▼62▲ メイドとオムライス
作戦会議終了後、小屋へ戻ったエイジン先生はいつもの様に、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
とイングリッドに出迎えられ、そのかしこまったメイドの唇に、毒々しい程真っ赤な口紅が塗りたくられているのに気付いたが、
「ただいま」
と一言だけ発した後、あえて突っ込まずにスルーする。
「今日の夕食は、メイドらしくオムライスにしてみました」
そんなエイジンに真正面から、ずい、と近付き、英会話の発音レッスンの教材ビデオの様に、「私の口元を見て見て」、と強調するように喋るイングリッド。
「顔が近い。それとメイドというよりメイド喫茶だそれは。俺がいた世界の偏った知識に惑わされないでくれ」
口紅についてはあくまでもスルーし続けるエイジン。
「ケチャップでオムライスに描いて欲しいものがあれば、何なりと仰ってください」
「じゃあ、『クイズで不正解を選んだお笑い芸人が乗ったバスがクレーンで持ち上げられてそのまま海に沈められる場面』を描いてくれないか。俺はあれが好きなんだ」
「かなり難易度の高いリクエストですが善処します。それと、そろそろ私の口紅についてツッコミがないと寂しくて死にそうなんですが」
「なら最初からしょーもないボケをかますな。それと口紅なら、今朝稽古場に行く前に気付いて拭き取ったぞ。お前は本妻に当て付けの嫌がらせをする愛人か」
「その場合、本妻はグレタお嬢様という事になりますね。図々しいにも程があります」
「グレタ嬢が本妻であんたが愛人か。どんな罰ゲームだよ」
「私はともかく、グレタお嬢様を愚弄する様な発言はおやめください」
「だったら、最初から波風立てる様な真似をするな。使用人の失態はそのまま主人の恥になるぞ」
「この私の完璧な仕事振りを失態呼ばわりするとは、困ったお客様です」
「そういう事は、そのピエロまがいの口紅を落としてから言え」
イングリッドは口紅を落とした後、手際よくオムライスを用意し、両手でハート型を作って「おいしくなあれ、萌え萌えキュン」のおまじないを披露したが、エイジン先生はこれも当然の様にスルーした。
しかし、それでもめげずにオムライスにケチャップで描いた絵は中々の出来で、無茶振りをしたエイジンも、
「あんた、無駄に絵が上手いな」
と感心せざるを得なかったという。




