▼58▲ 欲求不満と運動
「申し訳ありません。中々割れそうで割れないので、つい夢中になってしまいました」
流石に、いい歳をした大人が恥ずかしい、と思ったのか、夕食のシーフードパエリアを用意した後で、イングリッドがいつになく神妙に詫びた。
「あんたはギャンブルに向いてないタイプだな。引くべき時に引けない人間は大損するぞ。ま、その位の熱意がないと格闘家なんてやってられないんだろうが」
大皿に盛られたエビと貝がたっぷりのパエリアを食べながら、エイジン先生が淡々と言う。
「熱意を持て余して欲求不満になっていた様です。少しエイジン先生が私のお相手をしてくだされば、もっと冷静になれると思うのですが」
意味ありげに、ちら、とエイジンを見るイングリッド。
「グレタ嬢とアンヌがやっている通常トレーニングに参加させてもらったらどうだ? 夕食は俺が自分で作れるから」
その意味を察した上で、しらばっくれるエイジン。
「メイドとしての職務を放棄する訳には参りません。ですが、そうですね。寝る前に少しくんずほぐれつする位の時間はあると思うのですが」
「俺がいない昼間の方が時間は取れるだろ。って言うか、あんたはその体を保つ為に、昼間に何かしらのトレーニングをしてると思ってたが」
「流石、私の裸を隅から隅まで余す事なく視姦したエイジン先生の目はごまかせませんね」
「視姦言うな。空き時間にトレーニングしてるなら、それでいいだろ」
「一人でやっていると、どうしても寂しいと言いますか虚しいと言いますか」
「今、グレタ嬢の修行中はアンヌも暇だから、稽古場に来て相手してもらえ。同じ格闘家同士で」
「女同士よりも殿方を相手にした方が、捗るのですが」
「アンヌもあんたも並の男より強そうだけどな。とにかく俺はあんたに古武術の指導はしない」
「私の欲求不満が有頂天に達してもいいと?」
「意味分からん」
「夜中に自分を抑えられずに何かおかしな行動をしてしまうかもしれませんが、ご了承ください」
「むしろおかしくない行動をする方が稀な気がするんだが。だけど、そうだな。俺もここへ来て、少し運動不足気味かもしれない。寝る前にちょっと運動するかな」
「ぜひ、そうしてください。及ばずながらお相手させて頂きます」
そして夕食を終えてしばらく経った後、ガル家の広大な庭園内を軽くジョギングするジャージ姿のエイジンとイングリッドの姿があった。
「エイジン先生。出来ればスパーリングとかの方がいい運動になると思うのですが」
一キロ程走って戻って来た後、不満そうな顔でイングリッドが言う。
「昼間トレーニングしてるあんたに、さらにハードな事をやらせる程、俺は鬼じゃないから」
軽い運動をして気分のいいエイジン先生が、しれっと言う。
もちろん、不満を持て余したまま大人しく引き下がるイングリッドではなく、その日の深夜、軽い運動をしたおかげでぐっすり寝入っているエイジンの寝床にもぐり込み、色々と憂さを晴らしていたのだが。全裸で。




