▼542▲ この状況から入れる保険があるんですかと尋ねる死刑執行直前の囚人
御曹司が同乗しているので流石に素を出す訳にも行かず、借りて来た猫の様に大人しくせざるを得ないヤンキー三人娘。
そのおかげで三人娘から襲われる心配はなくなったものの、御曹司のやらかした事の方が心配で結局心が休まらないアラン君。
そんな三人と一人の真ん中で、周囲を心配させまいとしてか、あえて普段通りに振る舞おうとする御曹司ことブランドン君。
エイジン先生が胴長リムジンに戻って来た時、車内は大体こんな様子だった。
まず、ブランドン君がエイジン先生に声を掛け、
「エイジン先生、僕はもう降りますから、このまま車でリング家の外に逃げてください。一歩でも森の外に出れば安全です。誰も追って来ません」
自分の事など顧みず、いきなり逃亡を勧めて来た。
「ブランドン君は一緒に行かないのか? 一番逃げなくちゃいけない立場だろうに」
混ぜっ返す様に、飄々と尋ねるエイジン先生。
「母はああ言っていますが、僕を殺しはしないでしょう。次期当主を用意出来ないまま僕が死ねば、母が再婚してその役目を果たさなければならなくなりますから。僕を殺して一番困るのは、他ならぬ母です」
ちょっと困った様な作り笑顔で答えるブランドン君。
「それを見越して自分一人で罪を被ろうとしたんだな。俺とアラン君をかばう為に」
「え、私も!?」
エイジン先生だけでなく、いつの間にか自分まで巻き込まれている事に動揺するアラン君。
「そうです。失礼な言い方ですが、ここに来たばかりで素性の知れないよそ者は、見せしめ用のスケープゴートにもって来いですから」
申し訳なさそうに言うブランドン君。
「ま、スケープゴートとかじゃなくても、普通に考えて俺とアラン君は怪し過ぎるな。心理カウンセラーと偽って実はどこぞの鉄砲玉だったとか、いかにもありそうな話だ」
「身内の恥を晒す様ですが、リング家の刑罰は外の世界と違って母の感情だけで決まります。証拠もいりません。母が有罪と言ったら、もう有罪なんです」
「らしいね。しかし、俺達が逃げたとして、ブランドン君はどうなる? 死刑は免れても何らかのペナルティーは科されるだろ。例えば、そう――」
そこでエイジン先生は言葉を切って、ブランドン君をじっと見据え、
「――『今後一切リング家の外に出る事を禁ずる』、とかな。もちろん、外部の高校にバイクで通うなんて以ての外だ」
せっかくつかんだささやかな自由を放棄してもいいのか、と暗に問い掛けた。
「覚悟の上です」
「何も悪い事をしてないのに、そこまでする事ないだろ」
「何も悪い事をしてない人が吊るされるよりはマシです」
「立派な心掛け、と言いたい所だが、ちょっと待て。そもそも俺は逃げるつもりなんかさらさらない。君ん家のお母さんから五千万円をゲットするまではな!」
「エイジン先生!」
この深刻な状況下で私利私欲丸出しのエイジン先生に、つい声を荒げてしまうアラン君。
「この状況から大金をせしめる算段があるんですか?」
思わず保険のCMの様な台詞が口をついて出るブランドン君。
「なけりゃ、勧められるまでもなく、とっくに逃げてるよ。母上を説得するには、何よりも最初に雷鳴に紛れてドアを撃った真犯人を特定するのが効果的だ。そうすりゃ、怒りはそいつ一人に向けられる。ブランドン君が自分に銃口を向けた事なんてどうでもよくなるさ」
「真犯人を特定出来なかったら?」
「もちろん、こっちで真犯人Xをでっち上げる。Xはとある反社組織の若い衆で、嵐に乗じてリング家の森に侵入し、屋敷のドアを撃つとすぐに森の外へ逃亡した、って具合にな。これなら誰も処罰されないし平和だろ?」
「確かに平和ですが、その場合……」
「嵐とはいえ、外部から賊の侵入を許した警備の最高責任者の給料は、多少下がるかもしれないけどな!」
アンソニーの減給で事を丸く収めようとする悪魔の様なエイジン先生。




