第3話 厄介ごとの気配
「とーちゃあぁく!!」
街の門を潜り抜けると、レイジは両手を上げて声高々にそう言った。
そんなレイジの姿を、街の住民は不思議そうに眺めていたが、このような手合いには慣れたものなのか、直ぐに視線を戻し、歩を進める。
そんな、若干目立ってしまっているレイジに、一緒に行動しているノアとカレンは恥ずかしいのか顔を赤く染めている。
「レージ止めて。恥ずかしいから」
「おお、悪い!」
テンション高くそう返すと、レイジは両手を降ろして二人に向き直る。
「んで、どうする? 最初に宿探すか?」
「そうだね。他の人に取られちゃう前に、部屋だけ借りとこうか」
と言っても、宿をとったあと三人には特にやることがない。
この街には、今日一日しか泊まらないのだ。街を散策するにしても、この街自体そんなに広いわけでは無い。
それに、何か名物があるわけでもない。何かを買うにしても、せいぜい、旅の必需品を買いそろえるくらいだ。
そして、時刻はもうすぐ夕刻に差し掛かろうとしている。そろそろ、店じまいするところも出てくるはずだ。
娼館や酒場などはこれからが稼ぎ時であろうが、ノア達には関係の無いところだ。
「まあ、部屋を借りたら、今日はもう休むことになるでしょうね。お店もしまっちゃうし」
「だね。ご飯食べて、今日は休もうか」
「そうだ! 飯だ飯! 俺もう腹ペコだよ~!」
ご飯と聞き、またもやテンションを上げるレイジ。
確かに、ノアもお腹がすいているので、テンションが上がる気持ちも分からないでもない。それに、ノアにとっては宿でご飯を食べるなど初めての経験である。心なしか、ノアの口角も少し上がっている。
「よし! んじゃあ行こうぜ!」
「うん」
「ええ」
三人は、この街にある宿に向けて歩き始める。
「そいや、ここってギルドは無いのか?」
歩きながら、ふと疑問に思ったのか、レイジがそう訊ねてくる。
「この街には無いよ。迷宮都市に近いから、ギルドに用がある人はそっちに行ってる」
「そっか。ギルドに冒険者登録しようと思ったんだけどなぁ……お預けかぁ……」
肩をがくりと落とし落胆するレイジ。
「今の時間じゃ、ギルド閉まっちゃうから、どちらにしろお預けだったと思うよ?」
「そっかぁ……まあ、しゃあないか。ところで、ノアは冒険者登録は済ませてるのか?」
「まだだよ。俺も、迷宮都市で登録しようと思ってたから」
「お! じゃあ一緒に冒険者デビューだな!」
「うん。そうだね」
冒険者登録の話題になり、テンションが上がる二人。
「そういや、カレンちゃんはどうするの?」
「わたしも、一応登録だけはするつもり。魔法も、少しなら使えるし、その他雑用もこなせるから」
「なるほどな。サポートってことか」
「そういうことになるわね。ただ、流石に迷宮都市について行けるほど経験と技量があるわけじゃないから、しばらくは旅の道中のサポートになっちゃうけどね」
自分に実力がないのを知っているカレンは、どこか自嘲気味にそう言った。
「それでも、大事なことだよ。カレンが色々やってくれるから、俺は戦いに集中できるし」
そんなカレンの様子に気付いたノアは、カレンにフォローを入れる。と言っても、ノアが本心から思っていることなので、フォローと言うよりも事実を言っているだけである。
「そうだぜー。謙遜するのもいいけどよ、もっと自信持たねぇと。自分を低く見積もってると、できるもんもできなくなっちまうぜ?」
ノアの言葉に追従するように、レイジがカレンに言う。
レイジが言いたいのは、きっと、自分に自信を持って、自分にできることを正確に把握していなければ本当は出来ることもできなくなってしまうということなのだろう。
確かに、レイジの言うとおりである。
自信過剰ではいけないが、自身が無さ過ぎてもダメだ。
その点で言えば、自身が戦えないことを気にしているカレンは、自身があまり役に立てていないと、自身の貢献度を軽く見ている。
しかし、カレンの見解は間違いだ。
先ほども言った通り、戦い以外のことをカレンが担ってくれることで、ノアは戦闘だけに専念できるのだ。他のことに気を取られずに戦闘ができるのは、ノアにとっては望ましいことだ。
それに、できることをできる人がやるのは、役割分担と言うのだ。
