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纏狼のノア  作者: 槻白倫
第1章 迷宮都市編
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第8話 オーグル討伐1

 慌ただしくも無事に一夜を超えた翌日。三人は、街の広場に来ていた。


「さてノア。一晩明けたわけだが?」


「必要最低限の物を揃えたら出発しようと思う」


 あまり悠長にはしていられない。一晩は待ったが、それ以上は待っていられない。異常事態にはできるだけ早く対処した方が良い。先に延ばせば延ばすほど良くないことになりかねない。


「んじゃあとっとと買い物して行くか」


「うん」


 三人は広場や商店通りを回って必要なものを集める。傷薬に薬草、携帯食料に匂い消しなどなど。必要になりそうなものを選別して買っていく。


 薬草などはカレンが値切ってくれたので少しだけ安く済んだ。カレンはカイルと時折街まで出かけており、その際にカイルの値切り交渉を見て学んでいたのだ。


 薬草の状態が通常より少しだけ悪いところを見破り、そこを突破口にして値切っていった。そのため、他のものにお金を使えたので、カレン様様(さまさま)である。


 昼を迎える前に全ての準備が整い、後は森に向かうだけとなった。


「それじゃあ二人とも、気を付けてね」


 街の外に出るための門の前でカレンは二人を見送る。


 不安で不安で仕方がないけれど、この感覚はこれからも味わっていくものだ。慣れていかなければいけない。


 カレンは不安を押し殺した笑顔で二人を見送る。カレンは不安を隠しきれているつもりなんのだろうけれど、ノアが幼馴染のカレンが不安に思っていることを理解できていない分けが無く、レイジは他人の感情の機微に敏いので当然気付く。そも、カレンがノアに懸想しているのを理解しているので、気付かないわけがない。


「あー、ノア。帰ってきたら、温かい飯が食いてぇよな?」


「そうだね。帰ってくるころにはお腹ペコペコだと思うよ」


「だよなぁ! 五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡るほどうめぇ誰かさんの手料理が食いてぇもんだよな?」


「うん。誰かさんの手料理、凄く食べたい」


 誰かさんと言いながらも視線をカレンに向けているので、その誰かさんと言うのは明白である。


 そんなあからさまな二人の言葉に、カレンは自然と笑みを浮かべる。


「分かったわ。宿屋の厨房を借りて美味しいシチューを作ってあげる」


「やりぃ! 美少女の手料理だぜ!」


「カレンのシチュー大好きだから、楽しみにしてるね」


 レイジはおちゃらけながら、ノアは純粋に楽しみにしていると言葉にする。対照的な二人であるけれど、心底からカレンの手料理を喜んでくれているのは確かである。


「ちゃんと作って待ってるから、二人ともちゃんと帰って来てね? じゃないと、ワタシ一人でシチュー食べちゃうから!」


「そいつは是が非でも戻ってこねぇとな。ちゃんと戻ってくるからとっといてくれよ?」


「味見って言って全部食べちゃダメだよ?」


「そんなに食い意地張ってないわよ! て言うか、一人じゃ食べきらないんだから、ちゃんと帰って来てよ? いい?」


 念を押すように言うカレン。そんなカレンに、二人は一度顔を見合わせると自信満々の笑みを浮かべてぐっと親指を立てる。


「「任せとけ!!」」


 二人の息ぴったりの返答に、カレンは満足げに頷いた。





 カレンに見送られて二人は森に向かう。


 今回、オークとオーグルを討伐するにあたって、戦闘をするのはノアとレイジの二人だけだ。一応、広場を回るときに街の長に了承を得ている。


 勝手な行動はしない方が良いと思って(おさ)に訊ねてみたのだけれど、あっさりと承諾を貰うどころか、むしろこちらから頼みたいと逆にお願いをされてしまった。


 二人としてはありがたいことだけれど、レイジは街の面子を守るために何人かは寄越してくるだろうと考えていたので、少々拍子抜けではある。


「お二人のような手練れに我が街の平和に浸かりきった兵士が役に立つとは思いませぬ。どうか、お二人で討伐の方をお願いしたい。もちろん、その分の報酬ははずませていただきます」


 そう言って、長からお願いされたのだ。


 長は街の面子よりも確実性を優先したのだ。この街は、貴族の統治する街の一つで、長は貴族によって選ばれるか、もしくは派遣される。貴族が直接統治する街は、実はそんなに多くない。国土が広大なため、貴族だけでは統治がままならないのだ。


 そのため、貴族は自身の統治下にある地域の街には、自身の信用が置ける者を長として配置するか、現地で有能な者を長にするかのどちらかなのだ。


 今回、この街の長は貴族から送られてきた長である。にもかかわらず、街の面子よりも確実性を重視したのだ。


オークやオーグルを討伐したならば長は評価されることだろう。けれど、長は自分の評価よりも確実に街の皆を守れる選択をしたのだ。私欲では無く長としての立場としての選択だ。


