▼79▲ 追加された懸念事項
「グレタお嬢様は昨日、百七十個目まで紙風船を膨らませ終えられました」
稽古場に向かう途中、アランがエイジン先生に報告する。
「ペースが順調に上がってるな。三百個達成まであと三日、いや下手すると二日ってとこか」
エイジンはたいして気にしていない様子で、淡々と言う。
「もはや紙風船を手で弾いて膨らます事にかけては熟練工の域に達しています。でもやっている事には何の意味もないので、懸命に取り組んでいる姿が却って哀れを誘いますが」
「深夜ラジオのハガキ職人みたいなものだな。まあ、それもまた青春の一ページさ」
「青春のページの無駄使いですね」
「元々青春なんてそんなもんだろう。そもそも『リア充カップルを襲撃する為の修行』という目的からして、色々間違ってる」
「そういう言い方をされると、本当にこの一連の修行の虚しさが分かります。次の修行に至っては、無意味な上にやたらと危険ですし」
「モルモット役のイングリッドも、昨日は流石に疲れたみたいだぜ。いつもの様に俺のベッドに全裸でもぐり込んで来なかった」
「その言葉だけ聞くと、エイジン先生達の方がカップルみたいなんですが。それも上にバの付く」
「それ以前に、メイドの上にダが付いているのをどうにかして欲しい。最初は格闘家として俺を挑発していたんだろうが、今やただ変態行為そのものを楽しんでいる節がある。街角でコートの下の裸を女子学生に見せて喜ぶ変質者と変わらなくなってきたというか」
「一度被害に遭った身としては、笑えません」
「アランとアンヌに証言してもらって、俺の担当から外させる事も出来そうだが、例の修羅場の一件でアンヌが情緒不安定になってるから、俺の方で引き受けてた方がそっちも都合がよかろう」
「何の話です?」
「実態はともかく、イングリッドが俺と仲良くしていれば、アンヌは愛しのアラン君をダメイドに取られる心配がないから安心していられる、って事だ」
「人身御供になってくれていたんですか」
「共犯者であるお前達二人の間にいざこざが生じると、作戦に支障が生じかねないからな。もっとも、俺が元の世界に帰った後にどうなるかは知らんが」
「もう少しこの世界に滞在していきませんか、エイジン先生?」
例の修羅場の夜のアンヌの剣幕を思い出したのか、少し震え声で提案するアランだった。




