第12話 心配事
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オーグルを討伐して数日が経った。三人は旅の食料やその他の必需品を買い揃えると、惜しまれながらも街を後にした。
このままこの街に居て欲しいと言われもしたけれど、それではノアが旅に出た意味が無い。それに、レイジにも向かうべき場所がある。この街に留まり続けることは出来ないのだ。
「んで、ノアさんよ。このまま目的地に直行で良いのか?」
街を発って少しした頃、レイジが周囲の景色を物珍し気に見ながらノアに訊ねる。
「うん。ここからは街に寄らないで野宿だけする感じかな」
「何日くらいで着くんだ?」
「十日くらいかな?」
「んげぇ、結構かかるじゃねぇか……」
「しょうがないわよ、徒歩なんだから」
馬車で行くのならもっと早く着くことができるのだが、お金に余裕の無いノア達からしたら少しでも節約をしたいところなのだ。乗り合い馬車で行くことも考えたけれど、そもそもそんなに急ぐ旅でも無い。気ままにお金を貯めながらの貧乏旅でもいいだろうという結論に至ったのだ。
「それに、レージも考える時間が欲しいんじゃなかったの?」
「痛いところを突くなぁ……」
カレンの言葉に、レイジはうっと呻く。
「ま、そう考えると、徒歩の旅も良いか……」
「そうよ。貧乏旅も良いものよ。それに、急ぐ旅でもないのだしね」
「そう、だな……」
「あら? レージは急ぐ旅だった?」
歯切れの悪い返事をするレイジに、カレンが少し申し訳なさそうに言葉を返す。
「いや、大丈夫だ。急いだ方が良いのか、そうじゃないのかも分からないからな」
「そう。それなら良かったわ。何かあったら先に言ってね? ワタシたち三人で旅をするんだから、三人の事情を考慮しなきゃいけないんだから」
「了解しました、上官殿」
「うむ、よろしい」
レイジがビシッと敬礼をすると、カレンが得意げに胸を張って答える。
そんな二人を見て、ノアがくすくすと笑う。
そんな、明るい雰囲気の中三人の旅は続く。
時に盗賊に襲われ、時に魔物に襲われたりと旅にはつきものの危険があったけれど、ノアは纏鎧士、レイジは聖剣使いだ。十把一絡げの相手になどに遅れを取ったりはしない。
食料が足りなそうだったら近くの森の山菜を採り、肉が食べたくなったら森で狩りをした。
狩りをするときは魔纏狼もクラウ・ソラスも使わずに、ノアの知識の技だけで狩りをした。なんでも魔鎧や聖剣に頼ってしまうと自身で磨いた技を腐らせることになってしまうから。
レイジもノアから狩りの技や知識を伝授してもらいながら食糧調達を手伝った。
街を出てから九日目の夜。翌日には迷宮都市に着くと分かると、ノアは楽しみだというオーラを出しながらそわそわし始めていた。
「いよいよ明日到着だな!」
「分かってるよ。何回目だよそのセリフ」
「そんなにそわそわしてると、今から疲れちゃうわよ?」
「大丈夫! いつもより身体が軽いくらいだから!」
キラキラとした目で言うノアに、二人は呆れてため息を吐く。
「遠足前の小学生か……」
「えんそく?」
「しょうがくせい?」
レイジが発した聞き慣れない言葉に、二人は小首を傾げる。
「あー、こっちの話だ。気にすんな」
そういや通じないんだったと手を振りながら呟くレイジ。その表情は少しだけ寂しげであった。
それをレージも自覚していたのか、誤魔化すように別の話題を振る。
「そいや、ノアは迷宮都市に何しに行くんだ?」
違和感のある話題転換に二人とも気付いているけれど、レイジが話したくない話題だと分かっているので、二人はその話題に乗っかることにした。
「迷宮に潜って戦う」
「……」
「……」
「……え、それだけ?」
「え、それだけだよ?」
迷宮に潜って戦うの後に何か他の目的が続くと思っていたレイジだけれど、続きが無いと知ると痛みもしない頭を抑える。
「え、待って。迷宮制覇とか、迷宮でとれる古代武具が狙いとかじゃなくて?」
「うん」
「可愛い冒険者とお近づきになりたいとかでも無く?」
「うん」
「それはワタシが阻止する」
