▼67▲ 矛盾する二つの説得とそれを両立させるドクトリン
復讐を諦めさせる事が出来ないまま、グレタが八十個目の紙風船を膨らませた所でその日の修行は終了し、エイジン先生とアランは稽古場を後にした。
「残り二週間を切りましたが、その間にグレタお嬢様を説得するのは、無理じゃないかって気がしてなりません」
そう言って、アランが悲観的なため息をつく。
「二週間近くもあるんだから、まだまだ勝負はこれからだ」
楽観的に、もしくは他人事の様に言うエイジン。
「正直、二週間後の状況がどうなっているのか、怖くて想像出来ません。でも、どうあがいても運命の日は確実にやって来るんですから、もう不安で不安で」
「そんなアラン君に、一ついい話をしてやろう。昔、ある戦場で、絶望的な状況に耐えられなくなった兵士が銃を放り出して、『神様、どうか助けてください!』、とその場で熱心に祈り出した」
「その兵士の気持ちが、今の私には痛い程よく分かります」
「その時、その場にいた兵士の上官は慌てず騒がず冷静にこう言ったそうだ。『祈りをやめて、銃を撃つんだ』、と」
「確かにいい話です。でも、その兵士の絶望的な状況は、その後どうにもならなかったんでしょうね」
「うん、史実ではその戦争にボロ負けしてる。祈った兵士がどうなったかに至っては、何の記録も残っていない」
「いい話が、どうでもいい話になってます」
「だがな、諦めなけりゃ勝機はまだあるって事さ。一旦、こう、と方針を決めたら、状況の変化に惑わされずに、最後の最後までその方針を貫こうとする精神が肝要なんだ」
「はあ」
「人生、何事も簡単に諦めちゃいけねえよ」
「でも、エイジン先生はグレタお嬢様に『諦めろ』と説得してる訳ですよね」
「そうだ」
「で、私には『諦めるな』と説得していると」
「そうだ」
「二つの説得は何だか矛盾していませんか」
「その方が、俺達の都合がいいからに決まってるじゃねえか。グレタ嬢を説得出来なきゃ、アラン君は職を、俺は一千万円を失う事になるんだぜ」
自分の欲望にひたすら忠実な事がエイジン先生の教義であるらしい。




