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纏狼のノア  作者: 槻白倫
第1章 迷宮都市編
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第1話 少年は空から降る

ここから一章です。

感想、評価、ブックマークなどありがとうございます。大変はげみになってます。

 周囲を木々で囲まれた道を、二人の子供が歩いている。


 子供と言っても、年のころは十代半ばで、この世界では成人と認められるくらいの年齢ではあった。


 一人は、身長は高くないがしっかりと鍛えられた体をしている少年で、顔はかっこいいや端整とは呼べないが、可愛らしい顔をしていた。


全体の印象として、少し垂れ下がった優しそうな目が少年を可愛らしいと印象付ける原因になっているのだろう。けれども、その優しそうな目には、しっかりとした芯の強さが見て取れる。自分の貫く信念を持っている。そんな目をした少年であった。


 少女の方は、少年と身長はあまり変わりなく、むしろ少女の方が少し大きいくらいであった。こちらも、優しそうな目をしていて、少女の場合はその目のままの印象の優しい雰囲気を漂わせていた。


「ねえ、ノア。最初の目的地はどこなの?」


 そんな、優し気な少女――カレンに、ノアは最初の目的地を訊ねられる。


「うん。最初は迷宮都市に行こうかなって思ってる」


 ノアは、カレンの質問に考える間も無く応える。恐らく、すでに目的地は決めていたのだろう。


「迷宮都市?」


 しかし、カレンはノアの応えを聞き、頭に疑問符を浮かべている。


 カレンは、しばらく考えるそぶりを見せるが、なにも思い至らなかったのか、申し訳なさそうに白状する。


「……ごめん。分かんないや」


「ううん。別に謝ることでもないよ」


 謝るカレンに、ノアは気にした素振りを見せずに応える。


 そんなノアの様子に安堵したのか、ほっと胸を撫で下ろすカレン。


「それで、迷宮都市って何?」


「う~ん。迷宮は分かるよね?」


「うん。それは流石に分かるよ」


 二人の言う迷宮とは、場合によっては迷路であったり、場合によっては塔であったりと、その形は様々で、とくに決まった形は無く、総じて言えることは、迷宮内には魔物がいて、宝箱が転がっていたりするということだ。


