▼71▲ ゆりかごから墓場行き超特急
多少の精神的動揺はあったものの、結局グレタは百二十個目の紙風船を膨らませて、その日の修行を終えた。日に日に一日当たりの生産数が上がっている。
「次の修行の具体的な内容を聞いたら、流石のグレタ嬢も少し不安になってたな。明日、修行装置の実物を見たら、もっと不安が増すに違いない。ってな訳で、このまま精神的な揺さぶりを続けて行くぞ。モノが『ニュートンのゆりかご』だけに」
「その冗談は笑えません。振り子の巨大丸太と正面衝突したら、ゆりかご転じて即墓場ですから」
稽古場を出てから、愉快そうにブラックジョークを飛ばすエイジン先生に、アランがため息をついてブラックジョークで答える。
「『ゆりかごから墓場まで』は、人の一生を象徴する例えだが、『ゆりかごが墓場』だと、『どんな一生だよ!』、とツッコミを入れたくなるな。もちろん、明日組み立てる『ゆりかご』は処刑装置じゃない。グレタ嬢をビビらせて修行を途中で諦めさせる為に、『処刑装置にも成り得る』と強調するだけで」
「グレタお嬢様の性格からいって、意地でも修行を続行するんじゃないかと思いますが」
「丸太でアバラの二、三本も折る様に仕向ければ、少なくとも襲撃予定を延期する事は出来るぜ」
「バレエ漫画で主人公のトゥシューズに画鋲を仕込む女ですか。エイジン先生の方が、まんま発想が悪役令嬢になってますよ」
「冗談だ。いくら俺でもそこまで外道はやらねえよ。第一そんな事をしたら、修行そのものを疑われちまう。詐欺の極意は、最初から最後までカモに疑念を抱かせない事だ」
「あくまでも、古武術の修行であると信じさせたまま、グレタお嬢様に復讐を諦めさせる方向に持って行く、と」
「そう。修行装置を派手にしたのは、信憑性を植え付ける為でもある。でっかい装置って、いかにもすごそうに見えるだろ? 実際はしょーもない事しか出来なくても」
「演出ですか」
「ああ、人一人騙すのにも、それ相応の手間を掛ける必要があるって話さ」
「確認しておきますが、明日装置を組み立てたら、まずイングリッドがモニターになって、安全性を入念にテストするんですよね」
「グレタ嬢の目の前でイングリッドに大ケガしてもらう、って手もあるな。お笑い芸人の目の前で爆破されるマネキン人形的な役で」
「エイジン先生、イングリッドに何か恨みでもあるんですか」
「今朝も寝床にもぐり込まれた。全裸で」
それを聞いて真っ赤になるアランに、エイジンはさらに、
「しかも、『にゃー』と鳴かれた。全裸で」
と付け加える。
どう聞いても、バカップルの惚気にしか聞こえない。




