第10話 守ることと殺意
時間は、少しだけ遡る。
ノアは、カレンを抱きかかえながら、全力で走っていた。方で息をして、荒い呼吸を繰り返すノアを見て、カレンはノアに気づかわし気な顔をする。
「ノア、わたし、もう大丈夫だから。だから降ろして?」
「……ダメ、だ……」
ノアはチラリとカレンを見ると、すぐに否と答える。
「大丈夫……俺なら、まだ……大丈夫だから……」
カレンに言い聞かせるように言い、安心させるように微笑みを向ける。しかし、その息は荒く、言葉を発するのも一苦労と言った様であった。そして何より、その笑顔の空々しさを、ノア自身も自覚していた。
カレンは、ノアの笑顔を見て、余計に心配したような顔をする。
カレンの不安は払拭できていない。しかし、それでもノアは走り続けた。
長かったような短かったような。そんな、曖昧な感覚で走り続けようやく目的地が見えてきた。
町唯一の門の反対。そこにある子供が遊ぶような広間。そこに、ぽつりぽつりと松明の灯りが見える。
その灯りが見え、ほっと一安心する。どうやら、無事に避難できたようだ。
ノアは、灯りに向かって速度を上げる。腕の中のカレンをチラリと見やれば、カレンも安心しているようであった。
「ノア!! こっちだ!!」
人ごみの中。ノアに気付いたカイルが、手に持った松明を大きく振りながら、ノアを呼ぶ。
その声につられ、周囲の人もノアの方を見る。ノアの無事な姿を確認すると、皆はほっと安心したように肩を降ろす。
どうやら、とても心配させてしまったようだ。
皆の前に着くと、ノアはカレンを降ろす。
ノアがカレンを降ろすと、直ぐにカイルはカレンを思いきり抱きしめる。
「よかった……ッ!」
「ちょっ! お父さん!」
カレンを連れてきましたよ、と言う前にカイルがカレンを抱きしめていたので、ノアはその言葉を飲み込んで、微笑みを浮かべて二人を見る。困ったような声でカレンが抗議するが、その顔が嬉しそうだったので、カレンも満更ではないのだろう。
カイルは本当にカレンを心配していたのだ。カレンが無事で喜んでいる。カレンも、やはり怖かったのだ。嬉しそうにしていながらも、その眼尻には涙が溜まっている。
親子が無事を確かめ合う。そんな二人に声をかけるだなんて無粋な真似が、ノアにできるはずもなかった。
「ノア」
ノアは、二人の様子を数秒眺めると、踵を返そうとした。しかし、丁度振り向こうとしたタイミングでエレンに声をかけられる。
「なんですか?」
ノアは、踵を返すのをやめてエレンの方を見る。
エレンは、ノアが何をしようとしていたのかを察したらしく、困ったような笑みを浮かべた。
ノアも、エレンが気付いてしまったことに気付き、困ったように笑う。ノアは、エレンに止められると思った。
基本的にノアの意思を優先させてくれるエレンだが、それは危険が伴わなければの話だ。ノアのやろうとしていることが危険なことだと知れば、エレンは必ず止める。いや、エレンだけではない。カレンも、カイルも、きっと、町の皆だって止めるだろう。
それだけ、自分を見てくれているという自覚はあった。それだけ、可愛がってもらっていることも理解していた。
だからこそ。だからこそ、ノアは行こうとした。
町の皆は良い人ばかりだ。ノアのことを気にかけてくれて、温かさを持って接してくれた。
ノアは、町の皆が大好きだ。
面と向かっては恥ずかしくて言えないけれど、大好きだって胸を張って言える。
だからこそ、ノアはエレンに止められても行くつもりでいた。
未だに街の人のために戦ってくれているアレイのもとに。
しかし、エレンの口からは制止の言葉は出てこなかった。
「カレンを連れてきてくれて、ありがとう。カレンもノアも、無事でよかった」
エレンは、ノアのやろうとしたことを止めなかった。その代わり、カレンを連れてきたことへの感謝の言葉を紡いだ。
そして、優しくノアを抱きしめた。
「あっ……」
エレンに抱きしめられ、ノアは小さく声を漏らす。
