第6話 撤退
泥の玉とオークの集団に挟撃をされている現在。ノアとレイジは消耗戦を強いられていた。
レイジは数の多すぎる敵に対して、後ろの二人を守りつつ戦線を下げないような立ち回りを求められ、ノアは姿の見えない敵からの延々続く泥の玉に苛まれていた。
ノアとレイジの二人だけであればどうとでも対処できた。しかし、二人の後ろには守らなくてはいけない者がいる。だから、好きに動けないし、戦線を下げることもできない。
「――クソッ! ノアッ! このままじゃジリ貧だ! どうする!?」
『分からない!』
「わからないって……まあ、そうだよ、なぁっ!!」
お互い目の前の敵と打ち合いながらも言葉を交わす。多少危険でも、この状況を続けるわけにはいかないのだ。
とは言え、打開策は見つからない。
『魔鎧』もさることながら、レイジの使うクラウ・ソラス――『聖剣』も魔力消費は激しい。
開戦してまだ二十分くらいだが、このまま続ければこちらの魔力が先に尽きてしまう。
そのことが勘定に入っている二人は、自身の戦闘継続時間を予想しながら、この戦闘の終息の仕方を考えていた。
レイジの目の前には二十を超えるオークの集団。
ノアの目の前には、姿の見えぬ敵からの魔法の連弾。
お互い一向に減る気配の無い数の相手に、焦燥を隠せない。
(どうする? 相手を補足することすらできてないぞ……せめて相手の位置が分かれば……)
(防御に回ってばっかで、一体も仕留められてねぇ……!)
ノアには敵の居場所が分からず、レイジには火力が足りていなかった。
ノアが落ち着いて索敵をすれば敵の位置を把握できるが、こうも連弾が続けば落ち着いて索敵する暇もない。魔纏狼を使い始めて日の浅いノアには戦いながら敵の居場所を把握するのは難しい。
遠距離攻撃でもできれば牽制の一つくらいはできるのだろうが、ノアに遠距離攻撃などできない。魔纏狼の力を十全に引き出せればできるのだろうが、今のノアでは無理だ。
レイジは一対一の戦闘は得意だが、一対多の戦闘はしたことがほとんど無い。パーティー戦はいくらでもあるが、今回はお互いがお互いの相手に集中しなくてはならず、パーティーと言うよりも個人の戦闘になっている。
それに、レイジはクラウ・ソラスの力を十全に発揮しきれていない。本来の力を発揮できれば、二十数体など物の数ではないのだが、力を発揮してしまえばこの森ごと燃やしてしまうことになる。
この森には薬草などがあることから、危険ではあるが町の利益にもなっているはずだ。だからこそ、燃やすに燃やせない。
レイジにとって、この森は相性が悪いのだ。
二人とも、経験と相性の悪さから苦戦を強いられている。
打開策も見つからず、ただ継戦するしかない二人。
が、その状況が唐突に崩れ去る。
突如として、泥の玉の連弾が途切れたのだ。
(向こうの魔力切れか!)
果たして、本当にそうなのかどうかは分からないが、動くならば今しかない。
『レージ! 片方抱えて!』
「――ッ! 了解!」
ノアの言葉の意味と真意を理解すると、レイジはすぐさま男の子の方を抱える。
『先に行って! 俺が盾になるから!』
「ああ!」
行きとは違い、帰りはクラウ・ソラスの灯りがある。レイジが先行しても何ら問題は無い。
ノアは後ろからの攻撃をその身に受けることで防御しようと考えていた。
撤退戦では殿が一番危険だが、魔纏狼の防御力をもってすれば、あの泥の玉がいくら直撃しようがどうなることもない。
しかし、レイジや子供たちは別だ。一発当たったところで致命傷にはならないだろうが、それでも動きに支障が出るくらいにはダメージを受ける。それに子供たちであれば、致命傷を負う可能性がある。だからこそ、ノアが全てを迎撃していたのだ。
(ともかく、一度態勢を整えないと……)
二人は、後ろからの追撃に気を配りながら、全速力で走った。
しかし、後ろからの追撃はおろか、追跡すらなかった。
そのことに、少しばかり嫌な予感を覚えつつも、二人は走り続けた。
戦闘地点から十分に距離を取った二人は、子供を地面に降ろすと自分たちも腰を降ろした。
周囲の安全は十分に確認したので、しばらくの間は安全だ。
ノアは魔纏狼を解き、レイジはクラウ・ソラスを鞘に収めた。
「はぁ……はぁ……だあっ! くそ!」
レイジは、悔しさからか地面に拳を打ち付ける。
「レージ、この子たちが怖がるから、落ち着いて」
苛立つレイジに怯えてしまう子供たち。
