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纏狼のノア  作者: 槻白倫
序章
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第5話 紹介

 ノアは、一度間引きを切り上げると、早々に集合場所へと向かった。その際、仕留めた獲物を回収することも忘れない。


 集合場所で時間まで待つと、メンバーがまばらに帰ってくる。帰ってきて早々、皆はアレイを見て何があったと怪訝な顔をするが、ノアの説明を聞くとがははと快活に笑い、こいつはとんだ大物を捕まえたなと冗談交じりに肩を叩く。


 そんな仲間に、ノアはからかわないでよとしかめ面をしながらも、口角はくいっと上に上がっておりそのやり取りを楽しんでいるのは明白であった。


 盲目のアレイにも、ノアの声には嫌悪感を感じ取れず、ノアが嫌がっていないことは理解できた。


 最後にカイルたちが帰ってくると、カイルも最初は怪訝な顔をしたが、周囲の者の顔を見て大体を察したのか、苦笑気味にノアの頭をガシガシと撫でつけた。


「こりゃあ、大物捕まえたな」


 そして、皆と全く同じことを言うとにかりと男臭く笑うのだった。





 村に帰っても大体反応は変わらなかった。


 仲間は、声高らかに「ノア坊が人捕まえてきたぞ~」と宣伝している。その声につられて様子を見に来た村人が「さすがノアちゃん!」「よ、村一番!」「こりゃあ将来大物になるか?!」などとはやし立ててくる。


 ノアはこの調子になれているので、笑顔でそれに応える。


 しかし、アレイはこのような調子になれていないのではと思い、ちらりとアレイをうかがい見る。


「いやあ、そうなんですよ! そりゃあもう鮮やかに捕まっちゃいましてね。まあでも? 全快だったら俺の方が強いですけど!」


「ばっきゃろう! うちの村の英雄ゼムナスの弟だぞ? あんちゃんじゃあかないっこねえって!」


「な、なにおう! 俺だって、剣を握れば右に出るものはいないと言われるほどの剣豪なんすよ?」


「ほうほう! そりゃさぞかし名のある剣豪なんだろうな。んで、名前は?」


「アレイ!」


「「「全然聞いたことないな!」」」


「こんちくしょうが!!」


 ノアの心配はどうやら杞憂だったようで、アレイはアレイで楽しそうに村人とじゃれあっている。


「ふ、ふん! まあいいさ! どうせ時代が俺に追いついていないだけだし! 来るべき時が来れば、皆俺のことを見返すさ!」


「アレイ、なんだか剣の旅に出るって言って家を出ていくどら息子みたいなこと言ってるな」


「そんな具体的に喩えないでくんない?! でも、そう言われると確かにそれっぽいって納得しちゃう自分が悔しい!」


 むきーと言いながらどこから取り出したのかハンカチを咥えこむ。


 ノアはアレイのその行動に、呆れたように息を吐くとポーチをあさる。


「アレイ、お腹がぺこぺこなら何かあげるから、ハンカチなんて食べちゃダメだ」


「ちげえから!! 腹減ってるわけじゃねぇから!!」


「? じゃあなんでハンカチなんて咥えてるんだ?」


「くっ! 通じないならばいい!」


 悔しそうに歯噛みしながらハンカチをしまうアレイに、ノアは小首をかしげる。


 くそう。カルチャーショック……と呟いているが、ノアには何のことかはわからない。


「ノア! アレイ! 夕飯になったら呼ぶからよ、それまで待ってろよ!」


「うん。分かった」


「了解っす!」


 ノアもカイルも家の前に着いたので別れることに。


 今日は獲物が大量であったのだが、獲物の捌きは他の人に任せたのだ。


「アレイ、こっち」


「おう」


 アレイを手招きし、ノアは自身の家に招待する。しかし、戸を開けてアレイを待っていてもアレイは家に入ってこない。どうしたのかと思い、戸口から外を覗き込むと、アレイは村をのんきに眺めていた。


