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纏狼のノア  作者: 槻白倫
第1章 迷宮都市編
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第11話 オーグル討伐4

ブックマーク、評価ありがとうございます。

大変はげみになっています。

 匂いを辿ってレイジの元に向かえば、クラウ・ソラスを杖がわりに荒い息を整えているレイジがいた。


『レイジ、終わったの?』


 一応周囲の警戒をしながらレイジに訊ねる。レイジが周囲を気にしながらもこうして休んでいるのだ。オークの掃討は済んでいるのだろうけれど、戦場では何があるか分からない。


「あぁ、終わった。もう、本当に疲れた……」


 ノアが来たことで気が緩んだのか、その場に座り込むレイジ。ノアも一旦魔纏狼を解除する。


「お疲れ様」


「おう、お疲れ。そっちは、って……訊くまでもねぇか」


 ここに来たということは、もうオーグルは倒せたということなのだろうことは察しがつく。


「うん。なんとか倒せたよ」


 ノアもレイジにならってその場に座り込む。無論、周囲の警戒を怠ってはいない。


「流石に、疲れたな……」


「うん。魔力の残りも心もとないし、なにより……」


 そう言ったところで、二人のお腹からぐぅ~っと腹の虫が主張をした。


 二人は顔を見合わせると、ぷっと噴き出して笑う。


 ひとしきり笑ったあと、レイジは軽く息を吐いて言う。


「腹減ったな。さっさと帰って、カレンちゃんの作ったシチューでも食おうぜ!」


「そうだね。早く帰ろう」


 二人は立ち上がると、森を出るために歩き出した。


 歩きながら二人は話す。


「んで、オーグルはどうだったよ?」


「強かったよ。魔纏狼が無かったら、まず確実にやられてた。それに、魔纏狼があっても、ちょっと苦戦したしね」


「どんだけだっつうの、オーグルってぇのはよ」


 ノアの身体能力や戦闘力の全てを知っているわけでは無いけれど、魔鎧が規格外に強力で、ノアが対人戦闘に置いてレイジよりも上であることは知っていた。


 そんなノアが苦戦を強いられたというのだから、オーグルの実力は相当と言えるだろう。


「けど、俺も魔纏狼の力を十分発揮できたみたいじゃないわけだ」


「あん? どういうことだよ?」


「実は――――」


 ノアはレイジに魔纏狼と会話をしたことを話した。


 帰りの道すがら話すようなことではないけれど、ノアの村であった出来事もかいつまんで話した。


 レイジは真剣な面持ちでノアの話を聞いた。


 聞きおわると、レイジは薄く微笑みながら言った。


「お前、良い人に出会えたんだな」


「うん。アレイは、俺の初めてできた相棒だよ」


「それもそうなんだが、それだけじゃない。村の皆、良い人ばかりじゃねぇか。お前のこと、ちゃんと思ってくれてるみたいだしな」


「……うん。皆、良い人だよ」


 レイジの言葉に照れたように頬を染めながらも、素直に頷く。


「それに、そのアレイって人も良い人だわ。誰かのためにそこまでできる人なんて中々いねぇよ」


「そうだね」


「正直、尊敬するわ。大切な誰かのために命を懸けて戦う人っていうのはさ。まあ、それで死んじまったら元も子もねぇから、その人に死んでほしいって訳じゃねぇけどよ。その心意気がすげぇよ」


「レージ、やけにべた褒めだね?」


「まーな。個人的に想う事もあるんだわ、これでも」


「ふーん……」


 そう言ったレイジの顔を気付かれない程度に覗き込んでみれば、その目は何か特殊な感情を宿しており、その感情を知らないノアには、今のレイジの心を推し量ることはできなかった。


 その後、他愛の無いことを話しながら帰路を行く。


 歩き続ければやがて森を抜け、周囲の警戒を少し緩めて良いくらいの状況になった。


 周囲の警戒を少し緩めれば、途端に疲れが体中に広がっていったように感じた。元々疲れていたのだろうけれど、緊張状態から解き放たれた身体が正常に疲労を認識し始めたのだ。