エレンは、優しく、されど離すまいと強くノアを抱きしめる。
「え、あ」
突然のことにノアは、情けなくも狼狽してしまう。
そんなノアの様子が可笑しかったのか、エレンはくすりと笑みをこぼす。
「どうせ、行かないでって言っても行っちゃうんでしょう?」
「――っ! …………うん」
不意を突くように言われ驚いたが、ノアはエレンの言葉を肯定する。
すると、エレンはまたも可笑しそうに笑みをこぼす。
「ごめんなさいね。今のあなたが、あんまりにもあなたのお母さんに似ているものだから、つい……ね?」
「……父さんじゃ、無いんだ……」
「ふふっ。あなたのお父さんには、ゼムナスの方が似てるわ。天才肌なところも、心配性なところも、ゼムナスそっくりだったもの」
いや、ゼムナスがそっくりなのか。と、一人自分の言葉に突っ込むと、また、くすりと微笑む。
「でもね、優しいところは、二人とも同じ。あなたのお父さんもお母さんも、優しかったから、両方とも遺伝したのね」
エレンは嬉しそうにそう言うと、更に抱きしめる腕に力を込める。
「でもね、二人とも優しくて、強かったから、死んでしまったの……」
嬉しそうな声が一転、今度は、悲しみ含んだ声で言うエレン。
「皆を守る。誰も死なせはしない。そう言って二人とも戦いに行った」
その話は、聞いたことがあった。それこそ、耳にタコができるほど。
だから、その言葉が自分の両親の最後の言葉であることは知っているし、二人の死をもって守られたエレンがどれだけ悲しい思いをしたのかも知っている。
「ノアまで失ったら、私は耐えられない……」
エレンは震える声でそう言うと、静かに涙を流す。
「エレンさん……」
「本当は、ノアには行ってほしくないわ。あの二人みたいに帰ってこなかったらって、そればっかり考えちゃう」
エレンの両目からはとめどなく涙が溢れてくる。
その涙を見て、ノアはようやくある決意を固める。遅すぎるし、これから戦いに行こうとしてるノアには、もう出来ないことかもしれないけれど、それでも決意をした。
「俺は……帰ってくるよ……」
そう言って、宙ぶらりんだった腕をエレンの背中に回し、きつく抱きしめる。
「――っ。……ふふっ」
ノアに抱きしめられ、驚くエレン。しかし、すぐに優しい笑顔に戻ると、嬉しそうに笑う。
「ノアから抱きしめてくれたの、初めてね……」
「……そ、そう……だね」
エレンにそんなことを言われ、なんだか急に恥ずかしくなる。
だが、その手を緩めることもしなければ、エレンから離れることもしない。ノアは、目を閉じてエレンの温かさを全身に感じる。それだけで、ノアは今まで心の中で燃えていた焦りや怒りの炎が、消えて行ってしまった。
その代わり、その心には、決意と覚悟の炎が燃え盛っていた。
(絶対に、俺が守る。誰も、誰一人として、もう(・・)死なせるもんか)
いつまでそうしていただろう。ノアにとっても、エレンにとっても幸せな時間。しかし、その幸せな時間も、終わりを迎えなくてはいけない。
ノアは、閉じていた目を開き、名残惜しかったがエレンからゆっくり離れる。エレンも、ノアが離れるのを止めない。
二人は視線を合わせる。
お互いに、もう言いたいことは言い切った。エレンはノアの帰りを待つ覚悟を決め、ノアは必ず皆の元に帰る覚悟を決めた。
ノアは、今度こそ踵を返そうとした。しかし、またもやその足を止められてしまう。
「待てノア」
静かだが、低く、よく通る声。何より、ノアには訊きなれた声であった。
見やれば、カイルがこちらを見ていた。その傍らにはカレンもいて、カレンは不安そうな顔でこちらを伺っていた。
「カイルさん、俺」
「ああ、分かってる」
ノアが、自分の覚悟を言おうとすれば、カイルはそれを遮る。
「行ってこいノア。ただし、ちゃんと帰って来いよ?」
ニヤリと野性味のある笑顔を見せるカイル。そんなカイルに、ノアは力強く頷く。
「うん。絶対、勝って皆を守る」