 家から出てアレイの隣に並び立ち、アレイと同じように村を眺めてみる。なにか物珍しいものがあるのかと思って眺めてみたが、これと言って目を引くようなものは無かった。


 そもそも、こんな辺境の村に人の目を引くような特別なものがあるはずもなかった。


「なにしてんの?」


 なにも特別なことの無い光景なのにそれを眺め続けているアレイに、ノアは訊ねる。


「ん? ああ、いや。村の音を聞いてた」


「音?」


「そ、音。俺は眺めることはできないからな。だから音を聞くんだ」


「ふぅん……」


 確かに、目の見えないアレイに村の景観を眺めることはできない。


 アレイは、相手と話すとき、ちゃんと相手の目を見て話すのだ。そのため、目が見えていないことを失念してしまう。


「しかしまあ、いいな」


「ん? 何が?」


「この村さ。皆温かい」


「アレイ、むやみに人にペタペタ触るのはやめておけ。誤解されるぞ」


 半歩下がり気味にそう言うノア。


「ちげえよ! 体温とかそう言うのじゃねえよ!」


「ふふっ。冗談だよ」


「……そうだったよ、お前はそう言うやつだったよ…………可愛い顔したド天然のくせに、ちょろっと冗談言うようなやつだったよ……はぁ」


 なにやらぶつぶつと文句のような事実確認のような言葉をこぼしているが、ノアは全く気にせずに話を続ける。


「それで、温かいって?」


「……ああ。皆雰囲気があったけぇなぁってよ」


 そう言うとアレイは目を細める。


 その目は、もう光を写し取ることはできないと言うのに、今目の前にある風景が眩しくて仕方がないと言ったようであった。


「俺はさ、目が見えない代わりに耳が鍛えられてるんだよ。だから、目に見えないものがよく見えるんだ」


「見えないのに見えるの?」


「ああ。温かい時には温かい色が、冷たい時には冷たい色が見えるんだ。つっても、実際に見えてるわけじゃないけどな。なんだろうな、頭の中に浮かび上がるっていうか……う~ん」