 またとないチャンスのはずなのに私欲を優先しなかった長に、レイジは敬意を表している。


 ノアは二人の方がやりやすいし確実だから今回は都合良かったな、くらいにしか思っていない。まだまだ治世とは程遠いノアである。


 ともあれ、今回直接戦闘を行うのは二人だけだ。他の戦力は万が一の時のために街の防衛のために残っている。


「そういやあノア、森に行くのは構わねぇんだけどよ。お前、敵の正確な居場所とか分かるのか?」


「大体は分かるよ。魔纏狼を使うようになってから、鼻がきくようになってきたんだ」


 とんとんと形の良い鼻を指で叩きながら言うノア。


「そりゃあ便利なこって。じゃあ居場所を突き止めるのは問題無いとしてだ。相手はどうする? 昨日と同じで良いか?」


「そうだね。俺が速攻でオークの群れを殲滅してレージに加勢するっていうのも考えたんだけど、オーグルの魔法を全部回避するのはレージじゃ無理だと思うんだ」


「うぐっ……ストレートに言いやがんなぁこんちくしょう。けど、確かにそうだわな。クラウ・ソラスは火力があるけど、俺自身に泥魔法(あれ)を捌く技量も避けきる速度もねぇ。火力勝負になりゃあ勝てるけど、相手の魔力量が未知数な状況じゃあ持久戦に持ち込むのは得策じゃねぇ。先にこっちの魔力が尽きたらアウトだしな」


「うん。だから、昨日と同じで行こうと思う。俺の魔纏狼なら被弾覚悟で突っ込んでも大したダメージは無いからね」


 昨日のように全弾捌ききることもできなくはないけれど、それだとやはり持久戦になってしまう。あまり魔纏狼の使用時間が長くないノアは短期決戦で終わらせたいのだ。


「それに、どちらにしろ、俺が速攻で倒せばレージの加勢に行けるしね」


「抜かせ。オークの十や二十ちょちょいのちょいよ。お前がオーグルを倒し終わる前には倒しちまってるっつうの」


「いーや、俺の方が早いね。何せ相手は一体だけだから。魔装波動(マギウェイブ)一発で片が付くよ」


「そっちは強敵だろ? こっちは有象無象だ。焦らずゆっくり倒してきな。―ー――なにその技かっこよさそう、後で教えて」


「オークも馬鹿には出来ないみたいだよ? オーグルよりかは弱くとも、いかんせん数が多いからね。それに、聖剣は全身を守れないでしょ? 俺の魔纏狼は乱戦もいけるから、どちらにしろ俺の方が早く片が付くよ。――――いいよ、今度教えてあげる」


「ばっか、言葉の裏を読めよ。お前が俺を気にして焦ってへましないようにゆっくりして来いって言ってんだろうが。俺も自分のペースで戦うからよ。こっちは気にせず、確実に倒して来い。――――よし、約束だかんな? 後でちゃんと教えてくれよ?」


 ノアがレイジを気にかけているように、レイジもまたノアのことを気にかけてくれていたのだと知り、ノアは自然と頬が緩むのを感じた。


「どちらも了解。焦らずゆっくり、確実に倒すよ」


「おう。期待してるぜ、相棒」


 そう言って、レイジは拳をノアに向けてくる。


「うん。俺の方こそ、期待してるよ、相棒」


 レイジの拳に、自身の拳を軽くぶつける。


 その時、ふとカレンの言った言葉を思い出す。


『ノアが隣にいて欲しいって思えるような相棒(ひと)がきっと現れるわよ』


『でも、すぐ出てくるかもよ? 例えば、空から落ちてきたリ』


 カレンの言ったその言葉は間違いでは無かったのだろうと、今更ながらに思う。


 レイジと居ても気を遣わない。緊張もしないし、よそよそしくもならない。初対面の時だって普通に話せたし、今では何年も一緒に連れ添った友人のような気安さで話ができる。


 出会ってまだ二日も経っていないのに、もう何年も一緒にいたような感覚だ。


 隣に居て不自然でもないし、一緒に戦おうって時に不安にもならない。そんな不思議な安心感がレイジにはあった。


(レージが相棒か……)


 アレイが死んで、相棒はしばらく出来ないんじゃないかって思ってた。アレイとも気が合ったし、一緒に旅をしようと約束をした。けれど、アレイは死んでしまった。その死を今も引きずっていないと言えば嘘になる。


 けど、アレイの死を引きずっている今も、レイジが隣にいて不快感は無いし、むしろ隣に居て頼もしいくらいだ。


(うん、悪くないな)


 レイジが相棒だったら嬉しい。


(これが終わったら、誘ってみよう)


 レイジは目的地がある。けれど、しばらくとは言わず、ずっと一緒に旅をしたいと思った。





 道中で会話をしながら歩くことおよそ三十分程。二人はとうとう森の入り口までたどり着いていた。


 昨日は魔纏狼を使って全速力で走ったので十分もかからなかった道のりも、体力を温存しながらゆっくり歩けばそれなりにかかる。けれど、男の歩幅なうえに、二人はゆっくり歩いてもそれなりに速度が出てしまう。そのため、通常よりはそれなりに早く着いたのだ。