「おう! そのいきだ!」
カイルは嬉しそうにノアの頭をガシガシと撫でる。ノアはそれを嬉しそうに受け入れる。そして、ノアは一歩前に出てカイルに抱き着いた。
「お、おう?」
突然のことに面を喰らうカイル。そんな様子のカイルに、エレンはくすりと笑う。
エレンにからかわれるように笑われたからか、それとも、ノアにハグされたからかは定かではないが、カイルは照れたように顔を赤くしていた。
「必ず、帰ってきます」
「……おう。待ってるからな」
カイルは、照れながらもノアの背中をトントンと叩く。
ノアは最後にギュッと強く抱き着くとカイルから離れる。
「カレン」
ノアはカレンと向き合う。
カレンは、暗い顔のままノアを見る。そんなカレンに、ノアは困った笑顔をする。
「行ってくるね」
そう言って、ノアはカレンに一歩近づく。しかし、一歩近づくと、カレンは一歩後ろに下がってしまう。
「イヤ」
「カレン……」
「行かないで……」
カレンの頬をつうっと涙が伝う。
そんなカレンに、ノアは困ったように笑うでも、戸惑うでもなく、真剣な顔をする。
カレンがどんなことを思ってその言葉を発したのか、ノアには分かったからだ。いや、カイルも、エレンも、分かっているのだろう。なにせ、立ち位置が昔の自分たちとまるっきり同じなのだから。
「なんで。なんでノアは勝手にいなくなろうとするの!?」
それは、カレンの心からの叫び。その叫びに、何事かと町民がこちらを見る。しかし、ノアはそちらに見向きもしないでカレンを見る。
「ノアがゼムナスさんと王都に行こうとした時も、無茶をして大怪我をした時だってそう! なんで。なんでわたしに何も言わないで、一言の相談もしないで、勝手にいなくなろうとするの!? 今だってそう! 勝手に行こうとして、私の気持ちは無視して! それで……」
そこまで言うと、カレンは涙を溢れさせる。静かに流れていた涙が、滂沱のごとく流れる。
その涙を拭うことをせず、カレンは目の前のノアを見る。
「それでノアが帰ってこなかったら、私、どうしたらいいの……?」
そう問いかけるカレンは、ノアが居なくなってからの日常など想像できないのだろう。
だから、怖いのだ。ノアを失うのが。
だから、辛いのだ。ノアを待つのが。
だから、こんなにも涙を流すのだ。
心が痛くて、胸が苦しくてたまらないのだ。
エレンから、ノアの両親のこと、ノアの両親がなんで亡くなったのかを聞いた時からそうだ。
エレンは、二人のことを誇らしげに話すが、その中には悲しみも湛えていて、今でも二人が死んでしまったことを悲しんでいることは幼心に理解した。
そんなエレンは、まだ幼かったカレンから見ても痛ましかった。
だから、自分もそうなってしまうのではないかと、不安で不安で仕方がなかった。しかも、強くなりたいと無茶をするノアを見る度に、不安が蓄積されていく。
今回は大丈夫だった。でも次は分からない。
今回は怪我をした。次はもっと大きな怪我をするかもしれない。
今回は大怪我をした。次は――――死んでしまうかもしれない。帰ってこないかもしれない。
ノアが戦いに行くたびに、カレンはそんな不安に襲われていた。
それが、ノアがかつてないほどの危機に自ら飛び込んでいこうとしていることで爆発してしまった。
「お父さんもお母さんも、なんでノアが戦いに行くのを止めようとしないの!? ノアが死んだら嫌なんでしょ!? だったら止めてよ!!」
感情を爆発させたカレンは、その感情の行き先を見失っていた。
「皆も皆よ! ノアはまだ子供なんだよ!? 子供を一人戦いに向かわせて、自分たちは逃げるの!? 大人として恥ずかしくないの!?」
最初からノアの様子を見ていた周りの皆や、カレンの叫びが聞こえてきてからノアの様子を見始めた皆にもその矛先を向ける。
いつものカレンからは想像できないくらいに、今のカレンは取り乱していた。それこそ、カレンの物言いに怒るよりも戸惑ってしまうくらいには、今のカレンの姿には驚いていた。
