▼75▲ 交通安全教室におけるダミー人形の悲哀
昼の休憩時間になり、ひたすら紙風船を膨らませ続ける作業を一旦中断し、稽古場を出てエイジン達のいる場所までやって来たグレタは、四台のトラッククレーンで水平に吊るされた巨大な丸太を見てしばし絶句した。
「ここで修行を諦めたとしても、誰も君を責めはしない。いや、潔く諦めるのも立派な事だ」
そんなグレタに近寄り、重々しい口調で諭すエイジン先生。
その言葉に、ハッと我に返り、
「諦めないわ。試しに今、やってみてもいいかしら?」
一目見て危険だと分かる、このバカバカしい装置への挑戦を決意するグレタ。リアクション芸人の鑑である。
「待て。その前にマネキン人形を使って、この丸太の威力を見せてやる」
そう言ってエイジン先生は、黒いジャージを着せられた女性のマネキン人形を、吊り下げた巨大丸太の前に立たせた。なぜかマネキンはグレタの様な金髪縦ロールのウィッグを着けており、偉そうに両手を腰に当てて胸を張っている。
エイジン、アラン、アンヌの三人で、巨大丸太をマネキン人形と逆の方向に引っ張って行き、鐘を突く要領で勢いよく反動を付け、持ち手のロープを離す。
当然、巨大丸太は恐るべき殺人振り子となって、マネキン人形と正面衝突。人形は一瞬で五メートル程吹っ飛ばされ、頭から外れた金髪縦ロールのウィッグが宙を舞った。
予想通りの結果ではあったが、実物の威力を目の当たりにして、思わずサッと血の気が引くグレタ。交通安全教室でダミー人形を使ったエグい事故実験を見せられた小学生状態である。
「この様に非常に危険だ。諦めた方が身の為だと思うが」
もはやギャグにしか聞こえないエイジン先生の忠告に、グレタはムキになって、
「やると言ったらやるのよ!」
と、悲鳴に近い叫びを上げた。
「お待ちください、グレタお嬢様。この装置は、まだ私が安全性を確認中です」
そこへイングリッドが横から割って入る。着ている作業着は泥だらけで、自身もかなり疲れている様子であった。
「イングリッド、一体どうしたの?」
「今日はずっと、この修行装置のモニターをしています。恥ずかしながら、丸太を避け損なって文字通り死にかけた事も何度かありました」
「え、あなた程の人が?」
「はい。修行の際にはいきなり本番でなく、丸太の振れ具合をよく観察してからの方がよいと思われます。これは私が身を以て得た教訓です」
「イングリッドの言う通りだ。今は紙風船の方に集中しろ。こちらの修行はそれが終わってからだ」
リアルダミー人形ことイングリッドの姿に説得力を感じたのか、グレタもそれ以上は意地を張らず、素直にエイジンの指示に従い、挑戦は延期となった。
とりあえず、丸太最強。