ノアとカレンは、各々ができることをやっているのだ。
「うん。レイジの言う通りだ。カレンは、薬草の見分け方とか、保存食の作り方とか、俺が知らないこと、出来ないことができる。それだけでも、俺は大助かりだ」
「え、なに。カレンちゃん保存食とか作れんの!? 薬草とか見分け付くの!? 凄っ!!」
ノアの言ったことに、レイジが心底から驚いた様子で声を上げる。
「俺なんてもうどれも同じ草にしか見えねぇよ」
「あ、それ分かる。俺も、毒草と薬草の見分け付かないもん」
「もう食って見分けるしかないよな」
「まあ、最悪腹痛だけで済むし」
「だよな」
「そんなわけないでしょうが!!」
呑気にそんな会話をする二人に、カレンがツッコミを入れる。
「普通に致死性の毒とか含んでるのあるんだからね? それ食べたら普通に死んじゃうからね?」
呆れたように二人に言うカレン。
そんなカレンに、ノアはきょとんとした顔を、レイジはいたずらっ子な笑みを浮かべる。
レイジが悪乗りしてそんなことを言ったのはその表情を見て分かるが、ノアがきょとんとしたような顔をするのが理解できなかった。
「え、そうなの? 俺食ったけどお腹痛いですんだよ?」
「はあっ!?」
「は!?」
ノアのなんともないといった言葉に、レイジもカレンも心底驚いたといった顔をする。
「え、ちょ、おま……はあっ!?」
言葉にならないのか、レイジは意味をなさない言葉を発する。
「え、ノア。いつの間にそんなことしたの?」
カレンも動揺しているのか、何故そんなことをしたのかではなく、自分が一緒に居る時間が多いゆえに、今までそのようなことは見受けられなかった。そのため、何故ではなく、いつの間になのだ。
そんなカレンの問いに、ノアは思い出すような素振りを見せる。
「え~っと……確か、カイルさんに美味しい草だから食べてみろって間引きの日に言われて、それで食べたら味は美味しかったんだけど、その後なんか凄くお腹痛くなった」
「~~~~~~ッ! お父さんのバカ!!」
ノアの説明に、顔を赤くして怒りを露わにするカレン。
因みにであるが、カイルが食べさせた草は、美味しい代わりに腹痛作用があるもので、腹痛以外には特に何も起こらないものだ。そのため、最悪ノアが食べてしまっても平気だろうと思い、悪ふざけで食べさせたものであった。
補足として、その草は調理手順さえ間違えなければ、腹痛も起こらず普通に美味しく食べられるものである。
流石のノアも、毒草を食べたらそれ相応の作用は出てしまう。
しかし、カレンはそのことを知らない。知らないが、ノアがなぜ疑いもせずにその草を口にしたのかは理解している。
ノアは、カイルを信じていた。信じていたからこそ、騙されているなんて微塵も思わず口にしたのだ。
ノアは、他人を疑うということを知らない。いや、知らないというよりは、しないという方が適切であるだろう。
そんなノアであれば、他人を信じてほいほいとなんでもしてしまいそうな気がした。
それに、ノアは戦闘以外において色々と雑である。
家も、物が異様に少なく簡素と言うよりも寂しいといった感じであり、料理も焼くか生で食べるといった雑さ。
服の洗濯も、整理整頓も、掃除も、全てが雑なのである。
そこまで思い出し、自分が何故ノアの旅に着いて行こうと思ったのかを思い出した。
ノアと離れたくないというのも勿論あるのだが、その他にも、日常生活をカバーしなくてはとも思ったからだ。
ここにきて、カレンはようやく自分の役割は割と重要かもしれないと気付き始めてきた。
「いい、ノア? これからは、わたしが食べて良いって言ったもの以外、口にしちゃダメだからね?」
とりあえずは、一番の心配事を言い含めておく。
「分かった」
「そこら辺に生えてる草とかも、勝手に食べちゃダメだからね?」
「うん。それは、言われなくても分かってるよ」
「知らない人について行ってもダメだからね?」
「うん」
「ノア、知らない女の人について行ってもダメだが、知らない男の人について行ってもダメだからな?」
「……うん」
ここで、レイジもノアの抜けている部分に気が付いたのか、ノアに言い含める。
「あと、知らない人から貰ったものを食べてもダメだからね?」