「なんでノアを止めて自分が行くとか言わないの!? 子供を守るのが大人の役目なんでしょ!? いつも偉そうに言ってるくせに、なんでそうしないの!!」
カレンは、顔を両手で覆って崩れ落ちる。
「なんで……誰も止めてくれないのぉ……」
そこからは、言葉にならないのかただ嗚咽を漏らす。
そんなカレンに、今まで黙っていたノアは近づく。
ノアは、カレンの両肩を優しくつかむと、その身を引き寄せて優しく抱きしめる。
カレンは、無我夢中でノアに抱き着き、その肩に顔を埋める。
「行かないでぇ……わたしを、一人にしないでぇ……」
「大丈夫……」
カレンを抱きしめ、ノアは優しく言い聞かせる。
「本当は、逃げられるのが一番いいんだけど……」
「だったら! だったら逃げよう!? 戦うことないじゃない! ここから逃げればいいじゃない! どこか違う街に行って、そこでやり直せばいい!」
「それは無理だ」
「――っ! なん、でぇ……」
カレンに問われ、ノアはカイルを見る。
「カイルさん。この町を覆ってる膜に思いっきり何かをぶつけてみてくれませんか?」
「おう」
ノアに言われ、カイルは近くの仲間から槍を受け取り、この町を覆い隠している闇の膜に向かい、全力で投擲する。
闇の膜に槍が直撃する。しかし、ガキィンと甲高い金属音が響き渡り、槍は弾かれてしまう。
「……やっぱりな」
結果を見て、カイルは驚かなかった。それどころか、他の仲間たちも驚かなかったし、逆にその結果に納得をしているようであった。驚いたのは、戦ったことの無い町の住民だけであった。
カイルの投擲は岩をも貫く。
これは比喩ではなく、事実だ。
カイルが、町の宴会の時に酔った勢いで、町の中にある大岩に槍を投擲して見せたら見事に大岩を穿ち、その大岩に槍を突き立ててみせたのだ。
今もその大岩には槍が突き刺さっており、なんの記念かは知らないがそのままにしておいてある。
ともあれ、カイルはそれだけの威力を持って投擲したのだ。それなのに貫けず、弾かれるという事はそれほどまでに闇の膜が堅いという事だ。
ノアは、カレンを少しだけ引きはがし、目を合わせる。
「ここから逃げるのは、無理だ」
ノアの言いたいことが分かっているので、カレンは素直に頷く。
「だから、これを作ってる元凶を倒すしかないんだ。じゃなきゃ、皆共倒れだ……」
「でも、それをノアがやる必要無いじゃない……」
「いや、俺がやる。俺じゃなきゃ、ダメなんだ」
「なんで……」
ノアは、今まで以上に真剣な顔をする。
「相手が、多分、纏鎧士だからだ」
「――っ!」
ノアの言った纏鎧士という言葉に、カレンはおろか、町の住民までもが驚愕を表す。
最初に敵を見たときにもしやと思い、敵に一撃喰らわせたときに確信した。それに、見たこともない特殊な能力も、その考えを肯定する材料になった。
「なら! なら尚更行っちゃダメ!! 纏鎧士なんでしょう!? ノア……死んじゃうよ……」
「違う。相手が纏鎧士なら、尚更俺じゃなきゃダメなんだ」
「……どういうこと?」
ノアは、不敵に微笑む。
「兄さんに教えてもらった対抗策があるからね」
「ゼムナスさんに……?」
「ああ」
そう。ゼムナスが、王都に旅立つ前に教えてくれた技があった。ゼムナス曰く、纏鎧士殺しの技であると。
「それにね、多分だけど、あいつが俺を待ってるから」
「……あいつって、アレイさん?」
「うん。あいつは、今も一人で戦ってる。だから、行かなくちゃ」
先ほどから、町の各所で爆発音が聞こえてくる。それが今も聞こえているという事は、今もアレイは戦っているという事だ。
「アレイも、皆も、戦ってるんだ。だから、俺も戦わなくちゃ」
「皆、も……?」
「ああ。皆もだ」
そう言って、ノアは立ち上がる。カレンの手を取って、一緒に立たせる。
「皆、戦ってるんだ。自分で言うのは恥ずかしいけど、俺を一人で向かわせるのに抵抗を感じているだと思う。俺がゼムナスに技を教えてもらっていることを、町の戦える人は知ってる」
