第7話 作戦と駆け引き
とてつもなくお久しぶりです。
ぼちぼち更新再開します。感想、ブックマーク、評価などもらえたら嬉しいです。
一旦場所を宿にを移して、ノアとレイジはカレンに説明と言う名の言い訳をしていた。と言っても、現状報告をした後に直ぐに説明しに行かなくて悪かったと平謝りをしただけなのだけれど。
カレンは不機嫌そうに二人の謝罪を聞いていたけれど、それがポーズであることは長年の付き合いであるノアは分かっている。レイジは全然分かっていないのでひたすらに謝っているけれど。
「まったく。心配かけたんだから、直ぐに顔を見せに来なさいよね」
「面目ない」
「ごめん」
カレンのこぼした言葉に、二人は素直に謝る。
確かに、なにも言わずに送り出してくれた。けれど、それは心配をしていないと言うわけでは無いのだ。
「……まあ、無事に帰って来てくれたから、今回は許してあげる」
そう言うと、組んでいた腕を解いてはぁと力を抜くように息を吐き出した。
「それで? 次はどうするの? ……って、訊くまでも無いでしょうけどね」
「うん。もう一度、戦いに行くつもり」
「さっきは撤退するしかなかったけど、次はそうはいかねぇ!」
気合十分に二人は答える。
「……負けて悔しいから、て言うわけじゃないわよね?」
「それもある。けど、やっぱりほっとけないだろ?」
「それに、ここまで首突っ込んじまったんだ。ここで逃げるなんて選択肢、ありゃあしねぇよ」
確かに、負けて悔しいと言う思いもある。自分たちの勝利条件が子供二人の保護だったとはいえ、敵を倒せなかったのは自分たちの実力不足がなしたことだ。二人はしっかりと負けているのだ。
だから、悔しいと言う思いはもちろんある。だからこそリベンジをするのも否定はしない。けれど、決してそれだけが理由ではないのだ。
あの森には、通常では出現しないはずのオークや、その上位種であるオーグルが現れている。それが、良くないことの前兆のようで居ても立っても居られないのだ。
力ある者の義務とまでは言わないけれど、それでも、自分たちで何かができるのであればどうにか手助けをしたいのだ。
手を貸すことが必ずしも良いこととは限らないけれど、危険にさらされている人を見捨てられない。それに、今回のことに限って言うならば、この街の戦力でどうこうなる問題では無いのもまた事実だ。
常時であればほど近い街の兵士を借り受けたりして対応したりもするのだろうけれど、今回はイレギュラーな事態だ。時間的猶予があるのか分からない。
ノアにもレイジにも、街の人々にも計りかねる事態だからこそ、手を貸そうと思ったのだ。
それを、戦いに疎いカレンも何となくは理解している。二人の心情を加味すれば、見捨てることもできないことは良く分かっている。
だから、二人の決定に異議を唱える気はない。むしろ、カレンも見捨てられないと思っている。しかし、その思いのために二人を危険にさらすなど言語道断であるとも思っている。だから、カレンから助けてほしいとは思っていても言わなかった。
そんな心情もあって、二人の返答を聞いてほっと胸を撫で下ろす。もちろん表には出さない。
「分かったわ。けど、無茶だけはしないでね?」
「分かってるよ。無茶だけはしない」
「おう! 助けたくて戦った俺たちが死ぬわけにはいかないからな。それこそ本末転倒ってやつだし」
「そう、だね……」
レイジの言葉に、ノアの顔が曇る。カレンもその表情に陰りを見せた。
そんな二人の表情の変化に気付いたレイジは一瞬きょとんとした顔をしたものの、直ぐに真面目な表情になる。
「悪い。俺、無神経なこと言ったか?」
「ううん。大丈夫だよ。確かに、本末転倒だよね」