 迷宮は、ある日突然現れる。なぜ現れるのか、どうやって迷宮が作られているのかは不明。


 迷宮王が作っているだとか、神が遊ぶための盤上遊戯ボードゲームとも言われているが、真相は謎に包まれたままだ。


 まあ、迷宮が作られた原理などは、今は置いておく。


「えっと、迷宮都市って言うのは、簡単に言えば迷宮で形成された都市なんだ」


「迷宮で?」


「うん。都市の全部が迷宮なんだ。と言っても、人が住んでるのは迷宮の上なんだけどね」


「ん~?」


 ノアの説明に、カレンは可愛らしく小首を傾げる。


 そんなカレンの様子に、ノアは苦笑を漏らす。


「ごめん。分かりづらかったね。迷宮都市にはね、地下と地上があるんだ」


「二つも迷宮があるの?」


「いいや。地下と地上。両方合わせて一つの迷宮なんだ。迷宮都市は、都市そのものが迷宮なんだよ」


 そこまで言って、カレンもようやく合点がいったのか、納得したような顔でポンと手を打つ。


「なるほど。つまり、都市の形をした迷宮ということなのね」


「そういうこと。その、都市の形をした迷宮には次のステージがあって、その次のステージが地下ってこと」


 そう、迷宮都市は、都市型の迷宮なのだ。


 そのため、家々は立ち並び、舗装された道もある。非常に珍しい形の迷宮なのだ。


「それと、迷宮都市は四方を囲んで街ができてるから、その街も含めて迷宮都市って呼ばれてる」


「街の中に都市があるの?」


「そういうこと」


「なんか、変な感じ……」


「確かに、なんか変だよね」


 確かに、言われてみれば街の中に都市があると言うのも変なものである。


「けど、迷宮が街の中にあるって考えれば変じゃないかな?」


「う~ん。変じゃないけど、ちょっと怖いかな」


「え? なんで?」


「だって、街中に迷宮があるんでしょ? 魔物が出てきたリしたら大変じゃない」


「ああ。確かにね。けど、そんなこと滅多にあるわけでもないし、なにより迷宮と街の境には大きな壁があるらしいから、そうそう街に入ってくることは無いと思うよ?」


 聞くところによると、その壁も相当な高さと厚さを誇るらしい。


実物を見てみなければ断定はできないが、そうそう超えられることも無ければ、破られることもあるまい。


 それに、感覚的に言えばノア達の町を囲っていた壁と同じようなものだ。危険と隣りあわせと言う意味ではさほど変わりは無い。


「そう。それなら、ちょっと安心」


 ノアのもたらした情報で、少しは安心できたのか頬を緩めるカレン。


 しかし、頬を緩めたのも束の間、直ぐに真剣な表情になるとノアに詰め寄る。


「そ・れ・で? こんなことを訊くのはノアにとっては愚門かもしれないけど、一体その迷宮都市に何しに行くのかしら?」


 詰め寄ってくるカレンに、ノアは上半身を反らす。


「え、えと……。強い敵と戦うために……?」


 カレンには誤魔化しても意味ないし、ばれたとき後が怖いので素直に言った。


 しかし、素直に言ったがカレンは呆れ顔で一つ溜息を吐く。


「分かってたけど、迷宮に挑むのね……」


「ダメ、かな……?」


「……ううん。ノアの目標知ってるから、ダメとは言わない。でも……」


 カレンは、そこで一度言葉を区切ると、人差し指を自身に向ける。


「わたしは戦えないから、迷宮には入れない。入ったとしても足手まとい」


「……あ、えと……」


 カレンのあまりにも正直な物言いに、ノアは言葉を詰まらせる。


「別にいいわよ。正直に足手まといって言っても。本当のことだし」


 カレンは気にした風もなくはっきりとした物言いで言い切る。しかし、少しばかり悔しそうな目をしているので、強がっているのだろう。はっきりと言っているのは、自分の今の現状を誤魔化さないためだろう。