カレンがハイライトを消した本気の目で言うが、レイジはあえてスルーする。
「金等級級冒険者になりたいと言うわけでも無く?」
「うん」
「あわよくば爵位を得て美人の嫁さんを侍らせたいとかでも無く?」
「うん」
「それはワタシが全力で阻止する」
先ほどより本気度のうかがえる言葉をカレンが挟んでくるが、今回もスルーする。
「目標も、野望も無く、迷宮に入ると?」
「戦うことが目的だから、他は別にどうでもいいかな」
「……お前に男としての野望は無いのか……」
眩暈がするようなノアの言葉に、レイジは呆れた声を漏らす。
「野望と言うか、最終的な目的はあるけど」
「おお! どんな目的だ?」
「本気を出した兄さんに勝つ」
ノアに軽い気持ちで訊いたレイジは、ノアの思いもよらないほど強い瞳で放たれたその言葉に、思わず軽薄な雰囲気を消し去る。
これはノアにとっては何物にも代えられない目的で、誰になにも言われても成し得たい目的なのだと分かったから。
「俺、本気を出した兄さんに一度も勝ったことないんだ。そもそも、兄さんが本気を出していたのかすら怪しい」
ノアは兄であるゼムナスに戦い方の手ほどきを受けていた。その際、実戦形式で戦ったこともある。けれど、ゼムナスが纏鎧士になり王都に召喚されるまでの間、ついぞ勝つことはできなかった。それどころか、ノアが全力で戦っているのに対して、ゼムナスは息切れ一つせずに勝ち越したのだ。
その話をノアから聞いたレイジは、頬が引きつるのを自覚した。
「いや、お前の兄貴強すぎだろ……」
「うん、兄さんは強いんだ」
そこに妬みや嫉み、僻みは無いけれど、喜びと同時に悔しさも滲ませている。ゼムナスが強いことは誇らしいけれど、勝てないことが悔しいのだ。
「纏鎧士ってのはどんだけ化け物じみてんだ……」
「俺もその纏鎧士なんだけど?」
「ノアはまだ発展途上だろ。俺でも勝てる確率は高い」
確率が高いだけで、必ず勝てるわけでは無い。けれど、何回か戦えば一度は勝てる。実戦ではその何回を試すことなどできないけれど、たまたまその一度勝てる戦いになってしまうこともある。
そして、ノアもレイジと自分の実力がそう遠いものではないことを分かっているから、レイジの言葉にぐぅと唸ってしまう。
けれど、ノアもレイジも弱いわけでは無い。ただ、ゼムナスが別格なのだ。
それに、レイジも言う通り、ノアはまだ発展途上だ。当たり前の話だが、年上でノアよりも長い年月戦ってきたゼムナスにノアが子供の時分で勝てるわけがないのだ。
「ともかく、それがお前の最終目標って訳か」
「うん。他は二の次かな」
「なるほどなぁ……けど、少しくらい可愛いことお近づきになりたいとかあるだろ?」
「うーん……別に、今はカレンがいるからいいかな」
「ぶふっ!?」
ノアのどストレートな言葉に、隣で呑気にお茶を飲んでいたカレンが盛大に吹き出す。
「うわっ! どうしたのカレン?」
元凶であるノアは不思議そうな顔でカレンを見る。
「ノ、ノアが、びっくりさせるから……!」
器官に入ってしまったのか、けほけほと咽るカレン。
そんなカレンの背中を優しく擦るノア。
「大丈夫?」
「ええ、もうよくなっげほっわ」
(そんなわけあるか)
ノアが背中を擦りながらそんなことを言うものだから、嬉しくなったカレンはきりっとした顔をして答えるけれど、途中で咽てしまう。
レイジは声に出さずにツッコミを入れる。声に出してしまえばカレンに睨まれるし、二人の邪魔をするのも野暮と言うものだ。ここは空気に徹するのだ。
「そ、それで、ノア。さっきの言葉の真意は?」
「え? さっきのって?」
「だ、だから……ワタシがいるから、他の有象無象の娘はどうでもいいって話よ……」
(言ってない。誰も有象無象とまでは言ってない。むしろ可愛い子って限定してる)
頬を赤くしながら言うカレンに、レイジが心の中でツッコミを入れる。
「ああ、それか。だって、可愛い子はカレンが居るから別に合わなくてもいいかなって。それだけだよ?」
「そ、そうなのね……来た、来たわ! ノアが段々デレてきたわ! 今まで鈍感だったけど、段々とデレてきたわ! 村でもワタシの気持ちには気付いてるって言っていたし、これはもうゴールは近いわ!」