「若干だけど、魔力を感じるな……」


 昨日は慌てていて気付かなかったけれど、森のそこら中から魔力を感じる。焦っていたとはいえ普通にしていても感じ取れる魔力を感じ取れなかったと思うと、へこむところがある。


 焦っていても魔力の感知は怠らないように心がけようと思いつつ、二人は決戦前に気合いを入れなおす。


「レージ、準備は良い?」


「とーぜん。お前の方こそ、心の準備は?」


「平気。もうやる気満々だから」


 言いながら、二人は準備運動とばかりに肩を回したり屈伸運動をしたりする。


 ひとしきり準備運動を済ませると、二人は同時に長い息を吐く。


 昨日は気が急いていて緊張感や恐怖は無かったけれど、いざ目前に立つと緊張感や恐怖が押し寄せてくる。


 ノアは村の森以外では戦ったことは無いし、レイジに関して言えばそもそも実戦経験があまり多くは無い。緊張するなという方が無理な話だ。


 緊張はする。けれど、襲い掛かる恐怖は思いのほか小さかった。


 その理由は考えるべくも無く、お互いの存在があるからである。


 頼れる相棒がいるのだ。怖さだって激減すると言うものだ。


「よしっ! そんじゃあ行くか!」


「うん!」


 二人は覚悟を決めて歩き出す。


 森に入れば、直ぐに薄暗くなり不気味な雰囲気が漂っていた。


 この森には背の高い木が多く、真昼間だと言うのに森の中は薄暗く、陰鬱な雰囲気が漂っているのだ。


 しかし、聞いたところによれば、この森には食用のキノコや山菜、薬草の類などが群生しているらしい。そのため、森に入る住民は多いそうだ。


「それにしても、昼間だってのに薄暗いとか、気味が悪ぃな……」


「これでも薬草とかが群生してるらしいよ。ほら、レージの足元にあるのも薬草だし」


「え? これが?」


「そうそう。村の近くにあった森にも生えてたから分かるんだ。他のはちょっと自信が無いけど。あ、でも、山菜とかは憶えてるよ! ほら、これ食べられる!」


 そう言って、ノアは近くにあった草を摘む。


「……俺にはただの草にしか見えないんだけど」


「食べられるんだよ? 湯がいて塩をちょっとかけるだけで美味しいんだ」


「へ~。なんだか和食じみてるな……」


「わしょく?」


「ああ、俺の故郷の料理の種類のことを言うんだ。和食洋食中華にイタリアン。色々あんだぜ?」


「へー。レージの故郷ってなんか面白いね。俺の村じゃあ茹でるか焼くか、後は煮るかくらいしかなかったからね」


「食材に香り付けとかしないだろ?」


「なにそれ? そんなことするの?」


「おう。フランベって言うのが結構有名だな。確か……調理の最後にお酒を入れて、一気にアルコールを抜いて香り付けをするっていう方法だっけかな?」


 フライパンから火が出てるのは憶えてるんだけどなと付け加えるレイジ。


「そんな方法があるんだね……料理って奥深い」


 基本的に食べられればそれでいいと思っているノアではあるけれど、エレンの作った料理は大好きだし、カレンの作った料理も大好きだ。


「ねえ、そのふらんべっていうのは難しいの?」


「プロがやるような調理法だからなぁ……素人がやるのは難しいんじゃないか?」


「そうなんだ」


「それに、フランベする前にも、ちゃんと調理をしなくちゃいけないわけだしな。そこにも、料理人の腕が光るような調理法が……」


 それまで饒舌に喋っていたレイジが即座に抜刀し、物陰から振り下ろされた古ぼけた剣を受け止める。


 ノアは魔纏狼を使わずに、背後に迫っていたオークの腹に拳をねじ込み、魔装波動で一撃で吹き飛ばす。


「一撃かよ! 相変わらず強ぇえ……なっと!!」


 一撃で仕留めたノアに賞賛の言葉を送りながらも、相手の剣を巧みに滑らせて、相手の体勢が崩れたところを一刀にして切り捨てるレイジ。


「普通にぺちゃくちゃ喋ってれば来るとは思ってたけど、こうも早いとはなぁ」


「それだけ数が多いのか、それとも巡回中だったのか、だね」


 二人は何も無警戒に世間話をしていたわけでは無い。ただ捜し歩くのも効率が悪いので山菜を取りに来た一般人のように呑気に会話をしてみたのだ。


 釣れればいいなと思っての行動であったが、まさか最初から引っかかるとは思っていなかった。


 効率が良いと喜ぶべきなのか、数が多いのかもしれないと危惧するべきなのかは判断がつかないけれど、とりあえず、この森にはまだオークがいることは分かった。


「まずはこの調子でオークを釣っていこうか」


「そうだな。ひとまず、森ん中練り歩くか」


「一応、一番魔力の濃いところに向かって歩いて行こうか」


「まあ、そこにオーグルがいる可能性が一番高いからな。厄介なやつは早めに倒しておきたいしな」


 向かう方向を決めながら二人は森を無造作に見えるように歩きだした。


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