「なんか、どっと疲れが押し寄せてきた……」


「踏ん張れノア……後少しで街だ……」


「りょーかい……」


 途端に疲れた顔をする二人は、鉛を纏ったように重い脚を引きずって歩く。


「なあノア。魔纏狼で一っ跳びに帰らねぇ?」


「それ、レージが楽したいだけだよね? 絶対やだ」


「ケチ」


「ぐーたら」


「ちび」


「聖剣使い」


「それ悪口じゃねぇよな? ただの事実だよな?」


 疲れたと言いながらも、そんなくだらないことをつらつらと話続ける二人。


 ずっと役も無いことを言いながら、疲れで鉛のように思い脚を引きずってようやく街が見えるところまでたどり着いた。


「おぉ、ノア。もうすぐだぞ」


「本当だ。なんか、行きより長く感じた」


「そりゃ、疲れた身体で歩けばそうなるわね」


「確かに……」


 もうすぐ街だと言うのにまだつらつらと話を続ける二人。


そんな二人を見つけた門の前にいた兵士が何やらせわしなく動き出し、若干ではあるけれど喧噪も聞こえ始めてきた。


「なあノア、なんか聞こえない?」


「聞こえる」


「なんて言ってるか聞こえるか?」


「多分……」


 そう言って、ノアは耳を澄ます。魔纏狼を使い始めてから五感が鋭くなってきたノアは、少し意識すれば遠くの音を難なく聞き取れるようになったのだ。


 目を閉じながら歩き、門の向こうから聞こえてくる喧騒を聞き取るノア。


「『おお、聖剣使い様が帰ってきたぞ!』『本当に良かったわ。これで安心ね……』『聖剣使い様万歳!』『ねぇ、よく見れば聖剣使い様って良い男じゃない?』『分かる! 異国風な顔立ちだけれど、そこがまた良いのよね!』……だって」


「なんで俺への言葉だけしか言わないんだよ。お前はなんて言われてんだよ?」


「多くは語りたくないけど……主に、可愛いとか、小さいのにとか……」


「ぶはははははははははははははっ!」


「笑うと思ったから言いたくなかったんだよ!」


 疲れているにも関わらず腹を抱えて笑うレイジに、ノアが顔を真っ赤にして抗議の声を上げる。


「ははっ、わ、悪かったって。そんなむくれんなよ」


 ノアの頭を乱暴に撫でまわしながら、未だ笑いが収まっていない様子のレイジにノアは更にむくれてしまう。


 そんなノアを見て、レイジはいじける弟を見る兄のような目をすると言った。


「まあ、なんにせよ皆がお前を認めてくれたってことさ。胸を張れよ、英雄様」


「レージも英雄様だし」


「おお、だから、俺も胸を張る。それだけのことを、俺たちはしたんだぜ? と言っても、俺がやったのは露払いだけどな」


「……その露払いが無かったら、俺はもっと苦戦してたよ。レージが胸張れって言ったのに、ここで謙遜しないでよ」


 ノアに言われ、レイジは面食らった顔をする。しかし、その顔も直ぐに満面の笑みになる。


「そーだな。俺が悪うございました」


「分かればよろしい」


 レイジの言葉に、ノアが偉そうにふんぞり返りながら言う。


 一瞬の間を置いて、二人は堪えきれないと言ったように噴き出し、笑い声を上げる。


 疲れているからか、小さなことでもすぐに笑ってしまう心境の二人は、もはや箸が転がっても笑うだろう。


 そんなふうに歩いていると、二人はようやく門の前までたどり着いた。


「お二方、ご無事で何よりです!」


「皆、お二人の無事のご帰還を心待ちにしておりました!」


 二人の前にやってきた二人の門番がしゃちほこばった態度で声をかけてくる。その二人の態度の仰々しさに、二人は思わず苦笑を浮かべてしまう。


「ただいまです。それで、中に入れちゃくれませんかね? もう休みたくて休みたくて」


「はっ! それでは……開門ッ!!」


 門番の言葉に、重厚な門がゆっくりと開かれる。


 そして、開かれた先の光景を見て、二人は絶句する。


「纏鎧士様―! ありがとうございますー!」


「聖剣使い様―! ありがとー!」


「あんちゃんたち、ありがとうよー!」


「お兄ちゃんたち、ありがとうー!」


 門の向こうには大勢の住人が犇めき、口々に二人に感謝の言葉を口にした。


 ノアは元々門の向こうに人がいることは知っていたけれど、これほどまでに大歓迎されるとは思っていなかったのだ。


「おいおい、なんだこのお祭り騒ぎは……!」


「え、いや、なんだろうね……」


 確かに二人は相応の苦労をしてオーグル達を倒したけれど、オーグルの危険度は魔物の中でも群を抜いて高いわけでは無い。中堅どころで上位に食い込む、と言ったところだ。


 その説明をこの街の長にも聞いている。だから、こんなにお祭り騒ぎをするほどの敵でも無いのだ。


 それなのに、こんな騒ぎになっていて思わず唖然としてしまう。


「この街には、オーグルを単騎で倒せるような猛者はいません」


 唖然としている二人に、先ほどの門番の二人が近づいてきて声をかける。


「それに、お恥ずかしながら、オークとも単騎での戦闘はできません。基本三人で一体を相手取ります。そんな相手が群れを成し、それに加えてオーグルも一緒となれば私たちでは到底太刀打ちできません。甚大な被害が出たことは確実です」


