▼81▲ 勝利条件の再確認
明日に備え、お笑いバラエティー番組なら差し詰め「恐怖! 人間除夜の鐘!」とでもキャプションを付けそうな、巨大丸太を使った修行装置の点検にやって来た、エイジン先生とアラン。
夕暮れの空に、首をもたげた四つのクレーンが丸太を吊っている姿がシルエットとなって浮かび上がり、何とも言えない幻想的な効果を醸し出していたが、この大層な装置の目的は大バカそのものである。
水平に吊られた丸太を二人で揺らし、その動作に何も問題がないことを確認してから、
「思えば、もう修行を始めて三週間か。月日の経つのは早いもんだ」
しみじみとエイジンが言う。
「そして残り九日しかありません。日一日と不安が大きくなって来ます」
アランがそう言ってため息をつく。
「やっぱり、職を失うのが怖いか」
「エイジン先生には悪いですけど、底なし沼に突き落とされた様な気分です。足元からズブズブと沈んで、もう胸の辺りまでハマってしまっている感じで」
「底なし沼にハマったら、もがかずに落ち着いてゆっくり這い出れば脱出出来るって話だぜ。それに安心しろ。お前が解雇される可能性は低い」
「どういう事です?」
「さっきグレタ嬢は、古武術の奥義を習得出来なくとも結婚式を襲撃する、って息巻いてただろ。俺が古武術マスターであると信じ切ってる、つまりアラン君に落ち度がないと思っている証拠だ」
「確かに」
「アラン君の仕事は『古武術マスターの召喚』で、それ自体は上手く行ったのだから、もう咎められる心配はない。騙し通しさえすれば、な」
「このまま最後まで、『エイジン先生が古武術マスターであると、グレタお嬢様に思わせておく事』が、私達の勝利条件なんですね」
「そう。『グレタ嬢が復讐を諦める事』が最良だが、必ずしも最良の勝利条件だけが唯一の勝利条件じゃないって事を、よく認識しとけ」
エイジンは丸太をポンポンと叩き、
「そうすれば、『説得するのに、あと九日しかない』じゃなくて、『あと九日だけ騙し通せばいい』になって、幾分気も楽になるだろ?」
と言って、笑って見せた。
「何と言うかその、狐につままれた気分です」
「はは、色々な事をごっちゃにしてるから混乱するんだ。各人の利害を切り分けて考えれば、自ずと最適解が見えて来るってもんよ。アラン君だけについて考えてみるならば、事態はそんなに悪くない。ただ問題は」
「問題は?」
「グレタ嬢だ。俺達はこのまま騙し通しさえすればいいんだが、その場合九日後に、グレタ嬢が返り討ちに遭って大ケガをする事になる。自業自得と言えば自業自得なんだが、出来れば助けてやりたい」
「結局何だかんだ言っても、優しいんですね、エイジン先生は」
アランがそう言って微笑む。
「だから、修行中に事故を装って、グレタ嬢に全治一ヶ月位の大ケガを負わすのも手かな、と」
「助けてやりたいんじゃなかったんですか、エイジン先生」
どっちにしても、大ケガする可能性が高いグレタだった。