ノアは、子供たちの頭を優しく撫でながらレイジに落ち着くように言う。子供たちは、不安なのかノアに両側から抱き着く。そんな子供たちに、ノアは苦笑を浮かべながらも、頭を撫でてあげる。
「……わりぃ……」
三人の様子を見て、自分がみっともないことをしてしまった自覚のあるレイジは、素直に謝る。
「……で、どうする?」
「……どうしようか」
レイジの問いかけに、ノアは困ったような声で言う。
「圧倒的に人数が足りない。俺たち二人だけならどうとでもなるけど、この子たちがいるとなると、とれる行動は少なくなる」
「だよなぁ……どう考えても、最低でも一人は足りない……」
二人の計算では、オークの方に一人、謎の泥の玉の方に二人を割く。二人が防御に徹し、一人が遊撃に回ると言う算段だ。
今のままでは防御に徹する他ない。だからこそ、後一人必要なわけなのだが……。
「こんな夜中の森に都合よく人がいるとは思えないしなぁ……」
「そんな酔狂なやつは俺らくらいだろうよ……」
「まあ、そうなんだけどさぁ……」
どう考えても手詰まりである。
先ほども言った通り、二人だけなら何とかなるのだが、二人を置いて行動してしまって、二人になにかあればそれこそ本末転倒である。
現状、今の二人に勝つための算段は無い。
「ごめんなさい……」
二人が思案に耽っていると、唐突に男の子が泣きながらそうこぼす。
「森に入っちゃダメって、知ってたけど……お母さんを、助けたくて……」
「わ、わたしも、ごめんなさい……」
男の子に触発されてか、女の子の方も涙を流しながら謝る。
「いや、謝るのはこっちの方だ。期待させちまって悪かったな……」
謝る二人に、レイジも謝罪を入れる。
「そう言うのはやめようよ、皆」
しかし、ノアは陰鬱な表情をする三人にそう言い放つ。
「謝るのも、お礼を言うのも、全部助かってからにしよう。今はどう生き抜くか、そう生還するかを考え……」
「どうした?」
真面目な顔でそこまで言ったノアにレイジが声をかける。
すると、ノアはすぐさま勝気な笑みを浮かべると自信満々に言い放つ。
「レージ、この戦い勝てるぞ」
「は!? え、どうやって?」
唐突に勝てると言い放ったノアに、レイジが驚きながら訊き返す。
「それはな――――」
○○ ○
結論から言えば、今回の戦いは四人の勝利だ。四人は無事に街にたどり着き、子供たちは無事に親と再会できていた。心配で今まで残っていた人たちも、安堵の表情を浮かべている。
満足げに頷くノアの隣で、レイジが微妙そうな笑顔を浮かべている。
「勝つって、こういうことね……」
「実際、勝っただろ?」
「まあ、そうだけどさ……」
ノアにどや顔で言われて、レイジは釈然としない顔をする。
二人がどうやって勝ったのかは少しばかり考えれば簡単な話だ。
二人は、あの場所から逃げたのだ。
「俺たちはあの子たちを助けに行ったわけであって、あのオークどもを倒しに行ったわけじゃないだろう?」
「確かに、そうなんだがよぉ……」
そう。二人は子供を助けに行ったのだ。であれば、無理な戦闘をする必要は無いのだ。二人が生きて帰りさえすれば、ノアとレイジの当初の目的は完遂されるのだ。
「あの、お二人とも、ありがとうございました!」
「本当に、本当にありがとうございました!」
二人の両親は一通り子供たちの安否を喜ぶと、ノアとレイジのとことまで行き、こちらが恐縮してしまうくらいの感謝の言葉を浴びせてきた。
「まさか、纏鎧士様に助けていただけるなんて……本当に、ありがとうございます」
「いえ、あの、纏鎧士様はやめてください。俺のことはノアって呼んでください」
「それでは、ノア様。本当に、ありがとうございました」
「あの、ですから、様付はちょっと……」
生まれて初めて様をつけられて、照れと恐縮で顔を赤くしていると、レイジがにやけた顔でノアに言う。
「まあまあ、素直に受け取っておけよ、ノア様」
からかってくるレイジに、ノアは若干ムッとした表情をすると、レイジを指差す。
「こいつ、聖剣使いです」
「おおっ! 聖剣使い様でしたか!」
「これは凄い! 街に纏鎧士様と聖剣使い様がいるなんて!」
ノアだけでなく、レイジにまで群がり始める人々。
「ノアてめぇ! 巻き込みやがったな!」
「からかうレージが悪い!」
ノアの言葉にうぐっと言葉を詰まらせるレイジ。
騒がしくも、温かみに包まれた喧噪。そんな騒ぎを、子供たちが放った一言が一瞬にして沈めた。
「そうだ! 森に、森にオークがいたんだ!」
男の子の切迫したその一言が喧噪の合間を突き破り、この場にいた全員の耳朶を貫いた。
