▼08▲ お嬢様と詐欺師
広い敷地の一画にある体育館にしか見えない建物に、エイジン、アラン、アンヌが予定時間きっかりに現れると、ウォームアップを終えた、上は赤いTシャツ、下は黒いスパッツに紺の短パン姿のグレタが、腰に手を当てて偉そうに待ち構えていた。その見事な金髪は後にまとめていたが、縦ロールの一部は顔の横に名残を留めており、悪役令嬢である事が誰にでもすぐに分かる様になっていて、とても親切である。
「事情はこの二人から聞いた。古武術を習得したいという事だったが、正直一ヶ月では難しいぞ」
エイジン先生が、さも古武術マスターであるかの様に、知った風な口を利く。
「あの泥棒女は一ヶ月で習得したわ。なら、私にだって出来るはずよ」
仮にも師匠として招いた相手に対し、あくまでも高飛車な態度を崩さないグレタ。
「そもそも、古武術は痴話喧嘩に用いる様な安っぽいものじゃない」
そう言われて少しムッとした様子のグレタだったが、すぐに意地悪そうな笑みを浮かべて、
「それは、あの泥棒女に言ってくださらない? 最初にその『痴話喧嘩』に古武術を使ったのは向こうなのよ」
「いずれ機会を見て、リリアン嬢とその師匠には厳重に注意するつもりだ。下手をすれば、あんたは今頃死んでいてもおかしくないんだからな」
「だったら、私が古武術で対抗しても、正当防衛、ですわね?」
「どうしても学びたいと言うのか」
「もちろんですわ。その為に手間暇掛けて、あなたをこの世界に呼んだのだから」
「修行は辛いぞ」
「覚悟の上よ」
「では、教えるが、修行が辛くて嫌になったら、すぐにやめる事。これだけは約束してくれ」
「約束するまでもないわ。絶対やめないもの」
そう言って、グレタは右手を差し出して握手を求め、エイジンはそれを握り返す。
その時、グレタが少し怪訝そうな表情になり、
「随分きれいな手をしてるのね」
と、エイジンを探る様な目で見た。
それを見ていたグレタの格闘術のインストラクターであるアンヌの顔が、さっと蒼ざめる。
グレタの言いたい事は、
「武術に携わる者にしては、随分きれいな手をしてるのね」
であるのは明らかだからだ。
不安な表情丸出しのアンヌをよそに、エイジン先生は顔色一つ変えず、
「それが何か?」
と自信たっぷりな様子で言い返す。
しばらくエイジンを見詰めていた後で、グレタは、
「いいわ。時間もないし、早速修行を始めてちょうだい」
と言って握手を解いて離れた。
後でアンヌにこの時の事を聞かれたエイジン先生は、
「あの位のハッタリは基本だよ。具合の悪い事を突っ込まれても、一々動揺するんじゃない。いっそ『そういうものだ』と開き直れ」
と事もなげに言うのだった。
詐欺師だ、詐欺師がいる。