▼57▲ 紙風船と戯れるメイド
アランとの作戦会議を終えて、倉庫を出たエイジンが小屋に戻ると、
「おかえりなさいませ、エイジン先生」
すっかり小屋を乗っ取った感のあるイングリッドが出迎えた。その内、「いらっしゃいませ、エイジン先生」、と言い出してもおかしくはない。
「ただいま。これはあんたにお土産だ」
エイジンが懐から折り畳まれた紙風船を取り出して手渡すと、イングリッドは迷いもなくそれを顔に近づけ、クンクンと嗅ぎ、
「エイジン先生の匂いがします」
「そういう事をしなければ、有能美人メイドで通るんだけどな」
「もしかして私、口説かれてますか?」
「そういう事をしないでくれ、と暗に窘めているんだが。それは紙風船と言って、俺のいた世界で昔からある玩具だ。穴から息を吹き込むとボールになる」
イングリッドは息を吹き込んで、紙風船を丸く膨らませてから、
「エイジン先生、この穴をふさぐシールは?」
と尋ねる。
「小さな穴が開いている事で、却って割れにくくなっているんだ。あんたが全力で突いても、中々その紙風船は割れないだろうな」
「ほう、それは興味深いですね」
イングリッドは膨らませた紙風船を軽く投げ上げて、落ちて来る所に素早く右の拳を叩きこむ。
紙風船は少し吹っ飛んでから、すぐに勢いをなくしてヘロヘロと地に落ち、それをイングリッドは拾い上げてしげしげと眺め、
「少しへこんだだけで、確かに割れていません」
「穴から空気が抜けて衝撃を上手く逃がすんだ」
イングリッドはまた紙風船を膨らまし、投げ上げて鋭い突きを入れたが、やはり割れた様子はない。
段々ムキになって来たらしく、何度も何度も同じ事を繰り返すイングリッド。
エイジンはそんなイングリッドを放っておいて、自分だけキッチンに向かおうとしたが、
「お待ちください、エイジン先生。この紙風船を割ったら夕食の用意を致します」
と言って、呼び止める。
「気に入ってくれた様で何よりだ。いいから、そのまま俺には構わず遊んでてくれ」
「どうしても待って頂けないのならば、エイジン先生が夕食を食べている間中、そのお側で紙風船と戦いますが」
「やめろ。待っててやるから、とっとと割れ」
結局エイジンが夕食にありつけたのは、三十分後の事だった。
メイドが遊び終わるまでお預けを食うお客様も珍しい。




