赤子の視線に気付き『レヴァン?』と語りかける。
『レヴァン?あなたの名前はレヴァンよ~?』
『あーい』
『キャ────ッ!
可愛い過ぎよぉ────っ!!』
『ああ…。天使が二人見える…』
「頼むからのろけは私が見えない所でやってくれ!」
周りに漂う幸せ雰囲気にイライラしながらそう叫ばずにはいられない。別に羨ましいなどとは思っていない。憎いだけだ。なんで敵のいちゃつきを見なければならない。拷問だ。これは間違えなく拷問だ。あの男が残した両親のいちゃつきという名の拷問だ。
『あ…う…』
『ああ、レヴァン。ごめんなさいね。もうおねんねの時間ね』
『そうか。寝るのを邪魔したら悪いな』
そのような言い合いを聞いていると、急に景色が霞だした。
『さあ、良い子ね~』
赤子の耳が胸に当たるように抱き直しつつ、目を閉じ、静かに揺らす。赤子に子守唄を聴かせるのかと思ったがそうではないのか、と思ったら。
ドックン…ドックン…ドックン…
繰り返し、何かの音が聞こえてきた。何処からか分からない。理解、出来ない。しかし私はこの音を、何処かで聞いたことがある気がする。
ドックン…ドックン…ドックン…
赤子の耳にあるのは女の胸。それは、丁度、女の心の臓の辺り。
ドックン…ドックン…ドックン…
目の前が更に霞む。これは幼い赤子の恐らくは一番安心できる律動。
愛を与える者の心の臓の音。
ドックン…ドックン…ドックン…
先程穿った男の心の臓も、このような音を鳴らしていたのだろうか?
年齢は目の前の夫婦とさほど変わらないあの男にも、愛する者がいたのだろうかと。らしくもない事を考えながら。
私は霞む世界に身を委ねた。