▼548▲ 改装前の秋葉原駅前で実演販売していた穴あき包丁をつい買ってしまった客
「警告? 『ワレ、ワシらナメとったら、タダじゃすまへんで!』的なやつ?」
アンソニーの言わんとする所を具体化しようとして、怪しい関西弁のヤクザをイメージするエイジン先生。現国のテストなら問答無用で×である。
「それだとちょっと攻撃的な感情が強いですね。私が言うのは、そういった感情のこもっていない純然たる警告です。家電製品の取扱説明書に記載されている禁止事項や、『落石注意』などの道路標識に近いかもしれません」
現国の選択問題よろしくやたら細かいニュアンスの違いにこだわるアンソニー。
「ああ、もっとビジネスライクな感じの」
「はい。今、エイジンさんがイメージされた様な攻撃的な感情が強い警告、例えば暴力団の抗争で相手の組事務所に発砲する場合などは、『とにかく、鉛玉の二、三発も撃ちこんでおけ』、といったもっと荒っぽい感じになる事が多いですね。弾痕の位置がバラバラだったり」
「確かにニュースでよく見る犯行現場の映像はそんなのばっかだ。ドアに点描でイニシャルを刻む様なオシャレな弾痕は見た事ない」
「はは、『マスグレーヴ家の儀式書』で語られるホームズの奇行ですね。まあ、組事務所のドアにヴィクトリア女王のイニシャルを悠長に刻んでいたら、『V』の字を書き終わる前に若い衆に身柄を拘束されてしまうでしょうが」
分かる人にしか分からないシャーロッキアンなやりとりをちょくちょく挟むエイジン先生とアンソニー。
「だがビジネスライクな警告なら、もっとスマートなやり方があるだろうに。電話とかメールで済む話じゃないのか」
「電話やメールでは効果が無いと判断したのでしょう。何か実力行使に訴えざるを得ない事情があったのだと思われます」
「どんな事情なんだろな。いっそ、犯行声明でも出してくれりゃいいんだが」
「あるいは、元々『特定の相手にだけ意味が分かれば良い』警告なのかもしれませんね。暗号的な意味で」
「今度は『五粒のオレンジの種』かよ」
「『踊る人形』の線もありますね」
隙あらばシャーロッキアンなやりとりを挟もうとする二人。ヲタ同士の会話は一般人からすると暗号通信に近い。
「ホームズはさておき、話を戻そう。そもそもアレを警告と判断した根拠は?」
「弾痕の位置と数です。エイジンさんもお気付きになられた様に、あの弾痕はまるで測った様にドアの中心線上に、たった一発だけ残されていました。
「怨恨が動機ならば、もっと多くの弾が乱雑に撃ち込まれているはずです。被害者が滅多刺しにされていればいる程、加害者の怨みが深い様に。
「計画的な暗殺だとしたら、ドアではなくターゲットの寝室の窓の方を撃つでしょう。今回は無理と判断して撤収したとしても、わざわざドアを撃って屋敷の人間に気付かれるリスクを冒すのは不自然です。
「愉快犯のイタズラにしては、弾痕の位置と数の構図がシンプルでストイック過ぎます。あれではイタズラである事すら分かってもらえず、歪んだ承認欲求は満たせません。
「他にも度胸試しや子供っぽい冒険程度の軽い動機では、激しい雷と暴風雨の晩に外出する気にはなれません。人は労力に見合う対価を求めて行動するものです。
「では、警告だとしたら? あの狙ったとしか思えないシンプルな構図が何らかのメッセージだとするなら、そのメッセージをどうしても伝えたいという強い動機があるなら、それを実行するのに必要な労力が対価に見合うものだったのなら、あの犯行の解釈としては『警告』が一番しっくり来る、そんな気がするのです」
淡々と、されど熱の籠った口調で自説を披露するアンソニー。
「そう言われると、何だかそんな気がして来た」
実演販売の口上に惑わされる冷やかし客の様な事を言うエイジン先生。