ノアの言葉を聞くと、カレンは勢いよくそっぽを向くと怖いくらいに早口にぶつぶつと呟き始めた。
そっぽを向いたカレンにノアは頭に疑問符を浮かべながら小首を傾げる。
そんな二人を見ていたレイジは、引きつった笑みを浮かべる。
(ノア、絶対カレンちゃんのこと恋愛対象に視てないな……)
そう、カレンの想いに気付いているからと言って、その想いにノアの想いが沿うと言うわけでは無いのだ。
そもそも、ノアは勘違いをしている。ノアは、カレンが自分のことを家族として想ってくれていると思っている。カレン一家と一線を引いていたノアは、カレンが自分を家族として扱いたいと思っていたと解釈しているのだ。
その想いも勿論間違いでは無い。カレンはノアが自分たちに一線を引いていることを分かっていた。だから、その一線を踏み越えてほしいと思っていたのも事実だ。
けれど、違う。本当にノアに伝わって欲しい想いは、そっちでは無いのだ。
それを、二人の様子を見ていたレイジは敏感に察した。この旅の間に二人の村のことも聞いたし、二人の関係も聞いた。だからこそ、カレンが不憫でならない。
そして、その想いに気付いてもらえないうえに、その想いを二の次にされている事実に気付いていないことだ。
(こりゃあ、先が長そうだなぁ……)
突っ走り微ヤンデレガールと、鈍感バトルジャンキー。どっちも猪突猛進なのは良いのだけれど、向かう方向が全く別ときたものだ。
(ま、見てる分には面白いな)
そんな他人事のように考えながら、レイジは二人の様子を見守ることにした。
夜が明け、三人は早朝から迷宮都市へと歩を向けていた。
もう少しで迷宮都市とあって、ノアのテンションはかなり上がっている。足取りも軽く、歩調もいつもより早い。
「おーい、早く歩きすぎだぞー。もうちょっと歩調を合わせろよ」
「あ、ごめん」
レイジに注意され、ノアは歩調を二人と合わせる。
浮かれていたノアにレイジが注意するような口調で言う。
「それとノア、お前あまり自分が纏鎧士だって口外するなよ?」
「え、なんで?」
「やっぱり分かってなかったか……」
きょとんとした顔で答えるノアに、レイジは溜息を吐く。
「纏鎧士ってのは珍しいんだろ? それに、国で抱えるほどの戦力だ。そんで、ノアは国にも仕えてない野良纏鎧士だ」
「野良って……」
「言い方はどうでもいいんだよ。つまり、誰がお前を抱き込もうとするか分からないってことだ。それに、俺たちが纏鎧士と聖剣使いだってばれたとき、街で結構な騒ぎになっただろ? 混乱を招きかねないし、外を出歩くのにも面倒なことになる」
「確かに……」
まったく考えもしなかったことをレイジに言われ、ノアは納得して頷く。
「とにかく、ばれれば面倒ごとの種になる。くれぐれも、必要に迫られたとき以外には使わないこと。良いな?」
「うん、分かったよ」
レイジの言葉にしっかりと頷くノア。
ノアが考慮もしないことを考えるレイジに、ノアは感心する。
「考えてないようで、しっかり考えてるのね……」
「カレンちゃん、それちょっと酷いっす……」
カレンの思わずと言った言葉に、ズーンと沈み込みながら言う。
「ふふっ、ごめんなさい」
くすくすと笑いながら謝るカレン。レイジも本当にへこんでいたわけでは無く、場を和ませるポーズだけなので気にしない。
そんなレイジに、ノアは真剣な目で言う。
「でもレージ。俺は、俺が戦わなきゃって思ったら、全力で戦うよ」
「そりゃあ好きにしろ。お前が決めたことに俺は野暮な口出しはしねぇよ。まぁ、馬鹿やるようなら止めるけどな」
「うん、その時はよろしく」
「おうよ。ま、そんなに心配はしてねぇけどな」
ノアが馬鹿をやるような性格ではないことを、レイジは身をもって知っている。街では突っ走りそうになったレイジを止めたし、子供たちを助ける時は継戦では無く撤退をした。ノアが冷静な判断を出来ることをレイジは理解しているのだ。
「あっ、あれ外壁じゃない?」
カレンが前方を指差して言う。
カレンが指差す方を見れば、都市を囲む大きな外壁が見え始めてきていた。