 しかし、ここでカレンにばかり無理をさせるのはノアの本意ではない。


「そんなことないよ。俺は、カレンが居てくれるだけで嬉しい。正直、一人旅って不安だったんだ」


「ノア……」


「それに、俺料理苦手だし……カレンが居てくれると、本当に助かるよ」


 ノアの正直な気持ちを聞き、カレンはニコリと微笑む。


「ありがとう、ノア。そう言ってくれると、無理にでもついて来たかいがあった」


「そんな。こっちこそ、着いてきてくれてありがとう」


 二人でお礼を言い合うと、正直な気持ちなのだが、なんだか気恥ずかしく、自然と頬が熱くなる。


 二人ともあまりにも気恥ずかしいので、誤魔化すためか苦笑を浮かべる。


「そ、それで? さっきの話の続きは?」


「う、うん。えっとね。わたしが迷宮に付いて行けないってことは、ノア一人で迷宮に入らなきゃいけないってことじゃない?」


「うん」


「ノア、初めての迷宮を一人で行って無事帰ってこられる?」


「……」


 カレンの言葉に、ノアは思わず黙りこくる。


 確かに、勝手を知っていた町の近くの森とはわけが違うのだ。


 ノアは強い。もともと、一対一の戦いでも強かったが、『魔纏狼』を得てからその強さは格段に上がったと言える。


 しかし、それは正面切っての戦闘でのことであり、迷宮など別種の強さが必要な場所では十全にその強さを生かすことができない。


 迷宮には、トラップがある。魔法的な物や、絡繰り仕掛け的なもの。両者含め様々な種類のトラップが待ち構えている。


 勿論、ノアにそのトッラップを見分ける術はないし、トラップを解除する術もない。


 ノアにあるのは圧倒的なまでの戦闘能力だけだ。


 それが、ノアにも分かっているからカレンの言葉に黙るしかなかった。


 そんなノアの様子を見て、カレンははぁと溜息を吐く。


「やっぱり。迷宮のことばかり考えてて、そっちのことは考えてないと思った……」


「め、面目ない……」


「……それで、どうするの? 向こうで一緒にパーティー組んでくれる人でも捜す?」


「うん。そうした方が良いよね……」


 そうした方が良いのは分かっているのだが、ノアはどうにもその案に乗り気ではない。


 そのことに、声音で気づいたカレンはノアに訊ねる。


「なんだか、乗り気じゃないみたいだけど?」


「そんなこと……いや、うん。カレンに取り繕っても仕方ないよね……」


「まあ、大体予想はつくけど」


 カレンは、予想がつくと言っていたが、大体の確信は持っていた。


 そして、カレンの確信は間違えていなかったのだろう。


ノアは、悲し気に微笑む。


「多分、カレンの思ってる通りだよ」


「やっぱり、アレイさんのこと?」


「……うん」


 頷くと、ノアは右腕にはめた『魔纏狼』見やる。


「アレイと一緒に旅に出るって、そう思ってたからさ。なんか、他の人とパーティー組むのって、ちょっと考えられなくて。ああ! でも、カレンと組むのがいやってわけじゃないからね? そこは、誤解しないで」


 慌てたように付け足すノアに、カレンは苦笑を浮かべる。


「分かってるわよ。大丈夫」


 カレンがそう言うと、ノアはあからさまにほっとしたような表情をした。


「でも、やっぱり誰かと組んだ方が良いよね……」


「まあ、一人で挑むよりはわたしも安心して待ってられるかな?」


「うっ……。はぁ……やっぱり、そうだよね……」


 誰かと組まなければいけないということは分かっているのだが、やはりアレイがいるはずだった場所に、違う誰かがいると言うのが想像できない。そのため、頭では分かっているのだが、感情でパーティーを組むという考えを否定してしまっているのだ。


 そんなノアに見かねたカレンは、優しくノアに言い聞かせる。


「別に、そんなに焦らなくてもいいんじゃないの? ノアが隣にいて欲しいって思えるような相棒ひとがきっと現れるわよ。そのとき、迷宮に挑めばいいじゃない」


「うん。そうだといいな」


 カレンの言葉に、ノアは嬉しそうに頬を緩める。


 なにせ、今の言いぶりだとその人が見つかるまでは、カレンが付いていてくれるということだ。そして、その人が見つかっても、恐らくカレンはノアの傍に居てくれるのだから。


「まあ、最悪ゼムナスさん引っ張ってきましょう。ゼムナスさんなら一緒に迷宮に挑んでくれるわよ」


「あ、ありえそうだから何とも言えない……」


 ゼムナスがノアに甘いことを、ノア自身も理解している。そのため、ノアが頼んでくれれば、ゼムナスは喜んで迷宮だろうが何だろうが一緒に挑んでくれるだろう。


 カレンのそんな冗談ともつかない言葉に、ノアは苦笑する。


 言って、カレンも同じことを思ったのか、苦笑している。


「まあ、ゼムナスさんを引っ張ってくる前に、先に誰か見つかるかもね」


「できれば、そっちの方が良いかな。あまり、兄さんに迷惑かけたくないし」


「ゼムナスさんは迷惑だと思わなそうだけどね……」


「だからこそ、ね……」


 ゼムナスが嬉々としてノアに協力してくれるからこそ、ノアはゼムナスには頼みづらいのだ。ゼムナスが忙しい時でも、無理矢理にでも時間を作ってノアのためにその時間を使いそうだから、尚更頼みづらい。


