▼66▲ 悪役令嬢のプライド
その日も、紙風船が膨らむまで宙に弾き続けるだけの簡単なお仕事に従事するグレタに対し、折を見ては復讐をやめる様に説得を試みるエイジン先生だったが、
「何度も言うけど、こっちのプライドの問題よ。たとえ親同士が決めただけの婚約だろうと、それを『他に好きな女が出来たので、そっちに乗り換えます』、なんて言われて、『ハイ、そうですか。どうぞお幸せに』、なんて承諾出来る?」
グレタは紙風船を弾き続けながら、一向に考えを改めようとしない。
「でも、そうね。お詫びの印に二人とも小指を一本ずつ詰めたら、許してあげてもよくってよ」
挙句、どこの極道だよ、と言いたくなる様なとんでもない提案をする始末。
「二人の小指なんぞもらっても仕方あるまい。ホルマリン漬けにして部屋に飾った所で、気分が悪くなるだけだ」
エイジン先生もこれには内心引き気味の様子。
「言葉の綾よ。リアルに猟奇な想像をさせないで。要するに、『私は絶対に復讐は諦めない』、って事が言いたかったの」
「プライドだけの問題なら詫び状を書かせてはどうだ。むしろ、二人に振るった暴力を考えればこちらから詫び状を出すのが筋だが、そこは百歩譲って、向こうが一方的な婚約破棄をしたのは事実なのだから、それに関して謝罪の言葉を書面で提出させれば、一応の面目も保たれるだろう」
「保たれないわよ。そんな口先だけの詫び状なんかもらって許したら、私がバカみたいじゃない。せめて私の目の前で土下座位はしてもらわないと」
「ふむ。では二人が土下座すれば、復讐を諦めてもいいのだな?」
「ただし、焼けた鉄板の上で十秒間、両手両膝と額を突いての土下座よ」
「あんな漫画まで読んでいたのか。フィクションはフィクション、現実は現実と区別を付けないと、それこそバカだと思われるぞ」
「だから言葉の綾だと言ってるでしょう。この私に復讐を諦めさせたいのなら、それなりの落とし所を用意してもらわないと、って事よ」
悪役令嬢の要求する落とし所のハードルは山よりも高く、その執念は海より深い。
ざわ。