言いながら、アレイのことを思い出すノア。
確かに、アレイはノア達を助けるために戦って死んだ。その事実は村の皆の心に痛みとして深く刻まれた。それは、助けた方で、助けられた方でもあるノアにも言えることだ。
だからこそノアは死にたくはない。死んでしまえば守られた方も傷つく。それに、もう守ることさえできなくなる。
レイジの言うことは真実で、ノアが絶対に守らなくてはいけないことだ。誰も傷つけないためにも、守らなくてはいけない。
「死なないようにしないとね。死んだら、カレンが怒るから」
「当たり前でしょ。ノアが死んだらワタシも死ぬんだからね? あなたに寂しい思いはさせないわ」
「カレンちゃん、軽くヤンデレ入ってるなぁ……」
カレンの若干危ない発言に、レイジが呆れたように漏らす。
二人がいつもの調子で話すから先ほどの暗い雰囲気は霧散したけれど、迂闊な発言は避けようと決めるレイジ。何か事情があったことは明白だし、その事情を聞けたのならその事情を加味した発言を出来るのだけれど、そうでないなら迂闊な発言になる。しばらく一緒にいるのだから気まずくなるような発言はしない方がいい。
「てかカレンちゃん。滅多なことは言わない方が良いぜ?」
「だって、こうやって脅しとかないと、ノアは無理するもの」
「それでも、だ。あんまり死ぬだなんて言ってくれるなよ。お兄さん悲しくなっちまう」
「そうだよカレン。俺は死ぬつもりないし、俺が死んだ後にカレンが死んだら、悲しいよ」
「そら、王子様もこう言ってることだし、な?」
二人の窘めるような声音に、カレンは少しだけムッとする。しかし、レイジの目を見て少しだけ感じたムカムカもすぐに収まる。
レイジは微笑みながら言っている。けれど、その目はまったく笑っていない。むしろ、悲しみを称えていた。
ノアは表情そのまま悲しそうであったけれど、レイジは、なにかを我慢しているような顔であった。
(レージにも、なにかあったのかな?)
自分たちにアレイとの出来事があったように、レイジにも何かがあったのかと考えるカレン。
「……確かに、ちょっと不適切だったかも。ごめん」
「分かってくれりゃあ良いよ。……俺の故郷にな、言霊っていう概念があってな。言葉に力が宿るんだ。どんな言葉でも、力が宿っちまう。だから、言った言葉はその力を持って相手を傷つけるし、時には自分も傷つける。死ぬだなんて言えば、自分を殺そうと力が牙を向く……」
レイジとて言霊を信じているわけでは無い。けれど、気にするくらいにはレイジにも事情がある。
「だから、あまり言ってくれるなよ? それで死んじまったら悲しいじゃんよ」
短い付き合いだけれど、悲しくも真剣な表情をするレイジを始めて見た二人は、声も出せずにただただ頷くことしかできなかった。
頷く二人を見て、レイジは満足げに笑うと二人の頭を少しだけ乱暴に撫でる。
「よしよし! お兄さんと約束な!」
「わわっ! ちょっとレージ! 乱暴!」
「髪の毛乱れるわ!」
二人は文句を言いながらも、レイジの手をどけようとはしない。ゼムナスがよくこうして頭を撫でてくれていたから、少し懐かしく感じるのだ。まあ、ゼムナスはもっと優しい手つきだったけれど。
二人を撫でて満足したのか、レイジは二人の頭から手を放す。
ぼさぼさになった髪の毛をちょいちょいといじって戻しながら、レイジを見る。
「そんじゃあ、話し戻すけどよ。あいつらとはいつ戦うんだ? 今日か? それとも、明日か?」
「今日はもう戦わない。夜の森だとあいつらの方が有利だから。日が完全に昇りきるのを待つよ」
「ま、それが妥当だよな」
「それに、魔纏狼は……と言うか、魔鎧は魔力消費が激しいから、ちょっと疲れた」