「な、なんだって? それは本当なのか!?」
男の子の父親が、動揺を隠しきれないまま男の子の肩を掴んで確認をする。
「本当だよ! 襲われてるとこを纏鎧士様に助けてもらったんだ!」
「な、それは本当ですか!?」
今度は、子供では無くノアとレイジに確認を取る。
「本当です。確かに、オークと戦いました」
「それと、良く分からない相手とも。泥の玉を無数に打ち出してくるやつで、姿は見えなかったけどな……」
「な、なんてことだ……」
二人がそう言えば、男の子の父親だけでなく、周りの人も血の気の引いた顔をする。
「それは、恐らくオーグルですね……」
「オーグル?」
「ええ。オークの近似種で、オークと違い魔法を使う厄介なやつです……」
「それに、オークよりも賢くて、図体もデカい……」
「よりによって、なんでそんなやつらがあの森に……」
「え、ちょっと待ってくれ。それじゃあ、あの森には本来、オークやオーグルはいないってことか?」
「ええ、その通りです。あそこに亜人種の魔物はいません……」
「こりゃぁ、どういうことだ……?」
本来森に居ないオーグルとオーク。しかし、二人は敵対しているので、存在しているのは確実。
「そ、そうだ! それで、お二人はオークたちを倒したのですか?」
一人が、期待を込めた顔で二人に訊く。
確かに、森にオークがいたとしか言っていない。であれば、二人が倒したという可能性もあるわけだ。
一人の男の言葉に、周囲の者全員の顔に期待の色が宿る。
「残念だけど、倒してない。今回は、そこの二人を助けるだけで精一杯だった」
「そう……ですか……」
ノアの応えに、皆が肩を落とす。
「皆、今回は子供たちが助かっただけ良かったじゃないか! オークのことはまた明日から対策を練ろう!」
一人の中年の男がそう言えば、皆もそうだな、その通りだと落ちた雰囲気を立て直すかのように明るく振る舞う。が、その声と顔は精彩にかけており、不安が胸の内に大きく残っているのは明らかであった。
そんな皆を見ながら、レイジはノアに言う。
「で、ノアはどうすんだ?」
「……レージ、分かってて訊いてるだろ?」
「まあな。んじゃあ、言ってやれよ。纏鎧士様」
「今回は譲ってあげるよ、聖剣使い様?」
お互いが厭味ったらしくそう言う。けれど、その顔には笑みが浮かんでおり、ただのじゃれあいであることを知らしめている。
「まあ、今回はお前が言えや。そっちの方が説得力あるだろ。なにせ、聖剣よりも魔鎧の方が強いんだからな」
レイジのいうことには一理ある。
この世界では、聖剣使いよりも、纏鎧士の方が強い上に知名度も人気度も高い。だからこそ、纏鎧士であるノアが言った方が説得力があるのだ。
「はいはいちゅうも~く! 纏鎧士、魔纏狼使いのノア様……なげぇなこりゃあ……」
注目を集めたレイジ、だが、纏鎧士、魔纏狼使いのノア様と言ったところで、その呼称が長いことを気にする。
少しの思案の末、レイジはニッと笑うと再び声を張り上げる。
「はいはい注目だ! 今から『纏狼のノア』様からありがた~いお言葉が聞けるぜー! 皆、心して聞くように!」
「レージ! 変な風に注目を集めるな! て言うかなんだよ、『纏狼のノア』って!」
「え? お前の二つ名だよ。かっこいいだろ?」
「かっこ……良いけど! そうじゃなくて!」
『纏狼のノア』という二つ名を気に入ったが、皆の前で言われると恥ずかしいのか、少しだけ顔を赤くしながらも講義をするノア。
その姿を、年上の女性陣は可愛いと微笑ましく見守り、男性陣からは初々しい冒険者だと生暖かく見守られる。
そんな視線に気づいたのか、ノアはレイジに噛みつくのを止めて、おほんと一つ咳ばらいをする。
「えっと……俺たちの最初の目的は、子供たちの保護だった。だから、一旦帰ってきた。だから、今度は目的を……俺たちの勝利条件を変える」
ノアの言葉に、周りの皆も何が言いたいのか分かってきたのか、徐々にその表情を明るくしていく。
「つまり、今度の目的はオークおよびオーグルの討伐。今度は、守るんじゃなくて攻めに行く」
ノアの言葉に歓声が上がろうとした瞬間、ピタリと止まる。
そのことに二人は疑問を抱いたが、その疑問は一瞬で解消された。
突如、ノアは左肩を、レイジは右肩を掴まれる。そして、二人の顔の間から、恐ろしいくらいの笑みを浮かべたカレンが顔を出す。
「攻めに行く前に、ワタシに言い訳……してみる?」
「「い、イエス、マム……」」
カレンの恐ろしい声に、二人は笑顔を硬直させたまま答えた。




