▼80▲ 結婚式の重さ
エイジンとアランが稽古場に着くと、グレタ嬢はすっかり慣れた手付きで紙風船を弾きながら、
「明日には、この修行を終えるわ」
と言い、宣言通りその日は二百三十個目、次の日にはついに三百個目の紙風船を膨らませ終え、
「これで最後よ」
と、その最後の一個をエイジンの方に弾いた。
エイジンはそれを受け止めて、
「では、いよいよ明日から丸太を使う修行に入る。本来ならもっと時間を掛けて行うべき所だが、残された時間も少ないので、かなり危険なものにせざるを得ない」
と、言い渡す。
「望む所よ。あの裏切り者と泥棒猫の結婚式が九日後。式が始まる前に、この手で天誅を加えて、二人共祭壇に立てなくしてやるわ」
右手の掌をエイジンに見せ付けながら凄むグレタだが、それがさっきまで紙風船をポンポン弾いていた掌だと思うと妙におかしい。
「結婚式当日を差し引けば修行期間はあと八日しかない。八日間でこの古武術の奥義を会得出来るかどうかは、極めて微妙な所だ」
「大丈夫よ。あの泥棒猫は、私と同じ条件で会得したじゃないの」
「一応聞いておくが、もしジェームズとリリアンの結婚式当日までに奥義を会得出来なかったらどうする?」
グレタはエイジンの顔をぐっと睨んで、
「絶対会得するから意味のない質問だけど、その時は古武術の奥義を使わずに、あの二人を襲撃するまでだわ」
と、特攻の決意を表明した。
「まあよかろう。せいぜい巨大丸太に吹っ飛ばされない様に気を付ける事だ」
そう言って、エイジン先生はアランと稽古場を後にし、少し歩いてから、
「このままだと九日後に、グレタ嬢はリリアン嬢にほぼ百パーセント返り討ちに遭って再起不能エンドだな。そうなる前にいっそ巨大丸太で吹っ飛ばした方が、情けというものかもしれん」
と、あっけらかんとした調子で言う。
「そんな外道はしない、って言ってませんでしたか、エイジン先生」
アランが心配そうに言うと、
「グレタ嬢が修行そのものを諦めない以上、『古武術の奥義を会得出来なかったら延期』の方向に持って行きたかったんだが、あの様子じゃ見切り発車するつもりだぜ」
「グレタお嬢様にとって、それだけ結婚式の持つ意味が大きいのでしょう」
「つくづく女の発想だな。男だと、『式なんて面倒くせえだけだ』、位の感覚なんだが」
「同感ですが、奥さんにそれを面と向かって言ったら激怒されるでしょうね。中にはあまりこだわらない女性もいるかもしれませんが」
「アンヌは激怒するタイプか」
「いや、泣かれると思います。で、一生恨まれるかと」
惚気とも恐妻ともつかぬ発言をするアラン。一応幸せなのだろうが、羨ましいかと言われると微妙なラインだ。




