▼92▲ 古武術詐欺の完成予想図
「明日も丸太をかわすだけの修行を続ける。掌で打つのは、丸太の速度に十分慣れてからだ」
エイジンはグレタにそう言い渡し、その日の修行を終えさせた。
「ジェームズとリリアンの結婚式は一週間後よ。そんな悠長な事で間に合うの?」
グレタが問うと、
「一週間はギリギリの線だろう。きちんと古武術の奥義を習得したいのであれば、復讐にこだわらず、もっと時間を掛けてじっくり修行をするべきなのだが」
と答えて、暗に復讐の放棄を促すエイジン先生。
「ギリギリ大丈夫って事ね。安心したわ」
師匠の言葉から、自分の都合のいい所だけ抜き出すグレタ。
エイジンはその答えを肯定も否定もしないまま、アランと修行の場を後にした。
「あんな風にわざとこちらの言葉を曲解して強調してみせるのも、信念がぐらついている証拠さ」
エイジンがアランに解説する。
「実際は一週間どころか、永遠に習得出来ない訳ですからね。信念がそのままぐらついて倒れてしまう事を祈ります」
アランが主人の信念を、まるで棒倒しの棒の様に言う。
「復讐を諦めさせるには、復讐の無意味さを説く一方で、その行き場のなくなった信念の落とし所が別に必要になって来る。今回の場合、『復讐の為の修行』から『修行の為の修行』にシフトさせる事で、その落とし所とするつもりだ」
「『修行の為の修行』というのは、無限に無意味な修行をさせ続けるって事ですか」
「ああ、子犬が自分のしっぽを捕まえようとしてグルグル回り続ける様に、『私は古武術を極める』と念じ続けながら、永久に終わる事のない修行の為の修行に励んでくれれば、誰にも迷惑は掛からないだろ」
「古武術詐欺の完成ですね」
「そして俺は、『よいか、一生を通じて古武術を極めるのだぞ』とか適当に言って、報酬の一千万円をもらってずらかるから、後はよろしく」
「よろしくと言われても困るんですが」
アランは困惑気味に答え、
「そもそもこの計画自体、そんなに上手く行くかどうか」
「完成予想図通りに事が運ぶとは限らないさ。不確定要素がいくつか出て来て、修正が必要になるかもしれない。だが大筋はこれで行く」
「いえ、それ以前にこの計画には、どこか根本的な欠陥がある様な気がするんです。それが何なのか、はっきりとは分からないんですが」
「分かったら教えてくれ。すぐに修正を加えるから」
呑気にそう言うと、エイジンはアランと別れて小屋へと向かった。