「それと、俺達からはぐれるなよ? お前見た目可愛らしいんだから攫われるぞ?」
「そうね。それじゃあ、わたしと手を繋ぎましょうか。そうすれば、はぐれることもないし」
「ああ、それがいいな」
あれがいいこれがいいとノアへの注意から、意見の交換になり始めている二人。
そんな二人をジトっとした目で見ながら、ノアは言う。
「二人は俺をなんだと思ってるのさ……」
ノアの、ふてくされたような物言いに、二人はノータイムで応える。
「「手のかかる弟」」
二人同時にそう言われ、ノアはうぐっと呻き声を上げる。
「て、手がかかるのは、まぁ、認めるけど……」
実際、ノアも自分が抜けているとは分かってはいるが、それでも二人がそこまで心配する程とは思っていなかった。
まあ、それはいい。ノアも、自分が抜けているのは自覚しているのだから。しかして、二人して弟と言うのはなんだか、納得がいかなかった。
「弟って言うけど、カレンとはそんなに日数変わんないし、そもそもレージって何歳なのさ?」
「ん? 俺は十七だ」
「お、俺より年上……」
自分よりも年上なのだから、弟だと思われても仕方がない。しかし、なぜか納得がいかなかった。
「うーー。それでも、なんだか――」
「誰か、助けてください!!」
ノアが釈然としない気持ちを述べようとしたとき、ノアの言葉を遮り叫び声が聞こえてくる。
その声に反応して、ノアは何も考えずに走り出す。
「ちょっとノア!!」
そんなノアに慌てて声をかけるカレン。しかし、駆けだしていたのはノアだけでは無かった。
レイジも先ほどの飄々とした顔からは想像もできないほど真面目な顔つきで走り出していた。
「レージまで!」
二人とも誰かが助けを求めていると、助けに行ってしまう性分なのだろう。
しかし、脊髄反射だけで動いては、考えて行動するよりも行き当たりばったりが増えるのは自明の理だ。
そうなれば、できることも減ってしまう。
それに、自ら危険に飛び込む二人は、まるで自分の命の心配をしていないようであって、残される方の気持ちを考えていないようで、自分の存在を忘れられているようで苛立つ。
しかし、その声を聞いて自分の保身から考えてしまうような人間ではないことを知っているから、それを知っているゆえに、カレンはその苛立ちをどうにかして抑える。
ノアの無茶を止めること。それも、カレンの役目のうちの一つだ。
「ああもう! わたしを置いて行かないで!!」
しかし、声を荒げて自分の存在を主張するくらいしなくては気が済まない。
カレンも、二人の後を追う。
そして、後を追いながら、それにしてもと考える。
(レージって、あんな顔するんだ……)
走り去っていくときに見せたレイジの表情。確かに、真面目な表情であった。しかし、それだけでは無かった。
真面目な表情の中に潜む、鬼気迫る目。
その目だけが、焦っているように見えた。
なぜレイジは焦っていたのか、それは分からない。
しかし、困ってる誰かを助けなければと焦っているだけなのかもしれない。
(まあ、全部終わった後に訊いてみましょう)
そう自分の中で結論をつけながら、カレンは二人の後を追う。
(はぁ……それにしても、早速厄介ごとの気配……)
街に着いて早々、しかも宿を見つける前に起こってしまった。
(幸先悪い……)
思わず心中で溜息を吐く。
しかし、いずれこうなることはカレンには分かっていた。
ノアは、困っている誰かを放っておけない。それは、ノアの生来の性分もあるが、憧れているゼムナスがそうであるために、それを目指しているからもある。
そのため、いつかなにかに首を突っ込んでトラブルに巻き込まれることは分かっていた。しかし、こんなに早いとは思っていなかった。
(まあ、場数を踏めると思えばいいかな……)
カレンは、プラスの方に考えることにする。悪い風に考えるよりはそちらの方が気が楽であるから。
ともかく、町を出て最初の厄介ごと。
何事もなく終わればそれでいい。それに、何かあると決まったわけでは無い。
まあ、何かあれば首を突っ込むのは確実だ。
カレンは、はあと溜息を吐く。
(何事も無ければいいなぁ……)
しかし、そんなカレンの思いもむなしく、事は起こる。
そこでカレンは、もう一度溜息を吐くのであった。




