▼91▲ 糸で吊るした五円玉
その日もグレタは、巨大丸太の殺人振り子から身をかわすだけの修行に専念させられた。
ただし、単調な作業の繰り返しの合間にはこまめにインターバルが取られ、その間エイジン先生による、
「復讐は何も生まない」
「復讐は虚しい」
「復讐は愚か者の所業」
「復讐は人を弱くする」
「復讐は心を蝕む」
「復讐は長い目で見れば損」
「復讐は時間と金の無駄」
「復讐する位なら俺に金をよこせ」
などといった、しつこい説得がグレタに施される。
最初はそれらに、
「うるさいわね、私はやると言ったらやるのよ」
一々反論していたグレタだったが、修行が進むにつれて、
「あー、はいはい、もう聞き飽きたわ」
と流す様になり、やがて無反応になって行った。
「やっぱりグレタお嬢様は、頑としてエイジン先生の言う事を聞こうとしてくれませんね」
グレタに聞こえない所でアランが心配そうに言うと、エイジンは逆に自信ありげな顔で、
「いや、かなり効いてるぜ。糸で吊るしたコインを使う催眠術は知ってるか?」
「相手の目の前でコインを揺らして、『あなたは段々眠くなーる、眠くなーる』ってアレですか」
「ああ、単調なリズムの繰り返しで思考力を低下させておいてから暗示に掛けるアレだ。今グレタにやらせてる事は、正にアレを巨大化した様なものだ」
「丸太が揺れるのに合わせてその軌道に出たり入ったりするのは、確かに単調なリズムの繰り返しですね」
「単純作業の繰り返しで思考力を奪っておいて、その合間合間に俺が同じ事を延々と吹き込む事で、徐々にグレタ嬢を説得するって作戦さ」
「グレタお嬢様を丸太で催眠術に掛けていたんですか」
「最初は抵抗していたのが、段々無反応になって来ただろ。このまま続けて上手く行けば、いずれオちるのも時間の問題だ」
「催眠術というより、警察の取り調べみたいなんですが」
「似たようなもんだろ。あれは身に覚えがない事でも、段々『何か本当に自分がやった様な気になって来た』、と思えて来るらしい」
「自白の強要は冤罪の温床ですね」
「ま、俺はプロじゃないから、本当を言えば、そこまでグレタ嬢を追い込めるかどうかは分からないけどな。だが、ここまで来たらひたすら説得を続けるだけだ」
「説得の域を超えてますね。もはや立派な洗脳です」
別の意味で心配になって来たアランだった。




