▼541▲ 時々ボソッと上から目線で身も蓋もない独り言をつぶやく金の亡者のゲス野郎
一歩間違えば自分が吊るされかねない、人権なにそれおいしいの的な状況に追い込まれても、
「ブランドン君を旅館へ連行する前に、ちょっと執事さんをお借りしたいのですが」
全く臆することなく、女当主にその右腕とも言えるグレゴリーの貸出し許可をしれっと求めるエイジン先生。
これに対し、
「グレゴリーだけ? 私はいいの?」
仲間外れにされたくなさそうな気配を見せるが、
「ヴィヴィアン様が同席されるには及びません。一週間後の審理の形式についてお尋ねしたいだけです。初心者向けのFAQなど、傍で聞いていても退屈でしょうから」
エイジン先生にこう諭されて、あまり好みでない餌を出された犬猫の様に急速に醒めた表情になり、
「いいわ。グレゴリー、応接室でこの名探偵さんに色々説明してあげて」
結局、側で控えている執事に丸投げするヴィヴィアン。
「ありがとうございます。執事さんをお借りしている間は、今朝お送りしたホラゲー実況でもチェックしながら、ゆっくり休息していてください。例の三人娘が落雷に怯えながらプレイする様子が見所です」
こんな非常時でも自分が手間暇かけて編集したしょうもない動画の視聴をしっかりとアピールし、
「じゃあ、アラン君。ブランドン君と一緒に車の中で待っててくれ。御曹司と一緒なら、あの色ボケ三バカも大人しくしてるだろうから」
隣で戸惑い気味のアラン君に指示を与えてから、グレゴリーに案内されて屋敷の中へと入って行くエイジン先生。
大きな窓から朝の柔らかな陽光が差し込む、余計な調度品が置かれていないすっきりとした応接室で、テーブルを挟んで、革張りのソファーにグレゴリーと向かい合って座り、
「お忙しい所、お時間を頂き、ありがとうございます。一週間後の審理について色々とお尋ねしたいのですが、その前に」
ここだけの話、といった感じで少し身を乗り出し、
「単刀直入に言って、グレゴリーさんはこの事件をどう思われますか?」
まず、個人的な見解から尋ねるエイジン先生。
「何かの間違いではないかと思います。ブランドン様は屋敷に発砲したり、母親に銃を向ける様なならず者ではありません」
眉間にしわを寄せ、心底心配そうな表情で答える真面目なグレゴリー。
「しかし、現にその二つとも我々の目の前でやらかしている訳なんですが」
「誰しも、ついむしゃくしゃして物に当たったり、声を荒げて食ってかかったりしてしまう事はあるでしょう。若い内ならなおさらです。そんなその場限りの衝動に、反逆罪を適用するのは厳し過ぎると思います」
「では、この事件はどう収拾を付けるべきだと考えますか?」
「外部には公表せず、厳重注意のみで内々に終わらせるのが妥当でしょう。どの家庭にもあるささいな親子喧嘩レベルの話として」
「しかしグレゴリーさんはヴィヴィアン様から、この件を魔法捜査局とマスコミに公表しろ、という当主命令を受けていますね」
「何とか思い留まって頂ける様、ヴィヴィアン様を説得してみるつもりです」
「あの様子だと難しそうですけどね。もうノリノリで息子を吊るそうとしてますから」
「そこが不思議なのです。親子の情からしても、リング家の後継ぎ問題からしても、たった一人の御子息であるブランドン様は絶対に失いたくないはずなのですが……」
「その矛盾をどう考えます?」
「分かりません。ですが気性の激しい方ですから、絶対に反抗しないと思っていた我が子に銃口を向けられて、ついカッとなってしまわれたのではないでしょうか」
「『アンタ親に刃向かうつもり? 一体誰が今まで育ててやったと思ってるの!』的なアレですか。親なら誰しも通る道ですね」
「頭に血が上っている間は、何を申し上げても無駄かもしれませんが、少し時間が経って冷静さを取り戻したならば、考え直して頂ける余地もあるのではないかと」
「つまり、グレゴリーさんとしては、『この事件を審理する必要はない』、とお考えなのですね」
「はい。その方がヴィヴィアン様にとっても最善なはずです」
「では、夜中にドアを撃ったのも、ブランドン君の若さゆえの過ちだと思いますか?」
「それは、正直分かりません。もし外部から賊が侵入して撃ったのであれば非常にゆゆしき事態ですが、今はともかくブランドン様をお救いする方が先です」
「なるほど、分かりました。ですがそれはそれとして、仮に審理が行われる場合、その基本的な形式について教えて頂きたいのですが――」
それからしばらく、一週間後に行われる審理の段取りについてグレゴリーに色々と質問した後、
「ありがとうございました、グレゴリーさん。ヴィヴィアン様を無事説得出来る様、祈っています」
礼を言って屋敷を後にし、胴長リムジンに向かう途中の道すがら、
「ま、絶対無理だけどね!」
ボソッと、身も蓋もない独り言をつぶやくエイジン先生。
「真面目過ぎるのも考えもんだな。人の言葉の裏を勘繰るゲスさが足りない」
しかもかなり上から目線。