ゼムナスは、最後の間引きの日に、皆の前でその技を見せてくれた。使える人が多くいれば、それだけ対処できる人が増えるという事。それを考慮したうえで、戦える皆の目の前でその技を教えてくれたのだ。
しかし、その技を修得できたのは、ノアただ一人だけであった。
だから、ノアしか行けない。他の皆は、足手まといだから。
「ここには、誰一人として戦っていない人はいないんだ。大人たちは、子供たちを守るために戦って、子供たちは、恐怖と戦ってる。皆、向き合ってるんだ。目の前の危機に」
「……」
「だから、カレンも向き合ってほしい。俺を失うかもしれない恐怖と、ここで戦ってほしい。カレンが頑張って戦ってくれるなら、俺もきっと勝てる。纏鎧士だろうが魔王だろうが、きっと勝ってみせる」
「ノアぁ……」
「それに、カレンは一人じゃない。皆いる。俺もいる。だから、一人じゃなくたっていい。皆と一緒に戦ってほしい」
ね、と優しく微笑むノア。
決して愚かではないカレンは、最初から気付いていた。自分が我が儘を言っていることも、自分が逃げていることも分かってた。
それでも、逃げても、我が儘を言ってでもノアを引き留めたかった。それはやはり、カレンの弱さの証。
カレンは、周りを見る。
皆の目は、まだ死んでいない。悲観にくれながらも、希望を見出し、自分たちの役割をしっかり努めようという意思がある。
たまに一緒に遊んであげる小さな子も、本当のお姉さんみたいに接してくれる近所のお姉さんも、やんちゃをしていつもカレンを困らせる男の子も、年老いて、腰の曲がった町長も、皆、皆、自分のやるべきことをきちんと理解していた。
それを理解したとたん、カレンは急に恥ずかしくなった。恥ずかしい姿を見せてしまったこともそうだし、自分の弱い姿を見せてしまったこともそうだ。
しかし、何よりも、逃げている自分を見せてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかった。
カレンは、力強く袖で涙を拭うと、キッと睨み付けるようにノアを見る。
「死んだらわたしも死ぬからね」
力強いその言葉。それが嘘ではないことをノアは瞬時に理解した。
それと同時に、愛が重いとも感じる。思わず頬が引きつってしまう。引きつった頬を強引にニヤリと笑ったようにしておく。
「それじゃあ、やっぱり死ねないな」
「じゃあ生きて帰って来て」
「ああ。必ず帰ってくる」
ノアはそう言うと、アレイの元へと向かうため駆け出す。
「絶対に! 絶対に帰って来てね!!」
カレンが珍しく大きな声を出す。
今日だけで、珍しいカレンの姿がいっぱい見れたなと、場違いなことを考えるノア。
ノアは、振り返ることなく、拳を上げてカレンへの返答とする。
(負けられない……絶対にッ!!)
どの道、勝つしかない。ノアとアレイが負ければ、その後口封じとして皆殺しにされる。だから、勝つしかないのだ。
それに、そうでなくても勝たなくてはならない。
敵を殺さないと、ノアの気が済まないのだ。
なぜなら、町の住民を殺されているのだから。
鼻孔をくすぐる鉄臭いにおい。すすり泣く声。誰かを呼ぶ声。そして、血まみれの死体。それが、あの場にはあったのだ。一人、二人ではない。ノアが感知できるだけで、十人以上の死体があった。
カレンはそれどころではなくて気付いていなかったが、感覚が鋭いノアは気付いた。それに、カイルとエレンが、さりげなく死体が視界に入らないように立っていたのだ。それもあって、気づいてしまった。
カレンがあれ以上取り乱してもいけないと思い、ノアはあえてそれには触れなかった。しかし、一人になった今、そうもいかない。いや、それができなかった。
目に憎しみと殺意を宿らせ、自然と眉間にしわが寄り、眉尻がつり上がる。
「殺す――ッ!!」
ノアは、駆ける。
憎き仇敵の息の根を止めるために。