 話しているうちにどう表現したらいいのかわからなくなったのか、アレイは顎に手を添えてうんうん唸りながら考える。


「とにかく、人の温かさや冷たさを人一倍感じ取ることができるわけよ!」


 うまい言葉が見つからなかったのか、結論を述べるアレイ。


「皆、どういう顔して言ってるのかは分からないけど、言葉一つ一つに感じるんだ。皆の温かさを……」


 そう言われ、ノアは皆の顔を見る。


 皆、その顔を笑顔で飾っていた。


「皆、笑顔だよ」


 ノアの言葉を聞くと、アレイはニカリと笑う。


「そっか。皆裏表がなくていいじゃねぇか!」


 裏表がない。皆が表しか見せていない。つまり、その笑顔は本物だと言うことだろう。その言葉も本物だと言うことなのだろう。


 盲目のアレイだからこそ見えるものがある。見ている世界も違う。そんなアレイの言った言葉は、ノアの心に素直に入っていった。


 へんてこで、ふざけた雰囲気だけど、なんだか信頼のできる人物であると、ノアは思っている。理由は分からないけれど、そう思っているのだ。


「天邪鬼はお前だけだな」


「え?」


 突然訳の分からないことを言いだしたアレイ。


「甘えたいなら、カイルさんに甘えてもいいじゃねぇの?」


「……何言ってんのさ」


 何の事だか分からないと言ったふうに、ノアはそっぽを向く。


「違うよ。甘えたいだなんて、そんなことは思ってない」


「ま、違うんならいいけどよ」


「違うよ。全然違う。見当外れもいいところ。アレイの目は節穴」


「まあ、実際見えてねぇしな」


「……言った俺が言うのもなんだけど、その返しは笑えない」


「言ってて俺も反応しずれぇなぁとは思ったよ。悪かった」


「別に。俺もごめん」


 少しだけ、気まずい空気が二人の間に流れる。


 と、その時、カレンの家の戸が開く。


「ノア、何してるの?」


 戸からこちらを覗き見るようにして出てきたのはカレンだ。どうやら、窓から二人の様子が見えて出てきたらしい。


 そんなカレンにノアが言葉を返す間も無く、アレイが反応する。


「おおっと! 声の可愛い女の子登場!! 声だけで俺にはわかる!! 君は美少女であると!! 俺はアレイ! 君の名は?」


「えっと、カレン、です」


 急にハイテンションになり自己紹介を始めるアレイに、カレンは驚きながらも自己紹介をする。


「カレン! さぞその名に似合った可憐な容姿に違いない! ああ、この時ばかりは光を写さない我が目が忌まわしい!」


「は、はぁ……」


 さながら詩人のようにカレンを褒めたたえるアレイに、カレンは困惑したように返すと助けを求めるようにノアを見る。


「ノア、この人……」


「ごめんね。色々可哀想なやつなんだ」


「お前の言い方だと別の意味も含まれてるように聞こえるんだが?!」


「なるほど」


「カレンちゃんも納得しないで!」


 カレンに納得され、悲痛な声を上げるアレイ。


「事実、お前は可哀想なやつだ。腹ペコで倒れるわ、金もないし、名のある剣豪とか言っておきながら誰も知らない。まったく、なんて可哀想なんだお前は……」


 最初はからかい半分で言っていたのだが、段々と本当に哀れになったのか、目に憐憫の色を載せるノア。


「そんな憐みの目で見るのやめてくれませんかねぇ!? 見えてないけど分かるんですけど!?」


「大丈夫だ。仕事を手伝えばお金ももらえるし食いっぱぐれることもない。剣の腕もこの村から徐々に轟かせていけばいいさ」


「ねえ、マジでやめて!? 大丈夫だから! 俺お前が思ってるほど不憫でもなんでもねぇから!」


「まあ、とりあえず中入ろう。エリカも来る? お茶くらい出すよ」


 ノアはお茶を買えるほど裕福ではないが、ゼムナスからよくお茶が送られてくるのだ。一度、王都のゼムナスの家にてお茶を飲ませてもらい、美味しいと言ったのを覚えていたのか、時々送ってくれるのだ。


「おい話を聞け!」


 しかし、そのようなことはアレイにとって今は関係なく、今はノアの認識に物申す方が先決であった。


「ええ、お邪魔するわ」


「エリカちゃんも聞いて!」


 最初の詩人のような芝居臭い態度はどこへやら。慌ててノアの残念なやつと言う認定を覆そうと声を荒げるが、逆に生暖かい視線で見られ迎撃される。


 しかして、ノアはアレイを可哀想だと思ってはいない。アレイは、憐憫を感じさせるほど雰囲気に暗さはないし、無理をして明るく振る舞っているわけでもない。


 今を受け入れ、その上でその様に振る舞えている彼を、可哀想だと思うことこそ失礼である。


 アレイも、ノアがそう思っているだろうことは声を聞けばわかる。視力を失ってからは、耳がよく聞こえるようになった。


 それは、遠くの物音が聞こえたり、些細な音が聞こえたりするだけではない。その音に、特に声に乗った感情を読み取れるようになったのだ。


 そんな彼だからこそ、ノアが思っていることも分かる。


 声に感情を載せずに、さりとてそれを悟られずに嘘をつくことができる者もいる。しかし、ノアは違うと分かる。


 逆にノアは、声に感情が乗りやすい。


 本人はうまく隠しているつもりだろうが、アレイにはバレバレであった。そしてそれは、ノアに近しいカレンにも、おそらくバレている。


 しかし、カレンはあえてそれに触れないでいる。であれば、今日あったばかりのアレイが口を出すことでもないだろう。


 ノアは天邪鬼だ。


 カイルと話している時、「甘えたい」と言う感情はうかがえなかった。しかし、「甘えてはいけない」と言う感情はうかがえたのだ。


 甘えてはいけないという思いは、自分が甘えたいと思っていることの裏返しだ。


 普通にストレートな思いを載せず、遠回しに思いを載せているところからノアの天邪鬼具合がうかがえると言うものだ。


(ったく……素直じゃねぇなぁ、ホントによぉ……)


 ノアとじゃれ合いながらもそんなことを考えるアレイ。


 ただ、そんな中、ふざけ合う時だけだとしても本心で話してくれているのが嬉しかった。そのことに、思わず口角が上がる。


(こんな所も相変わらずだな……)


 そんなことを思いながらも、アレイはノアとのじゃれ合いを楽しむのであった。


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