▼56▲ 金と勇気
しばらく経って、不安によるパニックからようやく落ち着いて来たアランを連れて、エイジン先生は例の倉庫までやって来た。
「すみません。職を失う恐怖に襲われて、つい取り乱してしまいました」
倉庫の中にあった、エイジンのいた世界のペットボトルのお茶を飲みながら、アランが謝る。
「謝ることはないさ。誰だって職を失いそうになれば怖くてたまらなくなる。いざ無職になっちまえば、『もうどうにでもなれ』、って度胸が据わるんだがな」
エイジン先生もペットボトルのお茶を飲みながら、呑気な口調でとんでもない事を言う。
「そんな状況は考えたくもありません。でも、覚悟はしておかなきゃならないんでしょうか」
「最悪の場合な。だが、そもそもお前が検索ミスして俺を召喚したのが悪いんだぜ。俺がこうして詐欺に手を染めているのも、言うならば人助けの為だ」
「まあ、そう言われると返す言葉もありません」
「はっはっは。冗談だよ、気にするな。きっかけはどうあれ、今の俺は一千万円が欲しくて、自発的にやってる様なものだからな。きれい事なんかより、哀れな無職にはまとまった金の方が大事なんだ」
「やっぱり、無職は大変なんですね」
「ああ。どこぞのヒーローじゃないが、金と勇気だけが友達さ」
「どこのヒーローかは知りませんが、多分それ微妙に間違ってると思います」
「万一詐欺がバレた時は、俺一人でやった事にするつもりだから、下手にかばう様な真似はするなよ。お前もアンヌも『知りませんでした。このエイジンって奴は何という悪人なんでしょう』位のシラは切れ。お前達は根が真面目だから心苦しいかもしれないが、人の親切を無にするな」
「ありがとうございます、と言うべきかもしれませんが、何か複雑な気分です」
「もっとも俺一人でやったと言い張っても、グレタ嬢はお前達も同罪にするかもしれないけどな。そん時は三人仲良く無職だぜ」
「いやあああああ!」
「落ち着け、万一の話だ。そう易々とバレてたまるか。ってな訳で、次の修行なんだが、実はこういう事をやらせようと思ってる」
エイジン先生は倉庫にあったスケッチブックを手に取り、図を描いてアランに説明した。
それを聞いたアランは、無職の恐怖も吹っ飛んだ様子で、
「いきなり修行がハードになってませんか? ものすごく危険そうなんですが」
「危険だろうね。上手く行けばグレタお嬢様がケガをして、古武術も復讐もうやむやになるかもしれない」
「『上手く行けば』って。下手すれば死にますよ、これ」
「冗談だ。ま、最初からハードじゃなく、少しずつ慣らして行くから心配するな。とりあえず、必要な物が手配出来るかどうかだけ調べておいてくれ」
わずか一千万円の為に、グレタ嬢の命が危機に晒されようとしていた。




