▼97▲ サンタを信じる子供
三日連続でひたすら同じ単純作業をさせられたグレタは、その甲斐あってか、この巨大丸太の振り子をギリギリまで引き付けてから回避する技術に関して、かなりの所まで上達し、
「十分慣れた様なので、いよいよ明日から丸太を掌で打つ修練に入る」
その日の修行の終わりに、次の段階に移る許可をエイジン先生から与えられる事となった。
「ついに最後まで来たって訳ね。この修行を極めれば、古武術の奥義を会得出来るんでしょ?」
この修行に全く疑いを抱いていない様子で、グレタがエイジンに確認する。
それは、「いい子にしてれば、サンタさんが来てくれるんでしょ?」、と真剣な眼差しで親に尋ねる子供の様であった。
「極められれば、な」
淡々と答えるエイジン先生は、「いい子にしてれば、ね」、と子供の夢を尊重してあえて嘘をつく親の様。
嘘をついた親は、その責任を取って自らがサンタとなり子供の夢を守ろうとしてくれるが、エイジン先生の方も、自分を捨てた男とその男を奪った女への復讐を諦めさせて結果的にグレタの身の安全を守ろうとしてくれているという点で、似ていると言えなくもない。
ただし、親は子供の為にお金を払って密かにプレゼントを用意し、エイジンはグレタから密かに大金を騙し取ろうとしている点では、似ているどころか対極にあるのだが。
「あと五日で極めてみせるわ」
グレタは嬉しそうにエイジンに宣言した。
まるで、「クリスマスまで、わたし、いい子にする」、と親に宣言する子供の様に。
「そして六日目、結婚式の当日に、あの二人を病院送りにするの」
まるで、「そしてクリスマスの夜に、サンタさんからプレゼントをもらうの」、と親に宣言する子供の様に。
その後、修行場を後にしたエイジンが、
「グレタ嬢も、小さい頃は無邪気にサンタクロースを信じてたのかもな」
しみじみと言うと、アランは首を横に振り、
「こちらの世界には、サンタクロースもクリスマスも存在しませんから」
身も蓋もない事を言って笑った。
ちなみにエイジンのいた世界では、クリスマスの存在しない世界に行きたがる人も多い。




