▼06▲ 異世界転移に関する三十日ルール
「申し訳ありませんが、エイジン先生を元の世界に戻すにせよ、他の古武術マスターをこちらの世界に召喚するにせよ、異世界転移に必要な魔力が足りません。しばらく待ってもらえないでしょうか」
魔法使いアランが、暴力団に借金返済を迫られた人の様な、今にも泣きそうな顔をして言う。
「しばらくって、どの位?」
エイジンが尋ねる。
「一回の異世界転移に必要な魔力が再び満ちるのに三十日掛かります。まず、古武術マスターを召喚して、その後エイジン先生を元の世界に戻すとして、六十日後です。ああ、でも、どっちにしても間に合いません!」
「いや、俺はどうせ元の世界に戻っても無職だから暇だし、この世界で二ヶ月位は余裕で待てるけど、何が間に合わないんだ?」
「リリアン嬢とジェームズ様との結婚式が、三十日後に行われるのです。グレタお嬢様はそれまでに古武術をマスターして、『結婚式の前に、あの二人に制裁を加える』、と気炎を上げているものですから」
「無理があり過ぎる。仮に俺が古武術マスターだったとしても、グレタ嬢に一ヶ月で必殺技を教えられるとは思えない」
「リリアン嬢は、一ヶ月でお嬢様を倒す程の腕になりましたから。『あの泥棒猫に出来て、私に出来ないはずがない』、と対抗心を燃やしてしまいまして」
「どの道、俺は古武術なんか知らないから、グレタ嬢の復讐計画は初手から破綻してる」
「こんな失敗をやらかしてしまった私は、怒り狂ったグレタお嬢様にこっぴどくリンチされた挙句、解雇は免れません。ああ、何もかも終わりです! 明日から哀れな無職です!」
この世の終わりの様な顔をして嘆くアラン。
「かわいそうなアラン! この就職が難しい不景気の中で、苦労に苦労を重ねてようやく名家に雇ってもらえたのに、哀れな無職になってしまうなんて!」
この世の終わりの様な顔をしてアランに抱きつくアンヌ。
抱き合って悲嘆に暮れながら「哀れな無職」を連呼するバカップルを前にして、現役の哀れな無職であるエイジン先生は、ものすごく複雑な表情をしていた。