「ですので、この街の住人にとっては危機的状況でした。そんなときにお二人が颯爽と現れ、二日でその危機を終わらせたとなれば、英雄級の扱いをされても仕方ありませんよ」


「ということで、諦めて皆の感謝の言葉を聞いてあげてください」


 門番の二人がニッと茶目っ気のある笑みを浮かべて言う。先ほどまでのしゃちほこばった態度はどこへやら、だ。


 しかして、二人の説明のおかげでこの状況に説明がついた。


 なるほど、確かにそう言った理由であれば二人がこれほど歓迎されるのも頷けるといったものだ。


 二人はお互い顔を見合せると困ったように笑う。


「これも、手助けした者の義務、なのかね?」


「どうだろう? こういうのが煩わしくて逃げちゃう人も良そうだけどね」


「まあ、称えられるのが苦手なやつってのも往々にしているわな。んで、お前はどっちなんだ?」


「少なくとも、人の感謝の気持ちを無下にするようなやつじゃないつもりだよ? レージは……って、訊くまでも無いよね? 聖剣使い様?」


「今だけはその立場に甘んじてやるよ。お前も付き合えよ? 纏鎧士様?」


「元々そのつもりだって」


「ならよかった」


 そう言って二人はにっと笑い合うと、一歩を踏み出す。


 住民に感謝の言葉を一身に浴びせられながら歩いた。


ここからが、二人(・・)の物語の始発である。


 ここからが、二人の苦難の始発である。


 ここからが、二人の友情の始発である。


 そして、ここからが、狂った因果を終極へと導く始発である。


 幾年(いくとせ)も前に始まった狂った因果の終極への物語である。


 終極を望む始まりの因果となった者も、因果を狂わせた一族の者も、その因果を更に狂わそうとする者も、全てを終極へと導く始まりである。





 しかして、その終極もまた先の話。今の二人には知るよしもないことである。


 今、取り立てて気にしなくてはいけないことは知るよしもない未来では無く、決めているこの先の約束である。


 二人は、住民の祝福の声を聞きながら、たまに食事に誘われ、たまに宿に誘われ、たまになぜか腕相撲に誘われ、踊ろう歌おうえんやこらと宴会に誘われるも、その全てを丁重に断った。途中でノアが一旦引き返して手に入れたオーグルの頭を村長に渡したりもしたけれど、寄り道と言えばそれくらいだ。


ただ唯一、美麗な女性に一夜を誘われたとき、レイジはその鼻の穴を大きく膨らませて期待をしたけれど、ノアが情け容赦なくレイジを引きずって断った。顔が赤かったから、単にノアが恥ずかしくて先に行きたかっただけと言うのもあるけれど、約束を優先しようと言う気持ちが大きく勝っていたのもまた事実だ。


 ノアに引きずられずに、自分の足で歩き始めたころにはお祭り騒ぎの集団から抜け出した二人。


 向かう先は言うまでも無い。


 二人は質素な宿屋の扉を開けると、大切な一言を放つ。


「「ただいま」」


「お帰り、二人とも」


 二人の「ただいま」に打てば響くように帰ってくる「お帰り」という言葉。


 その言葉の主であるカレンは満面の笑みを浮かべて二人を迎えた。


 宿屋の厨房からそう返事をしてきたカレンの手には底の深い皿とお玉が握られており、そのお玉からは白い湯気が立ち上っていた。


 二人はその湯気の正体に気付くと、ふっと頬を緩めて言う。


「腹減った」


「お腹ペコペコだよ」


「と言うわけで――」


「「カレン(ちゃん)、ご飯!!」」


 まるで母親にご飯をせがむ子供のような言い方に、一瞬ぽかんとした表情をしたカレンであるが、直ぐに頬を緩めた。


「はいはい。それじゃあ椅子に座って。丁度今できたところだから」


「よっしゃあ! 飯だ飯だ! 女の子の手料理だ! 山ほど食うぞ!」


「山ほどは渡さないよ! 半分こだ!」


「はいはい、二人とも喧嘩しないで。シチューもあるけどそれ以外にもあるから」


 カレンは苦笑交じりにそう言い、二人の前にご飯を置いて行く。


 しかし、置いて行くのはシチューだけでは無く、ステーキやサラダ、パンに酢の物などなど。多種多様な料理が置いて行かれる。


「「??」」


 いったいどういうことだと首を傾げる二人に、カレンがふふっと微笑みながら言う。


「ご主人が二人に料理を振る舞いたいって」


 カレンがそう言って、手を向けて示した先には、いかにも職人気質(かたぎ)といった風体の男が立っていた。その横ではその男の奥さんなのだろう、中々に美人な女性が立っている。


「街を救った英雄が祝杯を呑んだ宿屋となりゃあ、ちったぁ箔が付くってもんだ。遠慮せず食ってくれ」


「ふふっ、この人こう言ってるけど、本当はただ感謝を示したいだけなのよ?」


 宿屋の主人の奥さんがそう言えば、照れたようにそっぽを向く主人。


「さあ、たんとお食べ。戦った後はいっぱい食べないと、ね?」


 そう言ってウィンク一つする奥さん。清楚な見た目に反して中々に茶目っ気のある人のようだ。


 普通なら、そんな彼女のギャップにやられて頬の一つでも赤らめてしまいそうだけれど、今の二人には色気よりも食い気である。


「そう言うことなら!


「遠慮なく!」


「「いただきます!!」」


 二人はそう言うと、無我夢中にご飯にがっついた。


 その様子を三人は微笑まし気に見守った。


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