▼89▲ 議論からの寝落ち
「親同士が決めだけの婚約者とは言え、ジェームズ様に一方的に裏切られたグレタお嬢様は、やり場のない怒りをどこにぶつければいいと言うのですか」
エイジン先生の抗議を無視して、ベッドにもぐり込んで来たイングリッドが、何やら熱く語り始めた。上半身裸で。
「もう十分ぶつけたと思うが。ジェームズ君もリリアン嬢もフルボッコにされた訳だし」
淡々と答えるエイジン。
「その後、グレタお嬢様はリリアン嬢に古武術の奥義でK.O.されました」
イングリッドは布団の中で、自分の足先をエイジンの足先にくっつけながら言う。
「自業自得って言わないか、それ。『ジェームズ君を取り戻したければ自分を倒してみろ』と挑発した結果だろ。惚れた男を全力で取り戻しに来る女と、元より愛のない男を意地で繋ぎ留めてるだけの女がやりあえば、どうなるか位分かりそうなもんだ」
エイジンはイングリッドの足先から自分の足先を逃がす。
「グレタお嬢様に、負けっ放しで終われと?」
イングリッドの足先が、なおもエイジンの足先を追ってくっついて来る。
「何だったら双方合意の上、試合を正式にやってもいい。ただし、安全に配慮したルールの下、きちんとした審判を付けてな。その際、古武術の奥義は危険過ぎるから禁止。それと、さっきからあんたの足が邪魔なんだが」
「リリアン嬢には古武術の奥義を使わせておいて、それっきり禁止では、グレタお嬢様がやられ損ではないですか」
イングリッドは足先をエイジンの足先からどけようとしない。それどころか、足先で足先を撫で始める始末。
「禁止しないと、グレタ嬢がリリアン嬢に二発目を食らう可能性の方が高いんだが。それと足を動かすな」
「そうならない様に、エイジン先生が指導しているのでしょう」
イングリッドは足先の動きを止めたが、くっつけたまま離れようとはしない。
「一番いいのは復讐そのものを諦める事だ。二発目も三発目も食らわずに済む。それとそろそろ眠くなって来た」
「エイジン先生は、損得を超えたどうしようもない気持ちというものを、理解してあげられないのですね」
「それ以前に、眠いと何も理解出来なくなるんだが」
それから少し会話を続けた所でついにエイジンの意識は落ち、次に気が付いた時は翌朝になっていた。
イングリッドも昨晩の状態のままエイジンと向かい合って寝ており、明るくなったので布団の隙間から覗く露わな胸が、一層はっきり見えてしまっている。
が、そんな胸より、くっつけたままの足先と、いつの間にかエイジンの着ている作務衣の袖を掴んでいた指先の方が気になったらしく、
「親にくっついて寝る幼児か、こいつは」
と、呟くエイジン先生。
幼児にしては胸が成長し過ぎているが。




