▼538▲ 高級桐タンスの引き出しにアニメのシールを容赦なくベタベタ貼りまくる幼児
右手にまだ拳銃を握ったままでいるブランドン君の所まで来ると、
「とりあえず、その拳銃をこの袋の中に入れてくれ。もちろん、安全装置を掛けてから」
夕食の余りを入れて保存する様なチャック付きの透明な袋の口を開いて、ずい、と差し出すコスプレホームズことエイジン先生。もちろん、ホームズの時代にそんな便利な代物はない。
特に抵抗する様子もなく、言われた通りに拳銃を袋の中に入れ、
「エイジン先生、これ以上ここにいると危険です。僕が糾弾されている間に、すぐリング家の外へ逃げてください!」
小声で警告するブランドン君。
「お気遣いはありがたいんだが――」
そう言って袋の口をチャックした後、今度はハンカチともっと小さいサイズの袋をインヴァネスコートの内ポケットから取り出し、
「――ご覧の通り、今の俺は名探偵なんだ。ここは、じっちゃんの名の灰色の脳細胞でバーローしなけりゃならん見せ場なのよ」
ホームズと全く関係ない事を言いながら、拳銃から排出されて近くに落ちていた、撃ちたてホヤホヤの薬莢をハンカチごしに拾い、小袋の中に入れるエイジン先生。
「ですが」
「話は後だ。まあ、ここは俺に任せてくれ」
心配そうな表情で食い下がるブランドン君を制してから、悠々と階段を上って玄関前に戻り、
「ブランドン君を反逆罪に処すのは考え直してもらえませんか? カウンセリングを開始して数日も経たない内にその対象が重罪を犯してしまったとあっては、カウンセラーとしての面子が丸潰れでして」
拳銃と薬莢が入った大小の袋を小脇に抱えつつ、リング家当主ヴィヴィアンに懇願するエイジン先生。
「それは出来ないわ。あなたもハッキリ見たでしょう? あの子は当主である私に銃を向けたのよ!」
にべもなく突っぱねるものの、どこか興味深げな表情でもあるヴィヴィアン。
「でも、撃ちませんでした」
「同じ事よ」
「ま、確かに銃口を向けるというのは、逆に撃たれても文句が言えない位の危険行為ですね。しかし、今回の場合、明らかにしておかなければならない重要な心理的要素がありまして」
「何かしら?」
「ブランドン君の動機です。なぜ、あの温厚で反逆とは程遠いブランドン君が、突発的に玄関のドアを撃ち、さらに死刑にされるリスクを冒してまで、実の母親であるあなたに銃口を向けたのか? ぶっちゃけ、気になりませんか?」
「それは、あの子のカウンセリングとも関係がある事? 何か知っているなら教えてちょうだい」
「それをこれから調べたいのです。それと、もう一つ。夕べドアを撃ったのは、ブランドン君じゃありません」
「じゃあ、誰なの?」
「それを解明する為に、ちょっとした準備が要るんです」
そう言ってドアの前にしゃがみこみ、抱えていた二つの袋を足元に置いてから、
「ヴィヴィアン様にお願いがあります。今からこのドアの二つの弾痕、つまり夕べ撃たれた穴と今ブランドン君が撃った穴を、コレで封印する許可をください」
コートの内ポケットから二枚の細長いステッカーを取り出した。
一枚には「なめんなや」、もう一枚には「なめんにゃよ」とひらがなで記載されている。
「それは何?」
「八十年代初期に日本で大流行したとある猫のキャラクターグッズの『パクリ商品』です。当時は著作権などおかまいなしに、この手の海賊版が当たり前の様に出回っていました。パクリ商品だけあって、紙や糊も品質が悪い上、三十年以上も経っているのでかなり劣化してます。
「つまり一度貼ってしまうと、もう二度ときれいに剥がして戻す事が出来ない、優秀な封印シールになるのです。これを弾痕の上から貼れば、中の弾をこっそりすり替える事が不可能になります」
そう言いながら、許可が出る前にベタベタとドアにふざけたステッカーを貼ってしまうエイジン先生。由緒あるリング家の玄関が途端に間抜けになってしまった。
「いいわ、許可しましょう。で、封印してどうするつもり?」
「ブランドン君の無罪を証明すると共に」
そこで言葉を切って一拍置いてから、芝居っ気たっぷりに、
「最初にドアを撃った真犯人を突き止めます。本来、そいつこそが処刑されるべき大悪人でしょう」
すっくと立ち上がり、大見得を切るコスプレホームズ。
ただしやっている事は、高級桐タンスの引き出しにアニメのシールを容赦なくベタベタ貼りまくる幼児とたいして変わらない。