「ああ、そりゃそうか」
ノアの疲れが滲んだ顔を見れば、その言葉が嘘でも謙遜でも無いことは分かる。それに、事戦闘に関して言えばノアは自身の身体の状況で嘘をつくようなやつでは無い。不調があれば言うし、まだいけると思えば突っ走る。そう言う男だ。
それに、ノア程ではないけれど、レイジも魔力をかなり消耗してしまっている。聖剣クラウ・ソラスも伊達では無いのだ。
「今日は休む。明日は決戦。以上」
「大雑把ね……もっと深く考えたりしないの? 簡単なものでも作戦とかたてたり」
「無理」
カレンの言葉に、ノアは即座に言い放つ。
「俺あの森の地形知らないし。何より、俺とレージなら作戦無くても勝てる。それは戦ってみた手応えで分かった」
「ああ。護りながらじゃなかったら十分に戦える」
ノアの言葉に、レイジも賛同する。
実際、戦ってみて分かった。一対一でも多対一でもレイジはオークどもに負けたりはしない。ノアも、後ろを気にしなければ、あの程度の泥玉なら魔纏狼の防御力をもってすれば簡単に突破できる。二人とも、伊達に纏鎧士や聖剣使いではないのだ。
しかして、作戦を全く考えていない二人の様子には、少しばかり呆れてしまうカレン。万が一、それが無くても、億が一に備えて何か一つでも策を考えておくべきなのだろうと、素人であるカレンでも思うのだ。
「それでも、少しくらいは考えておいた方が良いんじゃない?」
「大丈夫だ。一応いざと言う時のプランはある」
「へー」
カレンの言葉に、自信満々に返すノア。そんなノアに若干嫌な予感を覚えつつも、とりあえず聞いてみることにする。
「因みに訊くけど、そのプランって言うのは?」
「やばくなったら俺がレージを空にぶん投げる。俺は全力で走って逃げる。完璧な逃走プランだ」
「それ俺は完全に紐無しバンジーだよなぁ!?」
ノアのあんまりな逃走プランに、レイジが悲痛な声を上げる。
「紐無し」
「バンジー?」
しかし、そんな悲痛なレイジの叫びを無視して、二人は疑問に思った単語を反芻する。
しかし、レイジもそんな二人の疑問に答える余裕は無い。
「こっちの話だ。それよりも、その逃走プラン危険すぎないか?! 俺どうやって着地すればいいんだよ!」
「あの炎使って減速し続ければいい」
「無茶言うな! そんな器用に出力調整できるかよ! まだ聖剣手に入れて十日も経って無いんだぞ!?」
「まさかのずぶの素人……だと?」
「それ、ノアにも当てはまるからね?」
思わず戦慄するノアに対して、カレンが冷ややかな視線を向ける。
ノアも魔纏狼の所有者になってまだ数日だ。所有日数で言えばレイジの方が長いだろう。
「お前もずぶの素人じゃねぇか!」
「気持ちじゃ誰にも負けないよ!」
「根性論!」
ふんすと鼻息荒く言い張ったノアに、レイジがツッコミを入れる。いったいなぜこんなに自信満々なのか、レイジには全く理解できない。
「お前、よくそんなんで自信満々になれるよな……」
「大切な相棒が託してくれた力だからね。弱気になってられないよ」
「――! ……そうか。それじゃあ、弱気になんてなってられないわな」
「うん」
二人は顔を見合わせると、にひっと子供みたいに笑う。男の子同士にしか分からない気持ちの通じ合いを見て、カレンは不満そうに頬を膨らませる。けれど、一瞬だけその光景に既視感を覚え、不満などが思考から退去する。
(あれ、二人のこの感じ、どこかで……)
一日しか経っていないのに、もう心が通じているように仲の良い二人。自分はこの光景を、どこかで見ている。この光景自体をでは無い。この光景によく似た光景を、だ。
いったいどこで、そう考えているとノアがカレンの様子に気付いた。
「カレン、どうしたの?」
