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纏狼のノア  作者: 槻白倫
序章
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第1話 ノア・ルーヴ

楽しんでいただければ至極幸いです。

 まだ朝日も登り切らないほどの早朝。


 貧相とまではいかないが、それでも周囲の家からしたら少しだけみすぼらしい家の、そこまで広くない庭で、少年が運動をしていた。


 運動、と言っても軽く体操をするとかそういう体を慣らすためのようなものではない。


 軽く踏み込んで掌底を繰り出したり、上段蹴りからの回し蹴りを繰り出したりと、武術に関する動きをしている。


 動きは毎回同じではない。毎回毎回パターンを変えている。


 この一連の動作を、日が昇り始めたときから完全に登り切るまでを目安に行っている。


 少年は、これを毎朝の日課としてやっている。


 朝日が完全に登り切ったころ、少年は朝の準備運動を止め運動により体から滲み出てきた汗を庭の木にかけておいた布で拭う。


 少年の名前は、ノア・ルーヴ。彼の一日は毎朝この準備運動から始まる。


 ノアの住んでいる町は、小規模なものだが決して貧しいわけではない。飢饉にあったことも無ければ、領主から不当な納税を強いられているわけでもない。至って平和な町だ。


 太い丸太でできた壁に周囲を囲まれ元々小さい村なので少しばかりの閉塞感は覚えるが、魔物が入ってこないことを考えればそれも我慢できる。


 魔物、と言うのは、体内に魔力を宿した動植物の総称である。魔物の中には人語を理解し、人とコミュニケーションをとる者もいるが、大概の者は人とは価値観が違うためにまともにコミュニケーションをとろうとはしない。


 その中でも、強大な力を持つ魔物がおり、人間の敵になるものを魔物の王、「魔王」と呼び忌み嫌い、人間の味方をしてくれるものを「神獣」、もしくは「霊獣」と呼び崇め奉った。


 しかし、遥か昔に起きた聖魔戦争ラグナロクにより両者ともにその数を大きく減らしたそうだ。


 そして、魔力は誰の体にも流れているものだ。人は、その魔力を使って魔法と言うものを使う。


 魔法は、攻撃用、防御用、生活用などとカテゴリーされている。他にも、もっと細かいカテゴリーはあるのだが、今はこれくらいでいいだろう。とにかく、その魔法と言うものを使うには魔力と言うものが必要、とだけ覚えてくれればいい。


 閑話休題。


 ノアの町は先ほども言った通り、至って平和な町だ。


 周囲に現れる魔物もそれほど強いものはおらず、出現したとしても木の壁を乗り越えられず、周囲の警備をしている兵士に倒されて、逆にその日の晩の夕飯のおかずの一品となってしまう。


