▼77▲ ロマンのさじ加減
小屋の前まで来ると、ようやくイングリッドはホールドを解き、
「ありがとうございました、エイジン先生。料理の前に汚れを落とさなければなりませんので、しばらくお待ちを」
と言ってエイジンの背中から降りたが、その動作に疲れた様子は全く見られない。
「今日は疲れたろう、夕食は俺が作」
「もう下ごしらえは済んでいますので、余計な事はしないでください」
もちろんキッチンの主導権は絶対に譲ろうとしないまま、イングリッドはバスルームへ入って行った。
エイジンがしばし居間で寛いでいると、シャワーを浴びてさっぱりしたイングリッドが、
「お待たせしました。エイジン先生がシャワーを終えるのに合わせて、夕食を用意します」
まっ白なフリフリのエプロンを着けてバスルームから出てきた。下は全裸。いわゆる裸エプロン。
「戻ってちゃんと服を着ろ」
無表情でバスルームを指差すエイジン。
「裸エプロンの女性に手料理を振舞われるのは、男のロマンと聞きましたが」
「世の中には妄想だけで留めておいた方がいいロマンが一杯ある。実際にやると虚しくなる事の方が多い」
「経験済みでしたか。ご自身で」
「何が悲しくて、俺が裸エプロンをやらなきゃならんのだ」
「では彼女にやってもらったのですね。参考までに、その時のプレイの話を詳しくお聞かせください」
「プレイ言うな。そもそも彼女がいねえよ」
「分かってて聞きました」
「失礼だな君は。それでも名家のメイドか」
「名家のメイドともなると、エスプリの利いた小粋なジョークも心得ているのです」
「エスプリに謝れ。こんなあからさまなエロネタ、今時深夜番組でもやらんわ」
「冗談の通じない人ですね」
大げさに肩をすくめて、尻丸出しでバスルームに戻って行くイングリッド。
すぐにいつものエプロンドレス姿になって、エイジンがシャワーを浴びている間に、自家製チャーシューと味付き玉子の入った醤油ラーメンを手際よく用意し、一緒にテーブルについてから、
「疲れた後は、塩気のあるものが恋しくなるものですね」
何事もなかったかの様にしみじみと言った。
「途中に不必要なロマンを無理矢理入れようとしなければ、いいメイドなのにな」
エイジン先生もしみじみと言う。
残念美人というジャンルは確かに実在し、見ている方を本当に残念な気分にさせる。