「え。ああ、うん。なんでもない。ちょっとぼーっとしてただけ」
「疲れちゃったんじゃねぇか? 俺たちが無駄に心配かけたから、心労も重なってるだろうし……」
「あ、そっか。ごめん、カレン。気付かなくて。今日はもう休もうか」
ぼーっとしていた理由は違うけれど、確かに疲れているのは事実だ。初めての旅で緊張しているし、街に付いて早々厄介ごとに首を突っ込む二人を見て気が気じゃなかった。
そう考えれば、確かに疲れているのだろう。疲れを自覚すると、途端に瞼が重く感じた。
「うん、そうしよっか。二人とも、明日は大変だしね」
「それじゃあ、明日に備えて寝ようか」
「おうよ。ふわぁ~~~~っ! 寝ようと思うと、欠伸が出るなぁ……」
レイジが盛大に欠伸をしながら二つあるうちの一つのベッドにもぐりこむ。しかし、その途中でぴたりと動きを止める。
「そういや、ベッド二つしかないな。いいや、二人はベッドで寝ろ。俺はそこら辺で寝るわ」
言うや否や、途中まで潜り込んでいたベッドから降り、クラウ・ソラスを抱きかかえながら壁にもたれ掛かって寝ようとするレイジ。
「ダメよ! レージは明日戦うんでしょ? 最善の体調で挑むべきだわ。ワタシが床で寝るから、ノアとレージはベッドで寝て!」
「いや、女の子を床に寝かせるなんて出来ねぇよ。いいから、カレンちゃんはベッドで寝てろって。俺は平気だからさ」
「ダメよ。それで万が一があったら、ワタシ嫌だもの」
「この程度で万が一が起こるほど柔じゃねぇよ」
「でも」
「いいからいいから」
言いつのろうとするカレンに、レイジが気にするなと笑いながら言う。けれど、カレンも強情でベッドを譲ろうとする。
こうなったのも、この宿には二人部屋か一人部屋しかないせいである。二人部屋と一人部屋の二部屋を借りればいいのだけれど、そんなに多くお金は持っていない。節約の意味もかねて二人部屋を選んだのだが、どう寝るかまでは考えていなかった二人。
譲り合いながらも、譲らない二人。そんな二人を、ノアは不思議そうな顔で見ていた。
「え、二人で一緒に寝るのはダメなの?」
「「え?」」
唐突に言い放ったノアの言葉に、思わず間の抜けた声を上げる二人。
「だから、一緒に寝ればいいじゃん」
「あ、あー……なるほどな……」
ノアの言葉を理解したレイジは、納得の意を示す。
レイジは正確にノアの意図を理解していた。しかし、カレンはと言うと……。
「や、やだノア! 添い寝だなんて……。まだ、こ、心の準備が……!」
と、恋愛脳全開で都合の良いように解釈していた。
しかして、そこはノアクオリティ。カレンの恋愛脳をばっさりと切り捨てて見せた。
「いや、俺とレイジが一緒に寝ればいいじゃんって。俺って結構小柄だから、普通に寝れると思うけど」
「は?」
ノアの放った言葉を聞いた途端、カレンがこめかみに青筋を浮かべる。
「え?」
カレンが不機嫌になったのを察したノア。しかし、何故不機嫌になったのかは分からない。
ノアは、カレンが自分に好意を寄せてくれていることは理解しているけれど、恋の駆け引きや女の子の気持なんかにはめっぽう疎いのだ。
「カレン、どうしたの?」
「……別に」
ノアの問いかけに素っ気なく返すと、あれほど譲っていたベッドにすんなりと入って行くカレン。その光景を見たレイジは、あちゃーと言いながら顔に手を当てて天を仰ぐ。
「え、え?」
まったく理解が及んでいないノアは困惑するばかり。そんなノアの肩に手を置くと、レイジは哀れみの視線をノアに向ける。
「女心、もっと勉強しような?」
「え、えぇ……?」
ノアの得心が行かないと言った声に、レイジはははっと乾いた笑い声を上げるのであった。