 ノアも低位の魔物ならば難なく倒せる。


 魔物の集団暴走スタンピードなどが起こらないように時折近くの森に入り魔物を間引いたりするのだが、その間引き作業にノアも同行している。


 そんな、危険とは程遠い平和な町がノアの住んでいる町だ。


「ノア~! ご飯だよ~!」


 突然、自分の名前を大きな声で呼ばれるが、ノアは驚かない。それはいつものことだし、その人の気配に気づいていたからだ。


 家の陰からひょっこりと姿を見せたのはノアの幼馴染のカレンだ。


 カレンは、薄茶色の髪を肩口まで切りそろえた髪に、少しばかりつり上がった目に黄色の瞳を宿す少女だ。


 ノアは、カレンに微笑みかけながらお礼を言う。彼女は毎朝、朝食ができるとノアをこうして呼びに来てくれるのだ。


「ありがとう、カレン」


「どういたしまして。って、毎回思うんだけど、ノアはよく飽きないわね」


 少しばかり呆れたようにそう言うカレン。何に対して飽きないと言っているのかは長年の付き合いで察している。それに、時たま似たようなことを言われるのだ。


 ノアは苦笑しながら答える。


「それ、たまに言われるけど、いつも同じこと言ってる気がするな」


「そうね、いつも「兄ちゃんとの約束だからね」……って、言ってるわね」


 ノアがカレンの言葉にかぶせて言うと、カレンは苦笑しながら続けた。


 そう、ノアが毎朝準備運動を欠かさないのは、今はこの町にいない兄、ゼムナス・ルーヴとの約束だからだ。


 先ほども言ったが、ゼムナスは今この町にはいない。と言っても、定期的に手紙が届くので安否不明の行方不明と言うわけでは無い。


 ゼムナスは今、王都にいる。


 ゼムナスは、王都で『纏鎧士てんがいし』として日々責務をこなしている。と言っても、最近では出撃回数が減って事務仕事ばかりで体がなまると手紙でぼやいていたので、『纏鎧士』としての仕事はあまりできていないらしい。


 『纏鎧士』と言うのは、『魔鎧まがい』を纏って戦う戦士のことだ。


 『魔鎧』と言うのは特殊な能力を持った鎧のことだ。


 『魔鎧』はそれぞれが特殊な能力を有している。それは、何もないところに木を生やしたり、土を操ったりなど使用する魔鎧によって効果は様々だ。


 その特殊能力は、魔法士が使う魔法よりも強力で、使用者の想像力により操作するので、法則性のある魔法よりも多様性がある。まあ、その多様性も使用者の想像力が貧困であれば宝の持ち腐れではあるのだが、まずそれはありえないと言える。


 『魔鎧』は希少性が高く、その数は確認されただけでも百数個しかない。


 『魔鎧』以外にも『魔剣』『魔槍』『魔斧』など魔武器と呼ばれるものがあるのだが、弾かれたときに手元から離れてしまったときなど、使用者の身体から離れると効力を発揮しなくなると言うことから、『魔鎧』よりも劣るものとされている。


 長年使いこめば、多少離れていても能力の行使は可能ではあるのだがその範囲も一メートルから二メートルほどとそれほど広いとも言えない。


 現在までで確認されている魔武器の数は五百数個だ。


 能力的にはそこまで差は無いのだが、確かに、手を離れたら即使い物にならなくなると言うのは不便である。


 だが、『魔鎧』にも不便な点はある。


 それは、誰でも簡単に鎧を纏うことができないと言うことだ。


 『魔鎧』は、手に持つだけではなく全身で纏わなくてはいけない。


 『魔鎧』や『魔武器』はその能力を行使するとき多かれ少なかれ魔力を吸収する。魔武器は能力的には『魔鎧』に劣るものの、消費魔力が少なく長時間継続して使用することができる。


 だが、『魔鎧』は能力が魔武器を勝る代わりにその消費魔力が魔武器のではないくらい多いのだ。


 だが、誰にでも纏えないと言うのはそれだけではない。確かに、必要魔力が多いと言うのはネックかもしれない。だが、それだけであれば国中探せば魔力の多いものなどすぐに見つかる。しかし、そうではないのだ。


