▼72▲ 猫耳としっぽと語尾の「にゃん」
エイジン先生が小屋に戻ると、普段頭に付けているホワイトブリムの代わりに猫耳カチューシャを装着したイングリッドが、軽く握った拳で顔の横の空気をかき集める様な仕草をしながら、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
と、表情と口調だけはいつもと同じ様に出迎えた。真顔でボケる芸風は健在である。
「ただいま。あんた俺をバカにしてるだろう」
あまりの事に、無表情のまま答えるエイジン。
「ご奉仕するにゃん」
「やかましい」
「という訳で、今日はエイジン先生の趣味嗜好に合わせてみました」
「俺にそんな趣味嗜好はないんだが」
「やはりこの場合、ご奉仕とは性的な意味でのご奉仕なのでしょうか」
「そんな事より、もっと考えなくちゃいけない事が世の中には一杯あると思う」
「まったく、エイジン先生の故郷の世界は変態だらけですね」
「ある意味否定は出来ないが、少なくともこの世界の変態に言われたくない」
「とりあえず、エイジン先生に構って頂けたので満足です。渾身のボケをスルーされるのは中々悲しいものがありますから。すぐに夕食の用意を致しますので、キッチンの方へどうぞ」
そう言って、イングリッドがくるっと振り向くと、スカートの尻の辺りからしっぽも生えていたが、エイジンはこれを当然の様にスルー。
「一ついいことを教えて差し上げましょう、エイジン先生。女性はちょっとした変化に気付いて褒めてあげると喜ぶものですよ」
「つまり喜ばせたくなかったら、ちょっとした変化に気付いても褒めなければいいんだな。ご忠告感謝する」
そう言われて意地になったのか、イングリッドはその後も猫耳としっぽを付けたまま、大根おろしとスダチを添えた秋刀魚の塩焼きをメインとした夕食を用意すると、食事の間中ずっと語尾に「にゃん」を付けて会話すると言う荒業に出たが、女心の分からないエイジン先生に全てスルーされる。
「この秋刀魚、脂がのってて美味いな。焼き加減も絶妙だ」
ただし料理に関しては、エイジンも絶賛を惜しまなかった。
単にスルーの効果を強調する狙いだったのかもしれないが。
「お褒めに与り、光栄だにゃん」
しかしそんなエイジンのスルーをスルーして、イングリッドはしつこく語尾に「にゃん」を付け続ける。
その後も、意地の張り合いと化したスルー合戦はしばらく続いていた。




