▼536▲ 脳内で何かが二十四時間ダンスし続けるヤバい探偵
自分を雇ってくれた恩のあるリング家を暴力団呼ばわりされた件については特に否定も肯定もせず、色々書き留めていた手帳を閉じて胸のポケットにしまいながら、
「私はこれから屋敷に戻って、当主立ち合いの下、現場検証を続けます。もし良ければ、エイジンさんもご一緒にいかがですか?」
カラオケにでも行く様な軽いノリでエイジン先生を捜査に誘うアンソニー。
「部外者が犯行現場に入り込んでもいいのか? 刑事ドラマだと鑑識にこっぴどく怒られそうなパターンなんだが」
ちょっと意外そうな顔をするエイジン先生。
「構いません。むしろ部外者の観点から、我々が何か見落としていないかをチェックして頂ければ、ありがたい位です」
「素人の意見が大して役に立つとも思えんがな。でも、ま、面白そうだし、行くよ。アラン君も連れて行っていいか?」
「もちろんです。では、ロビーでお待ちしております」
そんなやりとりから十分後、特に急ぐ風もなくゆったりとロビーのソファーにもたれて新聞を読みながら待っていたアンソニーの前に、ダークブラウンの鹿撃ち帽にベージュのインヴァネスコート姿のエイジン先生が、ダークグレーの山高帽にライトグレーのツイードのスーツ姿のアラン君を伴って現れた。
「はは、シャーロック・ホームズとワトソン博士ですか。頼もしい限りです」
そんなベタな探偵コントの様なコスプレをした二人を見て、軽く微笑むアンソニー。
「名探偵と言えばコレだろ。もっとも原作の挿絵にちょこっと描かれていただけで、作中ほとんど着てない服なんだけどな」
シャーロッキアンにはお馴染みのトリビアをドヤ顔で披露するホームズ。
「私は差し詰めレストレード警部でしょうね。では、参りましょう、ホームズさん。外に馬車が待たせてあります」
実際に旅館の外で待っていたのはいつもの胴長リムジンで、車の側にはヴィクトリア朝のイギリスよりは禁酒法時代のアメリカが似合いそうな、いつものギャングスタイルのベティ、タルラ、ジーンことヤンキー三人娘が並んで待っていた。
「これはまた、随分とガラの悪そうな部下を揃えたね、レストレード警部」
なりきりホームズことエイジン先生がおどけると、いつもなら、「うるせぇ! とっと乗れ!」、などとギャンギャン言い返す所だが、
「ガラが悪い位でないと暴力団の相手は務まりませんよ、ホームズさん」
常に得体の知れないマジヤバな雰囲気を漂わせる上役のアンソニーが見ている手前、うかつな事も出来ず、苦々しげな表情で黙ってこの茶番をスルーするヤンキー三人娘。
六人を乗せた胴長リムジンが屋敷へ向かう道中、森のあちこちで木が裂けたり折れたり焦げたりしているのを窓越しに眺めながら、
「ここまでひどい落雷の被害は初めて見た。夕べから今朝にかけて、銃みたいな金物を持って外をうろつくのは危険極まりなかったろうな」
とのたまうエイジン先生。
「すると、犯人は外部から来た者ではなく、屋敷にいた者だと仰るのですか、ホームズさん?」
興味深そうに尋ねるアンソニー。
「十分なデータもないのに推理をするのは危険だよ、レストレード警部」
二人はシャーロック・ホームズごっこをまだまだ続ける気らしい。