▼82▲ 悪役令嬢の悲哀
「ただ、グレタ嬢も三週間前に比べて、復讐にそれほどご執心でもなくなって来た様な気がする」
そんなエイジン先生の意見にアランも、
「私もそう思います。特にこの一週間でかなりそれが顕著になった感じです」
と同意する。
「口では物騒な事を言っているが、引っ込みがつかなくなって強がっている様にも見える。復讐に取り憑かれた人間ってのは、普通もっと狂気を帯びてるんだが、今のグレタ嬢にはそれがない」
「無意味な修行も、こちらの意に反して結構楽しそうにやってましたね」
「元々、婚約者のジェームズ君に惚れてた訳でなし。ここからは俺の想像なんだが」
「何です?」
「悪役令嬢ってのは、基本憎まれ役だ。憎まれる事に慣れてるが、それは憎まれても平気って事じゃない。憎まれている分だけ、心の底では愛される事を渇望してたりする。だったら愛される様に行動すればいいものを、それが出来ないもんだから、余計苛立ってさらに憎まれるという悪循環に陥ってる」
「不器用な性格ですね」
「もちろん、中には悪役令嬢を通り越して悪の組織の大首領みたいな奴もいるが、そのクラスになると婚約破棄された位でおいそれと動いたりしない。大聖人と大悪人は一枚の紙の表と裏だ」
「つまり、グレタお嬢様は」
「心の制御が出来ない、悪役としては小者の部類だ。最初にジェームズ君とリリアン嬢をフルボッコにしたのも、痴情のもつれと言うより、身近な人間に裏切られた悲しみが大きかったんだろうな。『お前まで私の存在を否定するのか』、と心の中で泣きながら、相手をボコボコにしてたんだ」
「そういう風に考えると、悲しい話ですね」
「プライド高いから、そう言ったら怒るだろうけどな。だが、そんな悲しみは長続きしない。相手に悪意がない事は重々承知してるだろうし、他に愛する人が出来てしまった、元々惚れてもいない男と結婚した所で、幸せになれるはずもない」
「でも、復讐を口にした以上、後には引けなくなってしまったと」
「だから暴走を止めるには、それなりの落とし所を用意してやればいい。ここまで来たら後一押しだ。さて後九日で、どうやって騙くらかして丸め込んでやろうかな」
「エイジン先生の方が、悪の組織の大首領っぽくなってます」
やはり、詐欺師はどこまでも詐欺師だった。