 『魔鎧』は、人を選ぶのだ。


 これは魔武器にも言えることだ。


 『魔武器』や『魔鎧』などは使用者を選ぶ。どういう選定基準があるのかは分からないが、とにかく、選ばれなくては使用することができないのだ。


 その選定基準も、魔武器よりも『魔鎧』の方がシビアだ。


 そのため、『魔鎧』を纏えるものは既存の『魔鎧』の数と同数いるわけではなく、選りすぐられたがゆえに『纏鎧士』の数は多くは無いのだ。


 そのことから、『纏鎧士』はエリート扱いされ、国から破格の条件で雇われる。今、この国に召し抱えられている『纏鎧士』は十人。ゼムナスもそのうちの一人と言うわけだ。


 ノアは、そんなゼムナスに憧れている。


 ノアもいつかはゼムナスと同じ『纏鎧士』になりたいと思っている。そのために、ゼムナスとの約束を欠かさず実行しているのだ。


 ゼムナスとの約束は他にもあるのだが、それは今はいいだろう。


 今は、カレンの家に朝ご飯を食べに行かなくてはいけない。


「先に行ってていいよ。俺は着替えてから行くから」


 運動をしていたので体中汗まみれだ。一度着替えてから行かないと汗臭いだろう。何より、汗でシャツが肌に張り付いていて気持ちが悪い。


「それじゃあ、待ってるわよ」


「いいよ、先に行ってて。待ってもらってちゃ悪いから」


「どちらにしろあなたが来ないとご飯が食べられないんだから、待ってても先に行ってても変わらないわよ。これもいつも言ってる」


 確かにそうなのだが、なんだか待ってもらっていると思うと申し訳ない気持ちになってくる。


 そのため、先に行っていてほしいのだが、結局はカレンに言い負かされていつも待ってもらっているのだ。


 結局、今日もノアが折れ、カレンに待っていてもらうことになった。





 ノアは、彼女を待たせすぎるのは悪いと思い家に入ると体を水拭きして早々に着替えをすませる。


 朝ご飯をご馳走になったらそのまま仕事に向かうので、仕事道具一式を持ち外に出る。


「ごめん。お待たせ」


「いつも言ってるけど、そんなに待ってないわ。それじゃあ、行きましょう」


 何でもないふうにそう言うと、カレンは歩き始める。ノアはその後ろを黙ってついて行く。いつもと変わらない行動だ。


 ついて行くと言っても、カレンの家はすぐ隣だ。ものの数歩で目的地に着くと、カレンは玄関の扉を開ける。


「ただいま」


「お邪魔します」


「おかえり。ノア君もおかえり~」


 カレンの母親、エレンが柔和な笑みを浮かべながら二人を迎える。


 迎えられたノアは、「いらっしゃい」ではなく「おかえり」と言われ、自分を家族の一員のように迎え入れてくれるエレンの言葉に、照れくさくなり視線を下げて頬をかく。


 このエレンの挨拶もいつも通りの事なのだが、ノアは嬉しく思いながらもどこか照れくさくて一向になれる気配はない。


 それでも、嬉しいことは確かなので、言葉に出せずとも心中では「ただいま」と言っている。


 いつか、面と向かって言える日が来ればいいと思っているが、まだ恥ずかしさが先に出てしまっているので言えるのは当分先のようだ。


 そんな様子のノアにエレンは気付いているが、無理にせっつくような真似はせず、ノアが自分から「ただいま」を言ってくれる日を待っている。


 もうそろそろ言ってくれるなと確信しているので、エレンはここ最近期待している。期待分挨拶の温かさが割り増しなのはいたしかたないことだろう。


「今日の朝ご飯は、パンとシチューよ~」


 パンをバスケットに入れテーブルの真ん中に置き、シチューを底の深いお皿に入れ三人分テーブルに用意する。


 ノアとカレンもそれを手伝ったあと、三人は席に着く。


「それじゃあ、食べましょうか~」


 いつも通り、エレンのおっとりと間延びした声を聞き食べ始める。


「そう言えば、カイルさんは仕事?」


 カイルとはカレンの父親だ。


 カイルは、この町で兵士をしている。朝この時間にいないとなると今日は朝から警邏けいらが入っているのだろう。


「そうよ~。あくびをしながら出てったわ~」


 エレンが微笑みながら言う。どうやら、ノアの予想は正しくカイルは朝の警邏に行っているようだ。


「そう。それじゃあ、この後会うのか」


「って言うことは、今日は間引きの日なの?」


「うん。楽しみにしてて。今日も大物捕まえてくるから」


「まあ! それじゃあ、今日も腕によりをかけてご飯作っちゃうわね~」


「うん。楽しみにしてる。けど……」


 カレンはそこで表情を少しばかり曇らせると、不安げな表情でノアを見つめる。


「無茶だけはしないでね? 怪我とかしたらやだよ?」


「分かってるよ。無茶はしない」


「なら、いいけど」


 カレンは、ノアが間引きの日になると必ずこのような言葉をかけてくる。


 本心ではノアに行ってほしくないのだが、ノアはゼムナスのように強くなることを望んでいて、そのためには実戦経験を多く積んでおかなくてはいけないと言うのも理解している。そのため、引き留めることはせず、無茶はしないようにと言葉をかけるだけに留めているのだ。


