▼533▲ 弓の形に輝く月の光があどけない少女達の心を淡いピンク色に染めていた七十年代
「ラッキースケベどころかお色気シーン全般のないラブコメ漫画もたくさんあるだろうに。一昔前のファンシーな絵柄の少女漫画とか特に」
イングリッドのラブコメ漫画論に異を唱えるエイジン先生。
「男性キャラが去勢されている不自然な少女向け恋愛ものですね。野郎の性欲の暴威に曝されたくはないけれど、それ以外の恋愛の美味しい所は享受したい、というムシのいい願望を満たす作品は確かにあります。ですが、それはほのぼのまったりな漫画であって、よく雑誌の後ろの方に掲載されている毒にも薬にもならない四コマ漫画に近いかもしれません」
丸髷に着物という時代劇コスプレのまま、めっちゃ早口で語るイングリッド。
「その手のほのぼの系は荒んだ心が癒されるから結構好きなんだが。ってか、むしろそっちの方が本家だろ。ラブコメ漫画は元々エロ薄な少女誌発祥だし。お色気要素ががっつり入るのは、少女誌から少年誌に輸入されて爆発的に発展を遂げた八十年代以降じゃなかったか?」
「七十年代には、既にお色気要素満載のラブコメ漫画が少女誌に存在しているのをお忘れですか? あまりにもエロ過ぎたせいか、八十年代に青年誌へ移ってしまった人の作品などがその代表格です」
「あー、確かにあったわ。今や完全に青年誌のエロの大御所になってるから忘れてた」
「他にも具体例は枚挙に暇がありませんが、細かく検証し始めるとキリがありませんので、ここではお色気要素ありの一般的な少年向けラブコメ漫画を扱うものとしましょう。それを踏まえて問題です。ラブコメ漫画におけるラッキースケベの最も重要な要素とは一体何でしょう?」
「画力かな。ストーリーがイマイチでも、女の子が可愛く描けてればまず売れる」
「不正解です。確かに画力は大事ですが、それだけではラッキースケベの真価は発揮出来ません」
「心底どうでもいい部類の真価だな、それ」
「正解は、『動揺』です! 少年と少女がぶつかって倒れてあらぬ所に手がもにゅもにゅ。よくあるパターンですが、これだけではまだラッキースケベとは言えません。タダの物体の衝突です」
「物理の実験かよ。弾性衝突とか力積とか超懐かしい」
「衝突後の少年と少女が互いの『性』を意識して動揺し、顔を赤らめて、初めてラッキースケベが完成するのです! ここの描写を粗末に扱ったラブコメ漫画はどんなに絵が美麗であろうとも、思春期真っ盛りの読者の魂を揺さぶる事は出来ません!」
「もっと有意義な事に揺さぶられろよ、魂」
「思春期真っ盛りの魂の成長にとって、エロは必須の栄養素です! しかし残念な事に、学校や家庭ではこの必須の栄養素を積極的に与えようとしないのです!」
「積極的に与えてたまるかそんなもん。常識がおかしい系のエロ漫画じゃないんだから」
「ラブコメ漫画は成長期に不足しがちな成分を手軽に摂取出来るバランス栄養食と言えましょう!」
「いや、栄養は少ないけど安っぽい美味しさで心を一時満たしてくれる駄菓子の方が近いと思う」
しょうもない激論を交わすイングリッドとエイジン先生。
「私にも分かる話題にして!」
二人のマニアックな討論に参加出来ない寂しさから、キャン、と吠えるグレタ。