▼70▲ 悪役令嬢の悪霊化
「明日は朝からアランとアンヌとイングリッドと俺で、次の修行に使う装置を組み立てる作業をするので、この紙風船修行は一人で進めておくように」
稽古場にやって来たエイジン先生は、既に紙風船を宙に弾き始めているグレタに、そう言い渡した。
「了解したわ」
もう慣れたもので、自分の手元を見ずに紙風船を器用に弾きながら答えるグレタ。
「誰も見ていないからといって、紙風船を息で膨らますズルはしない様に。その間、監視カメラで稽古場を撮影しておくから、すぐ見破られるぞ」
「見くびられたものね。そんなイカサマはしないわよ。で、一体どんな装置を作るの?」
「簡単に言うと、巨大な『ニュートンのゆりかご』だ。並べた鉄球の代わりに一本の丸太を吊り下げ、勢いよくスイングさせた丸太の断面を、真正面から掌で打つ」
エイジンの説明を聞いた途端、グレタの手が止まり、膨らみかけていた紙風船が床に落ちる。
「丸太はどの位の大きさ?」
「直径八十センチ、長さ三メートル。重さは約七百キロ」
「打った方が吹っ飛ぶわね」
「もちろん、勢いの付いた丸太のスイングを掌で止めるのは不可能だ。素早く打って素早く避けるのが基本動作となる」
ごくり、と唾を飲み込むグレタに、エイジン先生は続けて、
「避け切れなかったら大ケガ、打ち所が悪ければ最悪死ぬだろう」
と、あっさり言ってのける。
グレタは落とした紙風船を拾い上げ、
「古武術の奥義を会得するのは、命懸けって訳ね」
と言って、不敵な笑みを口元に浮かべてみせたが、少し表情が蒼ざめている。
「ここで復讐を諦めて、修行をやめるのも賢い選択だと思うが」
「やめないわよ。死んだって復讐を諦めるもんですか」
「死んだら、復讐そのものが出来ないんだぞ」
「あいつらの枕元に化けて出てやるわよ。二人仲良く憑り殺してやるわ」
ついに悪霊化まで企む悪役令嬢グレタ。
「頭を冷やせ。時間はまだある。まあ、修行用の装置が組み上がったら、それを見てよく考える事だ」
エイジンはそう言って、一先ずその話を打ち切った。
後でアランに、
「この世界では、死後の世界があるのか?」
と、念の為尋ねるエイジン先生。
「ないと思います。まだ死んだ事がないので、断言は出来ませんが」
心底どうでもよさそうに答えるアラン。