 ノアもそこのところを理解しているので、実戦で無茶なことはしないようにしている。


 命あっての物種だし、なによりカレンが悲しむ顔を見るのは心苦しい。ついでに、大怪我をしてしまうと治療にお金がかかるし、それに伴い修行ができなくなってしまうからだ。


 それに、王都にいるゼムナスにも心配をかけたくはない。


 ノアが怪我をしたことをゼムナスが知れば大量に薬草やらなにやらを送り付けてきて、しまいには仕事を放り出して治療師を拉致して帰郷してくるのだ。


 これは例えでもなんでもなく、一度大怪我をしたときに実際に実行したことなのだ。


 拉致された治療師のお姉さんはゼムナスの部下らしく、一流の腕を持っていたが、ゼムナスが『纏鎧』して鎧を纏い、王都から本来であれば馬車で一週間かかる道を休まずに一日で駆けってきたためにグロッキーになってしまい、体調の回復のために一日床に伏せっていたため、ノアの治療が一日遅れてしまった。


 その姿を見て、ノアは治療師のお姉さんに同情し、無茶をした自分を棚に上げて無理をしたゼムナスを滾々(こんこん)と説教した。


 説教をされてしょぼくれたゼムナスに「でも、心配してくれてありがとう」と言ったらこれでもかと言うほど喜ばれた。ノアはそうしてゼムナスからの説教を免れたわけなのだが、全快したのちにカレンからいつもより割り増しで説教をされたのであまり意味はなかった。


 とまあ、そんなこともあり、ノアは大怪我をしないために無茶をしないでいる。


「大丈夫だよ。いつも通り怪我しないで帰ってくる」


「……約束だよ?」


「うん。約束」


「……約束破ったら、買い物付き合ってもらうから。全部ノアのおごりで」


「え、あ、それは……も、問題ないよ! うん! 大丈夫! 怪我して帰ってきたら買い物付き合うよ!」


 全部おごりと聞き、返事を詰まらせていると、カレンが不満げに頬を膨らませジト目をむけてきたので、慌てて肯定する。


 すると、現金なもので、カレンはすぐに笑顔になる。


「全部おごりなのも忘れないでね?」


「も、もちろんだよ……」


 大丈夫かな? お金あるかな? と心配になってくるノア。兄が国に仕えるエリートなのだが、仕送りはしてもらっていない。自分で稼いで生活していきたいと思っていたので断ったのだ。


 ゼムナスには、一緒に王都で暮らそうと言われたのだが、カレンが泣きそうになりながら引き留めたのでノアはこの村に残っている。一人暮らしと言うことでかなり心配したゼムナスなのだが、食事などの面倒は自分たちが見るとエレンとカイルに言われ、カレンが悲しむからお願いできないかしらと困った表情でエレンに言われてしまえば、今まで面倒を見てもらった手前了承するほかなかった。


 それに、王都に行けばノアの知り合いは自分だけになってしまう。日中は職務があり自分も家にいられない。そうなると、自分は王都に知り合いがいるが、知り合いのいないノアには淋しい思いをさせてしまうことになる。


 王都には学院があるのだが、ノアはまだ入学できる年齢ではなかった。


 それならば、ノアはこの町に残した方がいいだろうと考えたのだ。


 せめて仕送りだけでもしたかったゼムナスなのだが、それも断られてしまった。それならばと思い給与をもらうとエレン宅に毎回食費やらなにやらと仕送りをしているのだ。


 このことをノアも知っているのだが、そのお金は生活費であって娯楽費ではないし、そもそもカレンの家に送られた仕送りなので使うつもりはさらさらなかった。


 そのため、自腹を切るしかないノアが、一体いくら使わされるのかと戦々恐々としてしまうのも無理なからぬことだろう。


「それじゃあ、買い物楽しみにしてるね?」


「……カレン、その言い方だと俺が怪我してくるのを楽しみにしているように聞こえるのだけど?」


「まさか! そんなことないよ! ただ、怪我したら覚悟してねってことだよ!」


「そうならいいんだけどね……」


 始終笑顔なカレンにジト目を向けるノア。その様子を、エレンは微笑まし気に頬を緩めながら見ていた。


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