▼87▲ ものまね芸人がものまねする対象に抱くリスペクトの真偽
「今晩はカニ鍋にしてみました」
何事もなかったかの様に金髪縦ロールのウィッグを外したイングリッドが、タラバガニを椎茸、ネギ、白菜、大根などと一緒に煮込んだ大きな土鍋を、でん、とテーブルに据えた。
「おお、豪勢だな。もちろん最後はカニ雑炊にするんだろ?」
エイジン先生もカニを前にして興奮したのか、何事もなかったかの様にイングリッドに尋ねる。
「はい。まずはこのままご賞味ください。投入するご飯は別に用意してあります」
その後、二人はカニを食べるのに専念する余り、いつもより口数の少ない時間を過ごし、具をあらかた食べ尽くした土鍋の中にご飯と溶き卵を投入して再加熱、ダシのきいたカニ雑炊にしてシメた。
「ふぅ、美味かった。こんなにカニを食ったのは久し振りだ」
「よく言われる事ですが、食べている最中に会話がなくなるのが難点ですね」
「会話ならいつでも出来るだろう。と言っても、こうしてあんたと話が出来るのも、あと一週間位だが」
「一週間後に、エイジン先生が元の世界に帰っているとは限りません」
「だが、役目が終われば、俺がここにいる必要もない」
「グレタお嬢様に気に入られれば、ずっとここに引き留められる事もあり得ます。現に大層お気に入りの様ですし」
「どうかな。今もかなり無茶な修行をさせてるから」
「関係ありません。エイジン先生と修行している時、グレタお嬢様は本当に楽しそうにしていらっしゃいます」
「楽しませる為に修行させてる訳じゃないぞ。今日も下手をすれば死にかけた」
「何があったのです?」
エイジン先生が、今日起こったグレタと丸太との衝突未遂事件について説明すると、
「あまり、グレタお嬢様を危険な目に遭わせないでください」
と、イングリッドが心配した口調で釘を刺す。
「主人思いなんだな」
「無論です」
「なのに、金髪縦ロールのウィッグを被って主人を茶化す真似をしたのか。あまつさえ下のウィッグまで使って」
「口を慎んでください。グレタお嬢様への侮辱は、エイジン先生といえども許しません」
「なんで俺がやった事の様になってるんだよ」
エイジンの抗議を無視して、イングリッドはテーブルの上を片付け始める。
「グレタお嬢様は、気丈に見えて内面は非常に傷付き易い方です。どうか誠意を以て優しく接してあげてください」
思いっきりグレタの名誉を傷付けたメイドが何かほざいていた。