 その可能性にカレンも行き当たったのか、確かにと苦笑を漏らす。


「すぐにでも見つかると良いわね」


「うん。それも含めて、迷宮都市に着くのが楽しみだ」


「って言ってる傍から、そんな相棒が現れたりして?」


 冗談めかしたようにカレンは言う。


「まさか。そんなすぐに見つかったら苦労しないよ」


「でも、すぐ出てくるかもよ? 例えば、空から落ちてきたリ」


「それは無いでしょ。流石に空から落ちてくる人が相棒って、出会い方が特殊すぎるよ」


「ノア。人生何があるか分からないわよ? 今すぐにでも――あ」


 言葉の途中で、カレンは空を見上げて呆然と口を開ける。


「いや、流石にそんな手には引っかからないよ?」


 ノアは、それがカレンの冗談だと思った。そのため、苦笑しながらカレンが見上げている方を見やる。


 すると――


「あ」


 ノアも、驚いたとばかりに声を上げる。


 空を見上げれば、もの凄い速度で落ちてくる人の姿があった。心なしか「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!」と絶叫する声も聞こえてくる。


「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 無理無理死ぬ死ぬメッチャ怖ぇ!! メッチャ速ぇ!! ああぁぁぁぁぁぁぁ!! しぃぬうぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 心なしかどころではなく、思いきり絶叫する声が聞こえてきていた。


「って、やばい!!」


 あまりのタイミングの良さと、そんな馬鹿なと言いたくなる展開に、思わず呆然自失となっていたノアであったが、この状況が緊急事態であると瞬時に理解し、即座に動き始める。


 落ちてくる人物から目一杯距離を取る。


「カレンは危ないから下がってて!!」


 そして、カレンを万が一にも巻き込まないためにも、安全な位置まで下がらせる。カレンも、ノアの邪魔になると分かったのか、すぐさま離れていく。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!! もう無理ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 落ちてくる人物があと十メートルほどで地面に落ちるというところで、ノアは地面を蹴りつける。


 森で鍛えた自慢の脚力で落ちてくる人物に素早く肉薄する。


 そして、地面に接触するよりもいくらか手前で、ノアは思いきり前に跳び落ちてきた人物に跳びかかる。


ぶつかるときにその人物を抱きかかえながら、横に流れていく体をそのままに、ノアは地面をゴロゴロと転がる。人を抱えているので、うまく受け身は取れなかったが、幸いどこも痛めていない。


 勢いに逆らわず、しばらくゴロゴロと転がり、自然に止まるのを待つ。


 そして、勢いが完全に殺されたところで、ノアは止まる。


 ノアは、慌てて腕の中にいる人物の様子を確かめる。


「うぎゅぅぅぅぅ…………」


 どうやら、目を回して気絶しているようであったが、見た感じ命に別状は無さそうであった。そのことに、ほっと一安心するノア。


「大丈夫!?」


 ノアが無事止まったのを確認したときには、すでにノアの方まで駆け寄ってきていたカレンに、ノアは笑顔を向ける。


「大丈夫だよ。俺もこの人も無事だよ。怪我は……してるかもだけど」


 ノアの報告に、カレンはほっと胸を撫で下ろす。


「良かった……」


「カレンも、怪我ない?」


「わたしは平気。こっちには何も飛んできてないし」


 そう言いながらも、カレンは自身の身体を見て本当に怪我がないかを確認する。そして、怪我がないことが分かると、一つ頷く。


「うん。大丈夫。って、わたしのことはよくて! えっと……その人……やっぱり、空から……」


「うん……見事に、カレンの言った通り。空から落ちてきた……」


 そう言いながら、ノアははぁと一つ溜息を吐く。


「なんで俺って、人とまともな出会い方ができないんだろう……」


 そう言って、脳裏に思い浮かぶのは腹を減らして倒れたアレイ。アレイとの出会いも酷く喜劇的であったと乾いた笑みを浮かべる。


 もしや、これから出会う人物全員と変な出会い方をするのではと戦々恐々とするノア。


 そんなノアの心境など知るよしもなく、ノアの腕の中にいる人物は、呑気に気を失っているのであった。


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