▼64▲ 寝床のトラブル
「昨日の様なイタズラはやめてくれ、口紅は落ちにくいんだ」
と、寝る前に釘を刺すエイジン先生に、
「私はヨゴレ芸人らしいので、それは前フリと受け取らせて頂きますが」
と言って、これ見よがしに口紅を手にするイングリッド。
「分かった、お詫びして訂正してやる。あんたはヨゴレ芸人じゃない」
「では、エロ担当の方ですね」
今度は、真顔でおもむろにパジャマの前ボタンを外し始めるイングリッド。
「一々根に持つ奴だな。分かった。あんたはヨゴレ芸人でもなければエロ担当でもない、有能で職務に熱心な美人メイドだ。これでいいか?」
「大変結構です」
イングリッドは深く頷いた後で、ベッドの脇に敷いてある布団にその身を横たえた。
「そう思うんなら、パジャマの前を閉じてちゃんと布団に入れ」
ベッドに腰掛けたまま淡々と抗議するエイジン。その見下ろす先には、イングリッドの胸の谷間からヘソにかけてが露わになっているのだが、もうその程度の露出は見慣れてしまったのか、わざわざ目を逸らそうともしない。
「お詫びついでに、このまま寝技の稽古を付けて頂くというのはどうでしょう」
「自分からエロ担当のヨゴレ芸人になってどうする。有能で職務に熱心な美人メイドなら、お客様の眠りを妨げない様に、そっとしておいてくれ」
そう言ってあくびをしながら立ち上がり、電灯をナイトランプに切り替えた後、エイジンは眠そうにベッドにもぐり込んだ。
「早くしてくれないと、風邪をひきそうなんですが」
「やかましい」
それからしばらく無言のまま、約五分程経過した頃、
「いよいよ冷えてしまいましたので、温めてください」
と言って、イングリッドはベッドの脇から這い込もうとする。
「じゃあ、あんたはこっちで寝てろ。俺は下の布団で寝るから」
エイジン先生も負けじと、イングリッドと入れ違いに下へ這い出ようとした結果、二人でもつれ合い、ベッドから同時に転げ落ちてしまった。
仰向けに倒れてパジャマの前が豪快にはだけたイングリッドに、エイジン先生が覆い被さる格好になり、その右手がしっかりイングリッドの左胸をわしづかみにしてしまう。
「あんっ」
思わずおかしな声が出てしまったイングリッド。
「悪いっ」
意外なリアクションに驚いて、すぐ手を放して飛び退きベッドに戻るエイジン。
この絵に描いた様なラッキースケベについて、さぞやネチネチとからかいに来るかと思いきや、イングリッドはそのまま静かにパジャマの前を閉じて自分の布団に入り、何も言わずに寝てしまったので、
「頼むからいつもみたいに何か言ってくれ。ものすごく、いたたまれないんだが」
ついにエイジンの方から折れて出たが、やはり何のリアクションも返って来ない。
結局イングリッドはその後もイタズラを仕掛けてくる事はなく、朝起きて、既に空になった布団を見ながらエイジンは、
「新手の精神攻撃か」
複雑な表情でそう呟いた。




