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537/551

▼537▲ 八十年代後期にどこの学校の文化祭でも見かけられた紅い鯨のお見合いパーティー 

 屋敷から少し離れた所に胴長リムジンを停めさせて、


「すみませんが、ここで降りてください。ご覧の通り、屋敷の周りを徹底的に捜索している最中でして」


 エイジン先生とアラン君に降車を促すアンソニー。


 二人が車を降りて屋敷の方を眺めると、なるほど正面玄関を中心に制服姿の警備員と屋敷勤めの使用人達が、さながら地面に落ちた菓子に群がるアリの様にせわしなく動き回っている。


「昨日の暴風雨の後じゃ、足跡なんかほとんど残ってないだろうに。ご苦労様なこった」


 労多くして功少なそうな仕事に同情するコスプレホームズことエイジン先生。


「それでも、何か有力な手掛かりが見つかればいいんですが」

 

 素直に皆の努力が報われる事を願うコスプレワトソンことアラン君。


「残念ながら、まだ目ぼしい物は見つかっていません。ともかく、撃たれたドアの所まで行きましょう」


 捜査の邪魔にならぬ様に人を大きく避けながら歩き、二人を屋敷の正面玄関の方へ誘導するアンソニー。


 人払いをした後、大きなドアの前でしゃがみ込み、


「ここです。穴の傾きからして、おそらく玄関ポーチに上がる階段の手前辺りから撃ったものと思われます」


 そのドアのほぼ中心線上、下から約五十センチの高さに開いている小さな穴を二人に示した。


「停電中の闇夜の悪天候の中、左右にブレず狙った様にドアの真ん中を撃ち抜くあたり、地味にすげえ腕前だな」


 アンソニーの隣にしゃがみ込み、懐から出した大きな拡大鏡で弾痕を観察する、なりきりホームズことエイジン先生。


「このドアは特殊防弾仕様でして、弾は貫通せず内部で止まったままです」


「じゃあ、弾はぐしゃっと潰れてるかもな。線条痕の判定とか難しいかも」


「それは弾の種類にもよりますが――」


 と、その時、突然ドアが開き、しゃがんで話し込んでいたアンソニーとエイジン先生を跳ね飛ばしそうになったが、二人は蛙の様に背後にぴょんと飛びのいて立ち上がり、事無きを得た。


「申し訳ありません! そこにいらっしゃるとは思わなかったもので!」


 半開きのドアのノブに手を掛けたまま、あわてて詫びる執事のグレゴリー。


「あら、エイジンさん。心理カウンセラーだけじゃなく、探偵も引き受けてくれるのかしら?」


 その後ろから愉快そうに声を掛けるリング家の当主ことヴィヴィアン。


「おはようございます、女王陛下。陛下の身を案じて、こうして参上した次第です」


 英国紳士になりきって妙な挨拶をした直後、


「まあ、ぶっちゃけ野次馬根性で現場を見に来ただけなんで、大してお役には立てませんけどね!」


 いつものふざけた調子に戻る、見かけ倒しのコスプレホームズ。


「あら、残念。もし犯人を捕まえてくれたら、息子のカウンセリングの倍の報酬を出してもいいのに」


 グレゴリーがドアを開けて待っている横を悠然と通り、その優雅な黒いドレス姿を現すヴィヴィアン。


「私は紳士ですから、たとえ犯人を捕まえたとしても、最初に取り決めた金額以上は頂きません」


 犯人を捕まえた訳でもないのに捕まえた前提で高潔な人物を気取る、図々しいホームズ。


 ヴィヴィアンはおかしそうに笑って、


「無欲な名探偵さんね。で、アンソニー、犯人の目星はついたの?」


 二人のやり取りを興味深げに観察していたアンソニーに尋ねた。


「残念ながら、まだ皆目見当がつきません。犯人が残した痕跡を総力を挙げて調査している段階です」


 失態の責任者としてもっとも言いにくいであろう事を、全く悪びれずにしれっと報告するアンソニー。


「そう、引き続き頑張ってちょうだい」


 そんなアンソニーを一切咎めず、報告を報告として冷静に受け止める理想の上司ことヴィヴィアン。


「実は捜査に関連して、一つ確認したい事がありまして」


「何かしら?」


「このドアに撃ち込まれた弾丸を取り出して調べたいのですが、その際、どうしてもドアの一部を破壊せざるを得ないのです。ですがその場合、修復したとしても外観を大きく損ねてしまいます。弾丸を取り出さずこのまま穴を塞げば、さほど目立たずに済みますが、いかが致しましょう?」


「構わないわ、遠慮なくドアを壊して弾を取り出してちょうだい。壊れたら、丸ごと新しいのに取り替えればいいだけの話だから」


「ありがとうございます。では、早速作業に取り掛からせて頂きます」


 そう言って、アンソニーが携帯を取り出したその時、閉じられていたドアが再び開き、


「弾を取り出す必要はありません!」


 黒いロングコートに黒いシャツに黒いズボンに黒い靴という。上から下まで黒ずくめのブランドン君が現れた。つくづく黒が好きな親子である。


「それはどういうことかしら?」


 特に驚いた様子もなく、冷静に息子を見据えて問い質すヴィヴィアン。


「撃ったのは僕です!」


 そう言って玄関前の階段を駆け下りてから、くるっと振り返り、コートの内ポケットから拳銃を取り出して、両手でしっかりと構え、


「こんな風に!」


 ドアに向けて発砲し、耳をつんざくような銃声をその場に轟かせた。


 さらにブランドン君は拳銃を母親の方に構え直し、少し離れた場所から見ていた警備員と使用人達は、その信じられない光景に青ざめる。


「バカな真似はやめるんだ!」


 とっさに当主の前に飛び出して守りつつ、執事らしからぬ激しい言葉でブランドン君を制する執事グレゴリー。 


「これはれっきとした反逆罪よ」


 その背後から、冷ややかに言い放つヴィヴィアン。


「覚悟の上です」


 そう言って、ようやく拳銃を下ろすブランドン君。


「この罪は死を以て償いなさい、ブランドン。アンソニー、早速絞首台の準備を――」


 ヴィヴィアンが物騒な事を言いかけたその時、


「ちょっと、待ったあ!」


 素っ頓狂な制止の言葉を発しつつ、ブランドン君の方に駆け寄るエイジン先生。


 その姿は名探偵と言うより、お見合いパーティー形式のバラエティー番組の最後の告白タイムで、男が女に交際を申し込んだ直後、我も我もと名乗りを上げる他の男共の姿に似ていた。

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